プロ野球に関する記事の一覧です。 あなたの記憶をくすぐる懐かしいセリーグ&パリーグの球団・選手・試合・記録・エピソードなどを記事を紹介します。
【吉村禎章選手】交通事故レベルの激突事故から奇跡の復帰を果たした不屈の打者。
1988年7月6日。札幌円山球場に詰め掛けた野球ファンは後に「交通事故レベルの激突事故」と呼ばれた栄村選手と吉村選手の激突事故を目撃する。この様を見た多くの人が思った事だろう「吉村は終わった」と。だがこれが奇跡の始まりだった…。
「空白の1日」「江川問題」は世間を騒動に巻き込み、「江川る(えがわる)」という言葉をも生んだ。並外れた投手・江川は、怪物として甲子園に登場した時から世の中を騒がし続けた。そんな江川が引き起こした事件を選んでみた。
江川事件に巻き込まれ悲劇のヒーローとして語り継がれる小林繁。どうしても悲劇の主人公として見られてしまいますが、沢村賞を2度受賞し、細身の体で気迫の投球をする姿から”細腕繁盛記”と呼ばれた小林繁を振り返ります。
巨人という同じチームでライバル関係にあった西本聖と江川卓。高校時代、無名の投手から沢村賞投手となった西本と怪物だった江川。同じチームにエースは二人並び立たない。果たしてそうだったのだろうか?
プロ1年目に15勝し、奪った三振201はセ・パ両リーグ最多。西崎幸広(日本ハム)との新人王レースは熾烈を極め、両投手は「トレンディエース」と呼ばれた。結果は阿波野が新人王に選出されたが、その輝きは3年間と短いものだった。
日本の最速投手の一人として名を挙げられる伊良部秀輝。トラブルが絶えなかったことから悪童と呼ばれていた。日米通算106勝は平凡な成績ではあるが、強烈な印象を残し、自殺という最期を遂げた伊良部を振り返ります。
【広沢克己】ヤクルト、巨人、阪神の三球団で四番を務めた長距離砲
池山選手、古田選手らと共にヤクルトの主力として活躍後、1994年オフにFA宣言で巨人に入団。その後阪神に移籍。 三球団で四番を打ち、それぞれの球団で優勝を経験した広沢克己選手についてのまとめ記事です。
大洋時代は、大魔神・佐々木と共に「ダブルストッパー」を形成。近鉄に移籍後、脳腫瘍を発症するも、奇跡的に復活。近鉄の12年振りのリーグ優勝に貢献した「奇跡のストッパー」盛田幸妃投手についての記事です。
【石毛博史投手】巨人、近鉄、阪神で優勝を経験した荒れ球ストッパー。
9回表、東京ドーム。「彼」の名前がコールされた瞬間、巨人の応援団から上がったのは歓声ではなかった。 「バッター、振ってくれ!」「ノーコン野郎!」野次が飛びかう中、「彼」はマウンドに上がっていく…。 3球団で優勝を経験した石毛博史投手についての記事を書かせていただきます。
世界の王貞治に憧れ、王と同じ一歩足打法を武器に中日で本塁打を量産したスラッガー。プロ野球ファンの記憶に残る大豊泰昭の波乱万丈だった現役時代と今に迫る。
オリンピックで名を馳せた男がプロで活躍するために選んだいばらの道。正田耕三は、まさに努力の結晶でスターの座を勝ち取った選手である。そんな広島カープが誇る二塁手の現役時代と今を見てみましょう。
パ・リーグでスイッチヒッターとして大活躍をした【西村徳文】は、ロッテのまとめ役だった。
選手・コーチ・監督と31年間もロッテで活躍した男。スイッチヒッターとしてパ・リーグで初めて首位打者を獲った男であり、ロッテを日本一に押し上げた男でもある西村徳文はチームのまとめ役として活躍し続けました。そんな西村徳文の現役時代と今を見てみましょう。
決して足が速かったわけではない。スタートの俊敏さ、盗塁への貪欲さが世界の福本を生んだのかもしれません。そんな福本豊の今と現役をご紹介します。
日本が世界に誇るスポーツといえば、野球である。しかしそんな野球にも隙があることがある。その隙にばっちりと当てはまる外国人助っ人たち。助っ人なのに役に立てないのはご愛嬌。生き様から何からナニまで面白い外国人助っ人たちを今回は特集してみる。
猛虎打線の一人【岡田彰布】は人望も厚く、関西に期待された人物だった。
あの1985年の猛虎打線の一人。岡田彰布はプロ野球時代も、大学時代もチームを引っ張ってきた一人である。人望という言葉にピッタリの選手だと言えます。そんな岡田彰布の現役時代と現在を振り返ってみましたのでご覧ください。
プロ野球選手が歌手デビュー!レコードを出していたプロ野球選手たち!
今、絶好調のDeNAベイスターズ。中畑監督は歌うのが好きで、「一人紅白?」などスポーツ誌に取り上げられるほど。しかも歌手デビューしてたって知ってましたか?そんな歌手デビューしたプロ野球選手を動画と共にご紹介!
わが選んだ道に悔いはなし!【大野豊】の広島一筋人生は素晴らしかった。
150kmのストレートに、パームボール、まっすら、スラーブ、シュート、ドロップと、様々な変化球を駆使する様は「七色の変化球」の使い手として、球団を代表するスラッガーに恐れられていた。先発、中継ぎ、抑えとすべての役割を全うする投手はまれにみる一人だと言えるであろう。そんな大野豊の現役から引退後までをご紹介しましょう。
オールスター9者連続三振や、江夏の21球など、数々の伝説を作ってきた男、江夏豊。プロ野球の5球団を渡り歩き、獲った三振の数は2987奪三振と三振の山を築きました。先発でも活躍し、抑えても大活躍の投手はなかなかいないでしょう。人間としても魅力的な江夏豊の今と昔を振り返ります。
海の向こうから着た大型扇風機!【ラルフ・ブライアント】の魅力に迫る!
近鉄のみとは言わず、助っ人外人の名を上げれば必ずと言っていいほど、ブライアントの名はあがるでしょう。メジャーからやってきたラルフ・ブライアントのあの三振は、今でも忘れない豪快なものでした。その三振とは裏腹に度肝を抜かれるホームランも魅力の一つでしょう。近鉄の主砲ブライアントの現在と現役時代をご紹介します。
右ひじの手術後1985年に見事にカムバックした村田兆治。日曜日ごとに登板し開幕11連勝を達成した。大リーグの名投手、元ドジャースのコーファックスが日曜日ごとに登板し”サンデー・コーファックス”と呼ばれたことにちなんでつけられた”サンデー兆治”は社会現象にもなった。