昭和の香りムンムン!70年代にデビューした、女泣かせの魅惑のムード歌謡グループたち。
ムード歌謡グループは息が長い。一般的には60年代にデビューしたグループの認知度が高いように思われます。彼らは60年代以降、今日でも頑張っているグループが少なくないからでしょう。では70年代には魅惑のグループはデビューしなかったのかといえばそうではありません。女泣かせの、昭和の香りを漂わせたグループがいくつもいます。
70年代、小柳ルミ子はアイドルでした。そして、その当時の安井かずみといえば、アイドルに作詞を提供する超売れっ子。ただ、小柳ルミ子は演歌を歌うんですね。安井かずみと演歌は結びつかない。しかし曲を聴いてみると相性は良かったようですよ。
青春の甘酸っぱさを表現させたら右に出る者なし!70年代に発表した あいざき進也のシングル。
あいざき進也というと、どうしても二番手というイメージがあり、多くを語られることが少ないように感じます。勿体ない。彼が70年代に発表したシングルは青春の香りがする名曲揃いなんです。
音楽配信サイト"AWA"でマツドデラックスがお届けする第2弾!まるでカセットテープのような「J-POP BEST 女性アーティスト編」をご紹介!
音楽配信サイト「AWA」の公式プレイリスターの「マツドデラックス」こと「山本圭亮」がお送りする「まるでカセットテープのような」シリーズ!それを皆様に聴いて欲しいのでこんな企画をやっちゃったわ!どうかアクセスして聴いて頂戴ね!
【70年代歌手】「あなた」で有名なシンガーソングライター小坂明子の楽曲提供に驚け!あまりもの多才さに唖然?!
70年代に歌手としてデビューした小坂明子の才能は歌手としてだけではなかったって知っていましたか?シンガーソングライターとして活躍しつつもあらゆるジャンルへの楽曲提供、プロデューサーとしての顔・・・あなたの時代にも小坂明子がいるかも?!
よしだたくろう が吉田拓郎になるまでの5年間。この僅か5年間で日本の音楽シーンは塗り替えられてしまいます
よしだたくろう はデビューしてからの5年間で、日本の音楽シーンを見事なほどに塗り替えてしまいます。それまでのフォークシンガーには成し得なかったポピュラリティを獲得し、アイドルのような存在となり、そして、大人社会にフォークは商売になると知らしめたのです。
70年代にアルバート・ハモンドが歌った美しいメロディは、今でもひっそりと日本のアーティストの楽曲の中に潜んでいます
70年代前半のアルバート・ハモンドはそれはもう光り輝いていましたが、今ではあまり語られることがなくなったように思えます。しかし、彼が生み出した美しい曲は多くの人の心に今も残っているんです。若い世代がリスペクトしちゃってますからね。
【70年代歌手】独特の訛りとキャラクターで歌手として活躍した演歌歌手、新沼謙治
数々の歌手を輩出したマンモスオーディション番組「スタ誕」から出てきた男性歌手、新沼謙治。その独特な雰囲気と特徴のある東北訛りでアイドルのような活躍で一躍トップスターとなった新沼謙治の全てを知りたい!
梅宮辰夫といえばプレイボーイで女を泣かす男の不良番長シリーズ。個性強すぎの歌がまた魅力。
君は辰兄ぃの「不良番長」を知っているか?!そして、恐ろしいという言葉さえ浮かぶ辰兄ぃが歌う「番長シャロック」を知っているか?!ブルースもロックも数え唄も、全てを一瞬にして演歌に変えてしまう男、それが辰兄ぃこと梅宮辰夫だ!
1979年には意外なミュージシャンがディスコ・サウンドを取り入れブレイクしました。
70年代後半に世界中を席巻したディスコ・ブーム。新人から大物まで誰もかれもが大胆にディスコ・サウンドを導入して大ヒットさせました。「ウケ狙い」ということで非難されることもありましたが、特に1979年は当たり年です!
ヴィレッジ・ピープルの代表曲のカバーをオリジナルと聴き比べてみた!
色物的な見られ方をすることの多いヴィレッジ・ピープル。しかし、彼らは大きな功績を残しています。世界中で多くのアーティストがヴィレッジ・ピープルの曲をカバーしヒットさせていることがその証拠です。ヒットしただけあってどのカバーも良くできているんです。オリジナルと比較してみました。面白いですよ。
70年代のミッシェル・ポルナレフは日本独自の売られ方をしていたんですよねぇ。
母国では今でも国民的歌手として人気の高いミッシェル・ポルナレフ。日本でも70年代は絶大な人気を誇っていたのですが、日本とフランスでは受け入れられ方が違い、違う曲がヒットしていました。日本オリジナルのジャケットやタイトル曲で本国とは少し違うイメージ作りをして、それが成功したんですね。
軽く見られがちな世良公則&ツイストですが、日本の音楽界にロックを定着させたのは彼らの功績です!
世良公則&ツイストがデビューした当時、日本ではまだロックは市民権を得ていませんでした。つまり商売にならんと音楽界からは相手にされていなかったのです。曲もさることながらボーカルやバンドのスタイルをはじめメディア戦略まで彼らが成し遂げた功績は大きく偉大なのです!
1人でも多くの人に聴いてもらいたい、実に味わい深い斉藤哲夫の世界。
自身最大のヒット曲「いまのキミはピカピカにひかって」は、斉藤哲夫にとって異質と言えるものです。デビュー当時は哲学者と呼ばれたこの天才は、数こそ少ないものの、ヒットこそしなかったものの、実に味わい深い曲を残しています。
70年代に西城秀樹、郷ひろみとともに「新御三家」として活躍したアイドル歌手の野口五郎と過去に噂になった芸能人とその時の真相を振り返ってみた。
憧れの青春ヒロイン「風吹ジュン」。一家に一枚のピンナップガールとはまさに彼女のことか?!
ピンナップガールという言葉がまだ日本に浸透していなかった1973年、颯爽と登場して青少年の部屋の壁を埋め尽くした風吹ジュン。フォトジェニックとしか言いようがない70~90年代の彼女の魅力に迫ってみます。
うる星やつら(うるせいやつら)は、70年代から80年代にかけて週刊少年サンデーで連載されていた高橋留美子のギャグ要素満載のラブコメ漫画で、連載開始から40年経った今でも絶大な人気を誇り続けています。
美人とは、こういった女性のことをいうのでしょうね。最も魔性の女が似合う女優らしい女優、岩下志麻。
これほど魔性の女の役が似合う女優はいないのではないかと思います。可憐な娘から鬼嫁にヤクザの女房。そして息子との禁断の愛に溺れる母親役まで。美人だからこそできる、いえ、美人でないと出来ない魔性の女役。岩下志麻はさすがです。
憧れの青春ヒロイン「山口いづみ」。いつだって彼女は等身大のキレイなお姉さん。
永遠のキレイなお姉さん山口いづみ。そりゃもう憧れの青春ヒロインそのものといえます。しかも、主役としてドンと出てくるのではなく、脇に控えていながらキラリと光るブラウン管の恋人です。
ピンク・レディー解散後の方がキレイ。90年代のケイちゃんこと増田恵子は、セクシーだったんだなぁ。
年を取ってからの方がキレイという女性がいますね。ケイちゃんこと増田恵子もその一人ではないでしょうか?!いえ、勿論ピンク・レディー時代も可愛かったです。スタイルも良かった。しかし解散後、90年代初頭の増田恵子はセクシーだったんですよねぇ。