1980年代

1980年代に関する記事

ファミコン、CD、ジャンプ、ツッパリ、バブル。ロス五輪やつくば万博。テレビや音楽、マンガに映画、ゲーム、ファッション、車まで全てが多様化と進化を遂げた1980年代を謳歌した私たち。そんな昭和の黄金期1980年代の懐かしい記憶にスポットを当てた記事一覧です。


1980年代のNHKの『連続テレビ小説』(朝の連続テレビ小説)の歴代ヒロイン

1980年代のNHKの『連続テレビ小説』(朝の連続テレビ小説)の歴代ヒロイン

1980年代のNHKの連続テレビ小説は、おしんの最高視聴率62.9%をはじめ40%や50%以上が当たり前で、今では考えられないくらいドラマ高視聴率時代でした。1980年代の「なっちゃんの写真館」(1980年4月7日) 西城夏子役:星野知子から、「おしん」少女編(第1回~第36回)(第1部)谷村しん(田倉しん)役:小林綾子や「澪つくし」(1985年4月1日) 古川かをる役:沢口靖子、「和っこの金メダル」(1989年10月2日から1990年3月31日) 秋津和子役:渡辺梓まで、19作品のヒロインを振り返ってみましょう。朝の連続テレビ小説はフレッシュな新人女優の登竜門的な役割や大女優となるブレイクのきっかけを果たしていました。


80年代以降に流行した男性タレントのヘアスタイルと整髪料(ヘアースタイリング剤)

80年代以降に流行した男性タレントのヘアスタイルと整髪料(ヘアースタイリング剤)

1980年代を中心に皆がまねした、あこがれたヘアスタイルを振り返ってみましょう。80年代のアイドルはソフトパーマをかけたフロントにボリュームがあるミディアムやショートが中心でした。以降、ロングが流行ったり、ショートが流行ったりがスタイリングの技術やカットの進化を通じて流行が循環しているようにも思えます。整髪料においては1950年代のポマードや60年代70年代のリキッド、80年代はやはりムースが中心でしたね。現在はヘアジャムやフォグバー、ワックスなど多岐にわたり、スタイリングの幅が広がりました。


電視児童はサラリーマンの悲哀をみるか タイムボカンシリーズ アニメ「逆転イッパツマン」

電視児童はサラリーマンの悲哀をみるか タイムボカンシリーズ アニメ「逆転イッパツマン」

タイムボカンシリーズも6作目となり、人気回復への逆転を狙ったアニメ「逆転イッパツマン」。果たして鮮やかな逆転は成ったのかっ!?


4年に一度のオリンピック、歴代の夏季冬季大会の開催年と開催都市をまとめて確認します。

4年に一度のオリンピック、歴代の夏季冬季大会の開催年と開催都市をまとめて確認します。

数々の記憶に残る選手や感動のプレーは憶えているのに「あれ、いつのオリンピックだったっけ?」なんて経験、ありませんか。そんなときのために夏季及び冬季オリンピックの開催年と都市、そして主な日本人メダリストをまとめてみました。大会ごとの印象的な画像と共に振り返っていきます。


マラドーナ80年代から現在まで面白画像

マラドーナ80年代から現在まで面白画像

伝説のサッカー選手アルゼンチン出身ディエゴ・マラドーナ氏、1986年のメキシコ・ワールドカップで、「神の手ゴール」で話題となりました。1960年生まれ、今やミドルエッジのマラドーナの80年代から現在までの面白画像です。


女性芸能人・有名人の失踪事件♡愛の逃避行の真相

女性芸能人・有名人の失踪事件♡愛の逃避行の真相

失踪騒動を起こした当時のアイドル、女性芸能人、美人有名人の失踪事件の起きた経緯や真相。愛の逃避行について。 引退したアイドル、芸能界に復帰した人、失踪後、現在の彼女たちについて調べてみました。


巨人・西本聖。天下一品のシュートを武器に打者を打ち取りまくった負けず嫌いな大投手でした!

巨人・西本聖。天下一品のシュートを武器に打者を打ち取りまくった負けず嫌いな大投手でした!

西本聖。長嶋監督も天下一品と認めるシュートを用いて、打者を内野ゴロに仕留めていました。巨人時代には江川とWエースの座として活躍。3冠王落合との名勝負もありました。


ゲームウォッチ版のドンキーコングはマルチスクリーンと十字ボタンに興奮!

ゲームウォッチ版のドンキーコングはマルチスクリーンと十字ボタンに興奮!

ファミコン前の任天堂と言えばゲームウォッチ。なかでもマルチスクリーンタイプでの発売となったドンキーコングはとても人気がありましたよね。アーケード、ゲームウォッチ、ファミコンと日本のゲーム界で知らない人はいない人気ゲームとなったドンキーコング。そのゲームウォッチ版について振り返ってみましょう。


あの頃の変なバンドの代表でもあった「有頂天」

あの頃の変なバンドの代表でもあった「有頂天」

1980年代半ば、原宿のホコ天で、インディーズバンドたちが勢いを争った時代。インディーズの代表と言えば「THE WILLARD」、「LAUGHIN' NOSE」、そしてこの「有頂天」。バンドの顔、ボーカルのケラ(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)の特異なキャラと、ケラ自ら主催したインディーズレーベル「ナゴムレコード」の怪?進撃で、80年代を駆け抜けた印象がある。


日本のネオ・ロカビリーバンドの代表だった「ヒルビリー・バップス」

日本のネオ・ロカビリーバンドの代表だった「ヒルビリー・バップス」

日本発のネオ・ロカビリーバンド「ヒルビリー・バップス」のデビューから解散、現在までの概要のまとめ。 バンドの活動期間は、1983年-1990年、2004年-現在。 1988年、バンドの人気絶頂期に初代ボーカル宮城宗典が死去。それにより一時的に活動休止を余儀なくされるが、その後宮城の追悼コンサートを行う。2代目ボーカル横山裕高を迎え再始動するも、1990年に解散。2004年からバンド活動を再開している。


【哀愁でいと】実は洋楽カバーだった!あの名曲を振り返ろう5選【愛が止まらない】

【哀愁でいと】実は洋楽カバーだった!あの名曲を振り返ろう5選【愛が止まらない】

1980年代にアイドルが歌っていた楽曲でも実は洋楽カバーだったことを覚えていますか? そんな洋楽カバーでの名曲を原曲と聴き比べてみるコーナー!


【赤堀元之】故障と戦い続けたバファローズの守護神

【赤堀元之】故障と戦い続けたバファローズの守護神

1990年代、150km/h近い速球を軸に、そこから出し入れする縦・横のスライダーを武器に近鉄バファローズの守護神として活躍した赤堀元之投手。晩年は怪我と戦い続けた彼の球歴を振りかえる。


甲子園未経験ながら巨人ドラフト1位・木田優夫 メジャーでも活躍し、セパを渡り歩いた息の長い投手でした

甲子園未経験ながら巨人ドラフト1位・木田優夫 メジャーでも活躍し、セパを渡り歩いた息の長い投手でした

投手・木田優夫。巨人にドラフト1位で入団し、先発や中継ぎ、抑えとして活躍しました。日本とメジャーの各球団に所属した彼の野球人生を追います。


是か非かあなたはどちら?〜 掟破りの問題アニメ「太陽の牙ダグラム」

是か非かあなたはどちら?〜 掟破りの問題アニメ「太陽の牙ダグラム」

サンライズのロボットアニメ新奇時代の系譜、アニメ「太陽の牙ダグラム」。批判もあったそのリアリズム、あなたはどう見られますか?


あなたはどちら派? 〜表も裏も、梁山泊のよな個性ひしめく、アニメ「うる星やつら」〜 うる星やつらアニメ派宣言

あなたはどちら派? 〜表も裏も、梁山泊のよな個性ひしめく、アニメ「うる星やつら」〜 うる星やつらアニメ派宣言

80年代に4年半の長期放送となった人気アニメ「うる星やつら」。アニメ版うる星至上主義者の観点から独断と偏見で振り返ってみます。


【80年代の長者番付】バブルに愛されたオトコ達 ~バブル前期~

【80年代の長者番付】バブルに愛されたオトコ達 ~バブル前期~

アツかった時代「バブル景気」。1986年~1991年のバブル期前後の長者番付にはどんな人が名を連ねていたのか!? どんな手法で莫大な資産をきづきあげていたのか!?振り返ってみましょう!


あなたも懐かしいあの頃へタイムトリップ『テレビ探偵団』

あなたも懐かしいあの頃へタイムトリップ『テレビ探偵団』

三宅裕司をメイン司会にゲストのあの頃を、TV番組やTVCMをみて懐かしむ番組。TV版ミドルエッジともいうべきこの番組。時代は流れテレビでないミドルエッジで『テレビ探偵団』をみて、深く懐かしんでいるみなさんがいます。


【Mr.200%】安生洋二率いるゴールデンカップス結成のきっかけは?

【Mr.200%】安生洋二率いるゴールデンカップス結成のきっかけは?

安生洋二率いるゴールデンカップスは新日本プロレスとの対抗戦で結成されました。そのリーダーであった安生は起伏に満ちた格闘家、レスラー人生を送りました。本記事でデビューから引退までを振り返ってみましょう。


【王道の伝道師】全日本プロレス愛にあふれた渕正信の男気!【全日本プロレスLOVE】

【王道の伝道師】全日本プロレス愛にあふれた渕正信の男気!【全日本プロレスLOVE】

ジャイアント馬場に憧れて、全日本プロレスの門を叩いた渕正信。馬場亡き後も全日本から離れる事なく団体を支えてきました。彼は全日本プロレスを愛し、生涯全日本を宣言しています。男気あるエピソードをご紹介!


【存在自体反則】初代三冠統一ヘビー級王者ジャンボ鶴田のベストバウト

【存在自体反則】初代三冠統一ヘビー級王者ジャンボ鶴田のベストバウト

ミュンヘン五輪でレスリングのグレコローマンスタイル最重量級代表を経て、全日本プロレスへ入団。「若大将」とファンから人気を集めたジャンボ鶴田はレスリングでの実績と恵まれた体格で一躍トップレスラーへのし上がり、存在自体が反則と呼ばれるようになります。