【存在自体反則】初代三冠統一ヘビー級王者ジャンボ鶴田のベストバウト

【存在自体反則】初代三冠統一ヘビー級王者ジャンボ鶴田のベストバウト

ミュンヘン五輪でレスリングのグレコローマンスタイル最重量級代表を経て、全日本プロレスへ入団。「若大将」とファンから人気を集めたジャンボ鶴田はレスリングでの実績と恵まれた体格で一躍トップレスラーへのし上がり、存在自体が反則と呼ばれるようになります。


全日本プロレス 3冠ベルトレプリカ 3種セット

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第18代インターナショナル・ヘビー級王者となったジャンボ鶴田は第27代UNヘビー級と第14代PWFヘビー級の二冠王者であるスタン・ハンセンと王座統一戦をおこなう事になります。二度の引き分けを経て鶴田がハンセンを破り、初代三冠統一王者に輝きます。

三冠ヘビー級王座

三冠ヘビー級王座とはPWFヘビー級王座、インターナショナル・ヘビー級王座、ユナイテッド・ナショナル・ヘビー級王座(UN王座)の統一王座。全日本プロレスを象徴する、同団体で最も権威のあるタイトルとされている。 インターナショナル・ヘビー級王座は力道山が創設した日本プロレスに於いて、力道山とジャイアント馬場が保持し、ユナイテッド・ナショナル・ヘビー級王座はアントニオ猪木と坂口征二が保持してそれぞれ腰に巻いた歴史的なチャンピオンベルトである。日本プロレスが崩壊したことを受け、紆余曲折を経てインター王座とUN王座のベルトは全日本が受け継ぐ事となった。 一方、PWFヘビー級王座は馬場が全日本を旗揚げした際に、力道山(百田)家から初代インターナショナルヘビー級王座チャンピオンベルト(通称力道山ベルト)の寄贈を受けたことを契機に、世界ヘビー級王座として新設されたもので、全日本のシンボル王座としてその名を高めた。これら歴史的経緯の違う三つのタイトルを、全日本プロレスでの管理上からまとめた統一王座である。 統一後は、「三冠王座」と言うものの、三つの王座それぞれでタイトル戦が行われることはなく、新日本プロレスのIWGPヘビー級王座、プロレスリング・ノアのGHCヘビー級王座と同様に、全日本の象徴のタイトルとして位置づけられている。見方を変えればひとつのベルトだとも言える。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%86%A0%E3%83%98%E3%83%93%E3%83%BC%E7%B4%9A%E7%8E%8B%E5%BA%A7#.E6.AD.B4.E4.BB.A3.E7.8E.8B.E8.80.85

三冠ヘビー級王座 - Wikipedia

左から、「PWFヘビー級」「ユナイテッド・ナショナル(UN)ヘビー級」「インターナショナルヘビー級」のチャンピオンベルト

全日本プロレスの三冠ヘビー級ベルト

1988年4月15日の大阪大会でインターナショナル・ヘビー級王者であるブルーザー・ブロディとUNヘビー級・PWFヘビー級の二冠王者である天龍源一郎との間で史上初の三冠ヘビー級王座統一戦が行われたが、両者リングアウトで王座の統一は実現しなかった。 ブロディを退けて第18代インターナショナル・ヘビー級王者となったジャンボ鶴田と、天龍を退けて第27代UNヘビー級と第14代PWFヘビー級の二冠王者となったスタン・ハンセンの間で同年10月17日広島大会で2度目の王座統一戦が行われたが、引き分けで王座統一は実現せず、翌1989年4月16日後楽園ホール大会において再戦が行われたが、またしても決着はつかなかった。 長く引っ張った挙句の不透明決着にファンが激怒し、会場が騒然となる事態にまで発展した(これがきっかけで、全日本の試合からリングアウト・反則決着が消えていくことになる)。 二日後の4月18日、大田区体育館で鶴田とハンセンの間で満を持して再々戦が行われた。ウエスタン・ラリアットを避けられロープに激突し、一瞬の隙ができたハンセンを、鶴田が片エビ固めで丸め込みフォール勝ち。かみ合わない試合展開で完全決着とは言えない勝利であったが、初代三冠統一王者となった鶴田は満面の笑みでファンに応えた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%86%A0%E3%83%98%E3%83%93%E3%83%BC%E7%B4%9A%E7%8E%8B%E5%BA%A7

三冠ヘビー級王座 - Wikipedia

天龍との熾烈な三冠争い

その後、鶴田は防衛戦を一度おこない勝利。1988年6月5日日本武道館で天龍源一郎の挑戦を受けます。ものすごい熱戦を繰り広げますが、天龍のパワーボムに屈してしまい王座から転落してしまいます。

ジャンボ鶴田が三冠統一ヘビー級王座に返り咲く

その後、第2代三冠王者となった天龍は2回の防衛を重ねて、10月11日横浜文化体育館で鶴田のリベンジを受ける防衛戦をおこないます。結果は鶴田が勝利でチャンピオンに返り咲き、第3代三冠王者となります。

チャンピオン天龍にチャレンジャー鶴田がリベンジを挑みました。

ジャンボ鶴田の三冠リベンジマッチ

最後の鶴龍対決

第3代三冠統一ヘビー級王者鶴田がチャレンジャー天龍のリベンジを受けて立つ!

最後の鶴龍対決は三冠ヘビー級選手権試合

三冠王者に返り咲いた鶴田が天龍を下して防衛

【ジャンボ鶴田VS天龍源一郎】 最後の鶴龍対決!1/2 - YouTube

【ジャンボ鶴田VS天龍源一郎】 最後の鶴龍対決!2/2 - YouTube

その後、1990年6月5日千葉公園体育館でテリー・ゴディに破れ、鶴田は三冠王者から陥落してしまいます。その後、ゴディとハンセンの三冠を巡る熱闘が繰り広げられます。そして、鶴田が三たび三冠王者の座に就きます。1991年1月19日松本市総合体育館で第7代王者のスタン・ハンセンを破り、第8代の三冠統一ヘビー級チャンピオンになりました。

超世代軍の旗手、三沢光晴との激闘

天龍が全日本を去った後、若手の三沢光晴が超世代軍をひっさげて、打倒鶴田に燃えます。その三沢が1991年4月18日日本武道館で三冠王者の鶴田に初めて挑戦しました。

この頃、三沢はデビュー10年目を間近にしておりメキメキと頭角を表していた。その三沢をしても、ジャンボ鶴田の牙城を崩す事はできず、必殺技バックドロップ連発の前に沈みます。まさに、存在自体が反則と呼ばれた由縁を感じる事が出来る試合でありました。

鶴田の「オー!」が日本武道館にこだまする。

ジャンボ鶴田のアピール「オー!」

伝説となったジャンボの強さ

1992年11月にB型肝炎を発症したことを告白、長期入院を余儀なくされた。元々鶴田がB型肝炎ウイルスキャリアであることは1985年8月の時点で判明しており、当時の主治医によるインターフェロン療法がうまくいかず症状を悪化させたため、と後に保子夫人が著書で述べている。 1993年の復帰後も、再発の危険性があるため、極端に負担のかかる第一線に立つことはなくなった。鶴田自身、その時の様子を「棺桶に片足を入れた状態」と評している。「一昔前なら棺桶に両足を入れていた(つまり、死んでいた)」とも発言している。 これでメインイベンターとしての鶴田の価値は消え去ったのだが、それでも馬場は鶴田の給料を下げることをしなかったという。入院中に読んだ雑誌に女子プロゴルファーの桝井映里が大学院に入学した記事があったことがきっかけとなり、教授レスラーへの道を目指す。 1994年10月に筑波大学大学院体育研究科コーチ学専攻に合格し、遂には非常勤講師ながら大学教員となった。並行して大会場でのスポット出場という形で現役プロレスラーを継続する。ほとんどの試合は馬場と組んでの6人タッグであった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9C%E9%B6%B4%E7%94%B0#1980.E5.B9.B4.E4.BB.A3.E5.BE.8C.E5.8D.8A.E3.80.9C1992.E5.B9.B4.EF.BC.9A.E5.A4.A9.E9.BE.8D.E5.90.8C.E7.9B.9F.E3.80.81.E8.B6.85.E4.B8.96.E4.BB.A3.E8.BB.8D.E3.81.A8.E3.81.AE.E9.97.98.E3.81.84

ジャンボ鶴田 - Wikipedia

ジャンボ鶴田引退、第二の人生でアメリカへ赴任

1999年2月20日に引退・全日本取締役辞任会見をキャピトル東急ホテルで会見を行いました。

ジャンボ鶴田引退記念会見

三冠ベルトの象徴ジャンボ鶴田

ベルト後部にジャンボ鶴田の名前が刻まれています。

新・三冠統一ヘビー級チャンピオンベルト

これからも秋山社長率いる全日本プロレスの選手たちがジャンボ鶴田イズムを受け継いで、激しい熱戦を繰り広げてくれることでしょう。ジャンボ鶴田よ永遠なれ!

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