プロ野球に関する記事

まだJリーグのなかったころ、日本のプロスポーツといえばプロ野球一択でした。「人気のセ」「実力のパ」なんて呼ばれた時代、無数のスター選手が登場しました。往年の懐かしい名選手たちが集います。


【槙原寛己選手】完全試合を達成した、伝説の「先発三本柱」の1人

【槙原寛己選手】完全試合を達成した、伝説の「先発三本柱」の1人

1990年代の巨人には他球団が羨む先発投手が三人所属していた。 斎藤雅樹、桑田真澄と共に「先発三本柱」と呼ばれた男、槙原寛己投手。 抜群の成績を残しながら「エース」と呼ばれる事はなかった槙原投手の活躍を振り返る。


【平井正史】かって被災者の想いを乗せてマウンドに上がったストッパーは、不死鳥の如く蘇った!

【平井正史】かって被災者の想いを乗せてマウンドに上がったストッパーは、不死鳥の如く蘇った!

「がんばろう神戸」ユニフォームに縫い付けられたこの言葉と共に、オリックスの選手達は戦い続けた。 球史に残る1995年そして1996年のペナントレース。そして平井投手の球歴を振り返る。


【大久保博元選手】巨人の救世主になった「デーブ」

【大久保博元選手】巨人の救世主になった「デーブ」

2015年楽天イーグルスの監督に就任。そして成績不振のため一年で解任。 打撃コーチとしては…監督としては…と指導者としての評価が分かれる大久保博元氏。 そんな彼の現役時代の活躍を振り返る。「彼は、まぎれもなく巨人の救世主だった」


怪物【江川卓】が世の中を騒がせた事件あれこれ!!

怪物【江川卓】が世の中を騒がせた事件あれこれ!!

「空白の1日」「江川問題」は世間を騒動に巻き込み、「江川る(えがわる)」という言葉をも生んだ。並外れた投手・江川は、怪物として甲子園に登場した時から世の中を騒がし続けた。そんな江川が引き起こした事件を選んでみた。


悲劇のヒーロー【小林繁】の細腕繁盛記

悲劇のヒーロー【小林繁】の細腕繁盛記

江川事件に巻き込まれ悲劇のヒーローとして語り継がれる小林繁。どうしても悲劇の主人公として見られてしまいますが、沢村賞を2度受賞し、細身の体で気迫の投球をする姿から”細腕繁盛記”と呼ばれた小林繁を振り返ります。


ドラフト外入団・雑草【西本聖】の”怪物・江川”との因縁

ドラフト外入団・雑草【西本聖】の”怪物・江川”との因縁

巨人という同じチームでライバル関係にあった西本聖と江川卓。高校時代、無名の投手から沢村賞投手となった西本と怪物だった江川。同じチームにエースは二人並び立たない。果たしてそうだったのだろうか?


【阿波野秀幸】が”トレンディエース”だった頃

【阿波野秀幸】が”トレンディエース”だった頃

プロ1年目に15勝し、奪った三振201はセ・パ両リーグ最多。西崎幸広(日本ハム)との新人王レースは熾烈を極め、両投手は「トレンディエース」と呼ばれた。結果は阿波野が新人王に選出されたが、その輝きは3年間と短いものだった。


【伊良部秀輝】”悪童”と呼ばれた孤高の速球王

【伊良部秀輝】”悪童”と呼ばれた孤高の速球王

日本の最速投手の一人として名を挙げられる伊良部秀輝。トラブルが絶えなかったことから悪童と呼ばれていた。日米通算106勝は平凡な成績ではあるが、強烈な印象を残し、自殺という最期を遂げた伊良部を振り返ります。


ウケる外国人助っ人プロ野球選手

ウケる外国人助っ人プロ野球選手

日本が世界に誇るスポーツといえば、野球である。しかしそんな野球にも隙があることがある。その隙にばっちりと当てはまる外国人助っ人たち。助っ人なのに役に立てないのはご愛嬌。生き様から何からナニまで面白い外国人助っ人たちを今回は特集してみる。


【村田兆治】”サンデー兆治”と呼ばれた復活劇

【村田兆治】”サンデー兆治”と呼ばれた復活劇

右ひじの手術後1985年に見事にカムバックした村田兆治。日曜日ごとに登板し開幕11連勝を達成した。大リーグの名投手、元ドジャースのコーファックスが日曜日ごとに登板し”サンデー・コーファックス”と呼ばれたことにちなんでつけられた”サンデー兆治”は社会現象にもなった。


300勝投手【鈴木啓示】の”男の勲章”

300勝投手【鈴木啓示】の”男の勲章”

流行語大賞も受賞した「投げたらアカン」は鈴木啓示の口ぐせ。”草魂”と呼ばれた最後の300勝投手。数々のタイトルを獲得した男が自ら認める勲章とは何か?


昭和最後の完全試合投手【今井雄太郎】を変えたコップ1杯のビール

昭和最後の完全試合投手【今井雄太郎】を変えたコップ1杯のビール

今井雄太郎は1970年代から80年代にかけて活躍した阪急ブレーブスの「主戦(エース)投手」。大酒飲みだったことから授かった称号が”酒仙投手”。酒にまつわる逸話とともに今井雄太郎について振り返る。


やっぱり【山口高志】が史上最速の豪速球投手だ!

やっぱり【山口高志】が史上最速の豪速球投手だ!

日本プロ野球史上最速の投手は誰か? この問いに対して必ずあげられるのは、1970年代後半に阪急ブレーブスで活躍した山口高志だ。では、この答えは本当に正しいのだろうか?


悲しみの【ボビー・ミッチェル】雨に消えた2本のホームラン

悲しみの【ボビー・ミッチェル】雨に消えた2本のホームラン

1976年から79年日本ハムに在籍した伝説の外国人助っ人。当たればホームラン、そうでなければ三振。在籍した4年間で4度の三振王。身長193センチ、大型扇風機と呼ばれた男の悲劇とは?


【平松政次】ミスターG・長嶋茂雄をメッタ斬りした男

【平松政次】ミスターG・長嶋茂雄をメッタ斬りした男

凄まじい切れ味の「カミソリシュート」を武器に、大洋ホエールズのエースとして通算201勝を挙げた平松政次。その201勝のうち51勝が巨人からの勝利であり、長嶋茂雄が最も苦手としていた投手だった。


泣いた赤鬼【チャーリー・マニエル】

泣いた赤鬼【チャーリー・マニエル】

「赤鬼」の異名を取ったチャーリー・マニエル。1976年からヤクルト、近鉄での6年間で621試合、打率.303、189本塁打、491打点。セ・パ両リーグの下位球団を優勝に導いた史上最強の助っ人外国人。


1980年10月7日【木田勇】スーパールーキーイヤーの最終戦

1980年10月7日【木田勇】スーパールーキーイヤーの最終戦

木田勇のルーキーイヤーは圧巻だった。最多勝、最優秀防御率、最高勝率、最多奪三振、MVP、新人王などのタイトルを総なめにした。木田は優勝をかけた最終戦にもリリーフでマウンドに上がったが…


サモアの怪人【トニー・ソレイタ】に”おソレイッタ”

サモアの怪人【トニー・ソレイタ】に”おソレイッタ”

「おソレイッタ」「それ行ったー」とスポーツ紙上に見出しを躍らせ、日本ハムで4年間の在籍期間に本塁打155本を記録した”サモアの怪人”。”〇〇の怪人”の名はソレイタから始まったのだ。


【天才投手】野球が好きじゃないのに182勝も挙げた元メジャーリーガー『石井一久』

【天才投手】野球が好きじゃないのに182勝も挙げた元メジャーリーガー『石井一久』

今では天然やおもしろい元野球選手として注目を浴びている石井一久。彼がすごいのは面白さだけではなかった。 野球のセンスだけでやってこれた彼の生き様をご覧ください。


伝説の投手・沢村栄治と並ぶ3度のノーヒッター【外木場義郎】の伝説とは

伝説の投手・沢村栄治と並ぶ3度のノーヒッター【外木場義郎】の伝説とは

プロ野球史上ノーヒットノーランを3度達成したのは、戦前の沢村栄治と2リーグ制以降では外木場義郎のみだ。そして、剛腕の名を轟かせた外木場にはあまり知られていない伝説があった。