ノミの心臓
第2部今井雄太郎、原田雅彦が語る「メンタルが壊れても、復活できる人できない人」 | スポーツ | 現代スポーツ | 現代ビジネス [講談社]
【8月31日】1978年(昭53) 酒仙投手・今井雄太郎、ちょうど100球で球団初の完全試合(野球) — スポニチ Sponichi Annex 野球 日めくりプロ野球09年8月

1978年5月6日”雄太郎伝説”の誕生
5月4日、大阪球場での南海6回戦。ローテーションの谷間で今井に先発のお鉢が回ってきた。試合前、梶本隆夫投手コーチに呼ばれた今井は紙コップを差し出された。「これ飲んで行け」。中身はビールだった。
http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_09august/KFullNormal20090801210.html【8月31日】1978年(昭53) 酒仙投手・今井雄太郎、ちょうど100球で球団初の完全試合(野球) — スポニチ Sponichi Annex 野球 日めくりプロ野球09年8月
第2部今井雄太郎、原田雅彦が語る「メンタルが壊れても、復活できる人できない人」 | スポーツ | 現代スポーツ | 現代ビジネス [講談社]

「実はその後も2~3試合飲んだ(笑)。だけどそのうち、飲まずにマウンドに上がっても平気になった。勝ち星を重ね、自信が付いてきたんだろうね」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34717第2部今井雄太郎、原田雅彦が語る「メンタルが壊れても、復活できる人できない人」 | スポーツ | 現代スポーツ | 現代ビジネス [講談社]
完全試合
昭和最後の完全試合は、1978年(昭和53年)8月31日、県営宮城球場で生まれた。ロッテ対阪急の後期8回戦。ロッテの投手は村田兆治。史上14人目、阪急球団史上初だった。三振3、内野ゴロ18、内野飛球4、外野飛球2、投球数はちょうど100球という内容だった。
「最後の打者はピッチャーゴロ。緊張してボールが指から離れないような感覚だった」と今井は語っている。
【8月31日】1978年(昭53) 酒仙投手・今井雄太郎、ちょうど100球で球団初の完全試合(野球) — スポニチ Sponichi Annex 野球 日めくりプロ野球09年8月

【8月31日】1978年(昭53) 酒仙投手・今井雄太郎、ちょうど100球で球団初の完全試合(野球) — スポニチ Sponichi Annex 野球 日めくりプロ野球09年8月
【8月31日】1978年(昭53) 酒仙投手・今井雄太郎、ちょうど100球で球団初の完全試合(野球) — スポニチ Sponichi Annex 野球 日めくりプロ野球09年8月
酒にまつわる逸話
【8月31日】1978年(昭53) 酒仙投手・今井雄太郎、ちょうど100球で球団初の完全試合(野球) — スポニチ Sponichi Annex 野球 日めくりプロ野球09年8月




完全試合を達成し胴上げされる今井
【8月31日】1978年(昭53) 酒仙投手・今井雄太郎、ちょうど100球で球団初の完全試合(野球) — スポニチ Sponichi Annex 野球 日めくりプロ野球09年8月
現在のスポーツは科学の時代だ。スポーツで勝つために必要なのは鍛えられた強い肉体と精神力。肉体を鍛え運動能力を高めるために必要とされるのは、科学的なトレーニング方法や栄養学だ。また、プレッシャーに打ち克つ精神力を身につけるために必要とされるのは、心理学やメンタルトレーニングなのだ。現代ではスポーツにおいても科学的でないことは否定される。筆者が小学生の頃はウサギ跳びをやらされた。へばって走れないと「根性がない」と怒鳴られた。今は貧血かもしれないと血液検査をする時代だ。
一杯飲った方が調子が出るなどと冗談で言うことはあろうが実際にはやらないだろう。今井雄太郎がプロでやっていくきっかけを与えた一杯のビール。”雄太郎伝説”を生んだのも昭和という時代だったからだろう。古き良き時代のことだ。