まだJリーグのなかったころ、日本のプロスポーツといえばプロ野球一択でした。「人気のセ」「実力のパ」なんて呼ばれた時代、無数のスター選手が登場しました。往年の懐かしい名選手たちが集います。
スポーツバラエティ特別番組『プロ野球珍プレー・好プレー大賞』:宇野ヘディング事件・乱闘・好プレー・歴代「珍プレー名人」ほか
『プロ野球珍プレー・好プレー大賞』は毎回、プロ野球12球団やメジャーリーグの試合の中から激突、乱闘、抗議、審判受難、珍妙な観客乱入、野球選手の取材、最後の数分で好プレーなど1年間のペナントレースを始めキャンプ、オープン戦、日本シリーズ等で起こった「珍プレー・好プレー」を特集していました。みのもんたさんのナレーションと宇野さんの活躍は忘れられません。
赤ヘルの精密機械!【北別府学】の凄さは針の穴も通すコントロールだった!!
古葉監督時代のエースを担った北別府学。常勝時代の赤ヘルを引っ張ってきたエースの武器は、すさまじいコントロールだった。カープが誇る名投手の一人、赤ヘルの精密機械の現役時代と、今を語る。
【中日一筋】2015年引退・球界のレジェンド山本昌の80年代はどうだったのか?
2015年についに引退を表明したレジェンド、山本昌投手。現役通算219勝、32年間のプロ生活、実働29年という長きに渡って活躍した名投手、今回はプロ入り直後の80年代を振り返ってみたいと思います。
1969年~1986年まで、広島東洋カープの黄金期を引っ張ってきたミスター赤ヘルこと、山本浩二の現役時代と今や、広島の顔。日本野球界の顔とまでなった人物です。そんな赤ヘルの昔と今を振り返る。
2015年、今年引退する80年代・90年代入団の超ベテランのプロ野球選手(年齢順)
今年のプロ野球もレギュラーシーズンが終わり。この時期になると引退表明する選手が多いですが、今年は超大物選手が多いです。主な成績や感動の最終打席・最終登板など動画もまとめてみました。山本昌、中嶋聡、斎藤隆、谷繁元信、和田一浩、西口文也、谷佳知、小笠原道大、松中信彦
2015年、山田哲人(ヤクルト)と柳田悠岐(ソフトバンク)が超難関「トリプル3」達成で振り返る、歴代の「トリプル3」達成者8人!!
「3割30本30盗塁」プロ野球選手における攻撃力の万能さを示す「トリプル3」と呼ばれるこの記録は、世界の王やイチローですら成し遂げたことの無い記録。歴代でもこれまで8人だったこの記録に、2015年になんとセパ両リーグから達成者が現れる(ヤクルト:山田哲人、ソフトバンク:柳田悠岐)という事態になりました。そこで改めて歴代の「トリプル3」達成者をみていきましょう。
【工藤公康】アイドル顔負けの人気を誇った80年代から「優勝請負人」を経て球界を代表する「鉄腕」と称された現役晩年までを追う。
「工藤公康」と聞いて、あなたはどの球団時代を思い出しますか。私はやっぱり西武時代の工藤が印象に残っています。西武黄金時代を東尾修や渡辺久信・郭泰源・松沼博久らと支えた工藤、その後の優勝請負人としてのキャリア、鉄腕とまで称された晩年まで振り返ります。
プロ野球現役最年長50歳の中日・山本昌、引退。90年代の中日「今中・山本昌」時代を懐かしむ。
プロ野球現役最年長を誇った中日の山本昌投手が2015年シーズンでの引退を発表。中日一筋の山本昌を振り返るとともに、90年代の中日を支えた「今中・山本昌」時代を再確認しましょう。
王、長嶋に始まり、江川、清原、松井、ダルビッシュ、そして今では大谷など華のあるスタープレイヤーがプロ野球界にはなくてはならない存在ですが、その陰で地道に渋いプレーをし続けるいぶし銀選手もなくてはならない存在なのです。そこで、ここでは90年代に活躍したいぶし銀選手を紹介します。
相撲部屋と呼ばれた頃からの阪神ファン。85年の優勝にはほんとうに感動しました。あの時阪神にはバースという守護神がいたのです。
西武黄金時代を迎えていた90年代前半のプロ野球。今、以上に各チームに個性的なエースピッチャーがおり、息詰まる投手戦など見ごたえたっぷりの試合が多かった気がします。 そんな90年代前半に活躍したプロ野球名投手をプレイバックしてみましょう!
【不惑の大砲】門田博光の輝かしいキャリアを振り返る【40歳で44本塁打】
ホームランにこだわりを持つ男「門田博光」。長距離砲のイメージが強い門田ですが、もともとは走攻守を兼ね備えた中距離ヒッターでした。名だたる名投手との真っ向勝負はいまも記憶に残っています。
【巨人・篠塚和典】華麗な守備、芸術的な流し打ち!憧れのプロ野球選手でした!!
篠塚和典の華麗なプレーはよく憶えています。憧れのプロ野球選手と言えば、私の場合は間違いなく篠塚を挙げました。美しい広角打法は後に続く野球選手にも慕われるほどのものでした。イチローはいまでも篠塚モデルのバットを使っているといわれています。
板東英二は中日のピッチャーなのかタレントなのか事業家なのか?
板東英二、所得隠し問題で芸能活動を一時休止しましたが、タレントとして精力的に活動を続ける人物ですね。でも彼ってたしか元々中日のピッチャーだったはず、、、いまとなっては過去の話かもしれませんが板東英二のプロ野球選手時代から振り返ってみましょう。
【木田勇】2013年の田中将大投手まで33年間現れなかった1シーズン22勝をルーキーイヤーにやってのけた投手。
1980年の日本プロ野球を大いに沸かせた驚異の新人投手、木田勇。日本ハムに入団した彼はルーキーイヤーの1980年に22勝を挙げて史上初のルーキーイヤーに新人王&MVPに輝きました。22勝という勝利数は、その後2013年の田中将大投手まで33年間抜かれることがありませんでした。
「赤ヘル炎のストッパー」津田恒実を憶えていますか?絶頂期のランディ・バース相手に150km/h超のストレートで3球三振に斬って取るなど、津田の速球は子供ながらに美しく見えていたものです。惜しくも若くして亡くなった津田について振り返りたいと思います。
小学生には衝撃的すぎた「さらば桑田真澄、さらばプロ野球」著作・中牧昭二
PL学園が甲子園を盛り上げていた時代。小学生だった私にはKKコンビが憧れの存在でした。 そんなKKコンビのプロ野球入団の裏側を知らされた衝撃作をプレイバック!
日本プロ野球界を経由しない初の日本人メジャーリーガー「マック鈴木」、クワバタオハラ小原との結婚でも話題となりました。
マック鈴木さん、2014年にご結婚されました。お相手はクワバタオハラの小原さん。そんなマック鈴木、実は日本人初の「いきなりメジャーリーガー」なんですよね。世界中を転々としたその流浪の野球人生を振り返ります。
1974年夏の甲子園。鹿児島実のエースとして出場した、元巨人投手の定岡正二氏(58)は、準々決勝で原辰徳氏(巨人監督)東海大相模(神奈川)を倒して人気爆発!甘いルックスで、女子学生たちに大フィーバーを巻き起こした。あれから40年、定岡選手の様なイケメンはなかなかいない。当時の人気ぶりを検証して、まとめてみました。
V9戦士・南海、巨人、日本ハムなどで内野手として活躍した【富田勝】が死去
南海(現ソフトバンク)や巨人などで内野手として活躍した富田勝(とみた・まさる)氏が死去。全球団本塁打を達成するという偉大な記録を作っています。