プロ野球

プロ野球に関する記事の一覧です。 あなたの記憶をくすぐる懐かしいセリーグ&パリーグの球団・選手・試合・記録・エピソードなどを記事を紹介します。


プロ野球の記事一覧

巨人と台湾のOB選抜戦で、王貞治が「一本足打法」を披露!両軍ナインはベンチ前で整列、球場のファンは総立ち!

巨人と台湾のOB選抜戦で、王貞治が「一本足打法」を披露!両軍ナインはベンチ前で整列、球場のファンは総立ち!

両国のレジェンドが集まった巨人と台湾のOB選抜戦は15-11で巨人OB選抜が逆転勝ちした。試合では”世界のホームラン王”の王貞治氏が1968年の台湾キャンプ以来、48年ぶりに故郷で打席に入り、豪快なスイングを披露した。


台湾から巨人にやってきた呂明賜(ろ めいし)!デビュー9試合で7本塁打!背番号97は体重と同じ!

台湾から巨人にやってきた呂明賜(ろ めいし)!デビュー9試合で7本塁打!背番号97は体重と同じ!

1988年、巨人に入団した呂明賜(ろ めいし)。 6月14日の明治神宮野球場の対ヤクルトスワローズ戦で、初回にボブ・ギブソンから初打席初本塁打を記録。その後も打ちまくった呂明賜(ろ めいし)の活躍を振り返る。


ミスター指名打者 世界記録を持つ男、高井保弘 阪急ブレーブスが誇る「世界の代打男」

ミスター指名打者 世界記録を持つ男、高井保弘 阪急ブレーブスが誇る「世界の代打男」

八木裕、桧山進次郎、杉浦享、関本賢太郎、立浪和義、川藤幸三、前田智徳、真弓明信、たくさんの「代打の神様」と呼ばれた選手たちがいます。しかし「代打の神様」という言葉が生まれる前、かつてのパシフィックリーグ今はなき阪急ブレーブスで活躍し「世界の代打男」と呼ばれた高井保弘選手についてまとめてみました。


日本のプロ野球「永久欠番」・「 準永久欠番」

日本のプロ野球「永久欠番」・「 準永久欠番」

日本のプロ野球界での永久欠番と言えば、王貞治や長嶋茂雄が有名ですが、調べてみると永久欠番のほとんどが古くに制定されたものばかりです。近年では選手ではなくファンの為に制定される事もあるようです。また、 準永久欠番として、一定の期間空き番号としている球団もあるようです。


入来兄弟!巨人で同時に在籍!どちらも投手!オールスター史上初の兄弟継投も!

入来兄弟!巨人で同時に在籍!どちらも投手!オールスター史上初の兄弟継投も!

1999年、兄の智(さとし)が巨人(読売ジャイアンツ)へと移籍し、元から在籍していた弟の祐作(ゆうさく)とチームメイトになり、球団史上初の現役兄弟選手となった「入来兄弟」。オールスターゲームでの史上初の兄弟継投も話題となった。


日本シリーズ史上最も劇的!杉浦享の代打サヨナラ満塁ホームラン(1992年)

日本シリーズ史上最も劇的!杉浦享の代打サヨナラ満塁ホームラン(1992年)

1992年、黄金期の西武に野村ヤクルトが初挑戦した日本シリーズ第一戦。延長12回1死満塁で打席に立ったのはベテラン杉浦享。日本シリーズ史上最も劇的なホームランと言われる仕事人の一振りを紹介。


イケメン投手・デニー友利!西武時代のタフィ・ローズとの乱闘が忘れられない!

イケメン投手・デニー友利!西武時代のタフィ・ローズとの乱闘が忘れられない!

身長191cmで7頭身のモデル体型だったデニー友利。横浜大洋ホエールズ、西武ライオンズで活躍した投手。平成の怪物・松坂大輔の教育係も務め、彼らの仲の良さも有名。メジャーにも挑戦したデニー友利の野球人生を追う!


【郭源治】闘志あふれる投球が胸を打つ!ドラゴンズ史上に残る「最強助っ投」

【郭源治】闘志あふれる投球が胸を打つ!ドラゴンズ史上に残る「最強助っ投」

在籍16年、最優秀防御率賞1回(1994年)最優秀救援投手賞2回(1987、88年)。MVP1回(1998年)など功績を挙げればきりがない。中日ドラゴンズ史上に残る外国人助っ人、郭源治(かくげんじ)投手の球歴を改めて振り返ります。


プロ野球、オフシーズンの注目はドラフト!5球団以上からドラフト1位指名を受けた歴代の注目選手たち!!

プロ野球、オフシーズンの注目はドラフト!5球団以上からドラフト1位指名を受けた歴代の注目選手たち!!

レギュラーシーズンを終えて日本シリーズを戦うと、プロ野球は来春までのオフに突入します。オフシーズンで注目されることといえばドラフト、年俸更改、移籍(FA)ですよね。なかでも選手補強の重要イベントであるドラフトは、夏の甲子園の興奮なども蘇って大いに注目されます。そんなドラフトでも注目を浴びた歴代の選手たち。


【テリー・ブロス】テスト入団から這い上がったノーヒッター

【テリー・ブロス】テスト入団から這い上がったノーヒッター

長身から投げ下ろす速球と親指と人差し指ではさむ独特のフォークボールを武器に1995年のヤクルトスワローズの日本一に貢献したテリー・ブロス投手の球歴と彼が最も活躍した1995年シーズンを振り返ります


【〇〇のドカベン】と呼ばれた球児たち

【〇〇のドカベン】と呼ばれた球児たち

水島新司さんによる長編野球漫画「ドカベン」。その主人公の山田太郎の影響でしょうか、ぽっちゃり系の強打で強肩の高校球児が甲子園に出場すると、とかく「〇〇のドカベン」とマスコミはつけたがるものです。ここではそんな「〇〇のドカベン」と呼ばれた高校球児たちをご紹介します。


西武・辻新監督が21年振りにレオのユニフォームを披露!背番号は85!現役時代は守備の名手だった

西武・辻新監督が21年振りにレオのユニフォームを披露!背番号は85!現役時代は守備の名手だった

二塁手の名手として西武ライオンズの黄金期を支えた辻新監督が、21年ぶりにライオンズのユニホームに袖を通した。チームの黄金期はスカイブルーのユニホームだった。辻新監督の現役時代は8度のゴールデングラブ賞に輝いた名手だった。


【スター選手の引退試合・ヤクルト編】(若松勉・尾花高夫・池山隆寛)

【スター選手の引退試合・ヤクルト編】(若松勉・尾花高夫・池山隆寛)

スター選手の引退試合、現役最後の試合をまとめています。ここではヤクルトスワローズを支えた若松勉、尾花高夫、池山隆寛選手の引退試合を紹介します。毎年何百人というプロ野球選手が入団し、そして引退していきます。「私、引退します」と言ってプロ野球生活に別れを告げられる選手はほんの一握り、更に言えばこの様な「引退試合」「引退セレモニー」を行える選手などはごく一部。そんな特別な選手の特別な試合をどうぞご覧ください


広島東洋カープが1975年以来の優勝パレードを11月に開催!当日はマツダスタジアムで優勝報告会も企画!

広島東洋カープが1975年以来の優勝パレードを11月に開催!当日はマツダスタジアムで優勝報告会も企画!

広島東洋カープの25年ぶり7回目のリーグ優勝を祝うパレードが行われることが決定した。初優勝を果たした1975年以来、2度目となる優勝パレード。開催日は11月5日午前10時30分からで小雨決行。また、当日はマツダスタジアムで「優勝報告会」も開かれる。


野茂の親友!ハゲ魔神・佐野重樹(慈紀)!中継ぎ初の1億円プレーヤー!

野茂の親友!ハゲ魔神・佐野重樹(慈紀)!中継ぎ初の1億円プレーヤー!

90年代に近鉄バファローズ(大阪近鉄バファローズ)で活躍した投手。ハゲ魔神こと佐野重樹(慈紀)。野茂英雄の親友としても知られ、明石家さんまの番組等でも共演。お茶の間の人気を集めた。近鉄時代は1億円プレーヤーだった佐野重樹(慈紀)を振り返る。


【ミスター胴上げ投手】宮本和知選手の現役時代を振り返る

【ミスター胴上げ投手】宮本和知選手の現役時代を振り返る

斎藤選手、槙原選手、桑田選手のいわゆる「先発三本柱」が全盛期の時代、右の先発投手が多かった1990年代の巨人投手陣の貴重な左の先発投手。いわゆる「ローテーションの谷間」を埋める「谷間に咲く花」として役割を果たし、3度の「胴上げ投手」になった宮本和知選手の球歴を振り返る。


【リーグ優勝の瞬間】近鉄バファローズ編

【リーグ優勝の瞬間】近鉄バファローズ編

まだクライマックスシリーズ制度が導入されていない頃、ペナントレースが今よりもずっと価値があった頃、各球団のリーグ優勝決定の瞬間、その年の戦いぶりをご紹介しています。今回は近鉄バファローズのリーグ優勝決定の瞬間(1979、1980、1989、2001)を集めてみました。


【リーグ優勝の瞬間】ヤクルトスワローズ編

【リーグ優勝の瞬間】ヤクルトスワローズ編

まだクライマックスシリーズ制度が導入されていない頃、ペナントレースが今よりもずっと価値があった頃、各球団のリーグ優勝決定の瞬間、その年の戦いぶりをご紹介しています。今回はヤクルトスワローズのリーグ優勝決定の瞬間(1978、1992、1993)を集めてみました。


ハマの番長・三浦大輔が引退を表明!1998年横浜ベイスターズの日本一に貢献したエースだった

ハマの番長・三浦大輔が引退を表明!1998年横浜ベイスターズの日本一に貢献したエースだった

横浜DeNAベイスターズの三浦大輔が引退をファンに報告した。「ハマの番長」として知られ、大洋ホエールズ、横浜ベイスターズにも在籍し、横浜一筋を貫いた。また、三浦大輔の背番号「18」は、番号にふさわしい選手が現れるまで使用しないことも発表された。


【リーグ優勝の瞬間】中日ドラゴンズ編

【リーグ優勝の瞬間】中日ドラゴンズ編

まだクライマックスシリーズ制度が導入されていない頃、ペナントレースが今よりもずっと価値があった頃、各球団のリーグ優勝決定の瞬間、その年の戦いぶりをご紹介しています。今回は中日ドラゴンズのリーグ優勝決定の瞬間(1974、1982、1988年)を集めてみました。