高井保弘ってどんな選手?
日本のプロ野球でここぞという場面で代打で登場し必ず殊勲打を放つ「代打の神様」。その呼称が世に現れる前「世界の代打男」として文字通り世界に名を響かせた野球選手です。
1974年オールスターでMVPを獲得
彼の持つ世界記録とは?
当時の代打ホームランの世界記録はMLBパイレーツのJ/リンチが持つ18本。高井選手がこの記録に追いついたのは1975年6月7日の対ロッテ戦西宮球場ででした。そして同年8月27日同じくロッテ戦仙台宮城球場で世界新記録となる通算19本目のホームランを放ったのです。
それから記録を伸ばし続けて、通算代打ホームラン27本。これは彼が彼が引退して34年(2016年現在)未だに破られていない世界記録です(MLB記録 M・ステアーズ23本)。しかし残念ながら、その記録達成のシーンは映像も写真すらも残っていないようです。彼の所属していた阪急ブレーブスはパシフィックリーグの球団で注目度が低かったせいもあったのかもしれません。もし彼が今の時代の選手であるならば、大騒ぎになっていたかもしれませんね。そんな高井保弘選手は他にも様々な”記録”を持っています。
どんなスタイルの打者だった?
守備・走塁は元々苦手で怪我も重なり控えが多かったため出場機会を掴むため代打での一打席、一振りに賭ける道を選びました。そのために事前に相手投手の癖、投球動作の際の体の動きなどを徹底的に調べ上げ、分析してから配球パターンを読む、典型的な山張りタイプと打者だったといいます。彼の長年にわたる情報を収集したメモがTV番組で紹介されていました。同業の野球選手から見るとお宝だったでしょうね。
投手の癖・特徴を記したメモの数々
自ら情報収集に
時には、自ら変装し相手球団のピッチャーをバックネット裏からこと細かく観察・研究をしていたといいます。走りのスペシャリストと言われ今年引退した元巨人の鈴木尚広選手と通じるものを感じますね。
野村克也氏との関係
当時、こういったピッチャー毎に細かく情報収集をしてそれを試合に生かすという手法はかなり珍しかったようです。高井選手自身もスペンサーというメジャーリーガーからその手法を学んだと語っていました。同じく情報野球で有名な野村克也選手との逸話もWikipeiaに載ってましたので紹介させて頂きます。
この野村選手(兼任監督)の推薦でオールスター出場を果たします。そしてこのオールスターの試合でもオールスター史上初の代打逆転サヨナラ本塁打を打ってみせました。このオールスターでの高井選手のスイングはこの一振のみ、まさに「世界の代打男」の名に恥じぬ見事なバッティングでした。この時対戦した松岡投手のクセもセントラルリーグの投手にも関わらず完璧に研究済みだったと言います。
居るだけで戦力になる選手
ベンチに居るだけで相手チームへのプレッシャーになったと言います。その存在が投手の継投や作戦にまで影響を及ぼすからです。当時、阪急ブレーブスの監督であった上田利治氏からケガでもベンチにだけは入ってくれと頼まれていたそうです。居るだけでご利益があるとなるといよいよ神様の域に近づいているようですね。
指名打者制度導入ののきっかけとなった?
打撃は素晴らしいのに守備に難があるために中々レギュラー出場することができない高井選手。この状況をみたアメリカ人記者がパシフィック・リーグの指名打者制度導入に一役買ったという話があります。
残念ながらパ・リーグの目論見は外れ、人気向上とはいかなかったようですが、一選手がリーグの制度をそのものを変えさせるきっかけとなり、そしてそれが今でも続いているというのは凄いことではないでしょうか。
レギュラーとしても大活躍
そんな、数々の代打としての記録を持つ高井保弘選手ですが、その実キャリア半ばを過ぎた頃から指名打者としてレギュラーとなり活躍しています。年間3割を2度、年間ホームラン20本以上2回、通算出場試合1135試合、通算本塁打130本、通算安打665、通算打率.269 そしてもっとも意外な記録がプロ生活16年で19回全ての犠牲バントを成功させていることです。これらの事からも彼が並外れたバッターであったことが窺い知ることが出来ます。
漫画の世界でも登場
そんな高井保弘選手ですが、あの有名な水島新司先生の有名な野球漫画にも登場しています。
あぶさん
高井選手の役どころは主人公であるあぶさんこと景浦安武選手のライバルという位置づけでした。確かに代打の強打者の主人公のライバルにはぴったりですね。複数回に渡り漫画に登場し物語にも絡んでいたようです。
高井保弘選手について筆者は、その昔様々な小学生向けの雑誌に連載されていた「リトル巨人くん」という漫画での登場シーンが忘れられません。主人公である小学生ピッチャー”巨人くん”が並みいるプロ野球選手を打ち取り、切り札といわんばかりに出てきたのが高井保弘選手でした。残念ながらこのシーンでは高井選手も打ち取られてしまうのですが、コマぶち抜きでその巨体が描かれ、世界記録保持者として紹介された迫力のシーンは今でも心に残っています。
リトル巨人くん
最後に
数々の記録を打ち立てた高井氏ですが、現在は怪我のために仕事お引退しているそうです。どこかの球団で打撃兼”代打”コーチとして表舞台に戻ってきて頂きたいものです。
不遇と言われながら、輝いていた当時のパシフィックリーグ、その中でも一際魅力的な職人集団であった阪急ブレーブスの代打の切り札高井保弘選手。彼こそが代打の神様の称号を得るにふさわしい選手ではないでしょうか。