【リーグ優勝の瞬間】ヤクルトスワローズ編

【リーグ優勝の瞬間】ヤクルトスワローズ編

まだクライマックスシリーズ制度が導入されていない頃、ペナントレースが今よりもずっと価値があった頃、各球団のリーグ優勝決定の瞬間、その年の戦いぶりをご紹介しています。今回はヤクルトスワローズのリーグ優勝決定の瞬間(1978、1992、1993)を集めてみました。


【1978年】球団創設初のリーグ優勝

この年、球団史上初めて日本国外キャンプとなるアメリカ・ユマキャンプを行ったヤクルト。「海外武者修行」の効果が出たのか、20年ぶりに開幕3連勝を飾るなど、6試合で5勝1敗とスタートダッシュに成功します。その後、大洋、巨人との競り合いを制し 前半戦を首位で折り返すものの、オールスター後、ペナントが再開されると、ズルズルと後退。3連覇を狙う巨人に抜かれ、一時は4.5ゲームもの差をつけられました。

松岡弘選手

8月26日からの対巨人3連戦を松岡弘選手の完封勝利。安田の連日の好リリーフで2勝1分けとこの天王山で勝ち越し。9月に入って首位奪取。9月17日に初めてマジックが14点灯すると、9月19日のダブルヘッダー第2試合、さらに杉浦亨が連日のサヨナラ打を放った20日・21日と3試合連続サヨナラ勝ちを収めて一気にマジックを減らします。

そして迎えた10月14日。本拠地・神宮球場での対中日戦。4万3000人の大観衆の声援に後押しされてヤクルト打線が爆発します。ヒルトン選手の先頭打者アーチを皮切りに、杉浦亨選手の2ランなどで大量リードを奪うと、投げてはエースの松岡弘選手が中日打線を完封。創立29年目で初のリーグ優勝を決める。選手だけではなく、スタンドからファンも次々にグラウンドへなだれ込む中、広岡達朗監督が宙に舞ったのです。

ヒルトン選手

ヤクルトの快進撃を支えた一人が新外国人のヒルトン選手。開幕から一番に座り、独特のクラウチングスタイルでヒットを量産し、前半戦の首位打者に輝くなど、常に高打率をキープ。また、思い切りの良い打撃も持ち味で、当時の記録となる8本の初回先頭打者ホームランを放つ、恐怖のトップバッターでした。もう一人の外国人助っ人であり、チームの4番マニエル選手は、チーム最多の39本塁打、109打点を挙げて優勝に大きく貢献。3番若松勉、5番大杉勝男らとともに強力クリーンナップを形成したのです。

マニエル選手

4年連続日本一を狙う王者・阪急ブレーブスと対戦した日本シリーズでも上記の両助っ人が爆発。2人で4本塁打、9打点を挙げ、ヒルトン選手は技能賞。マニエル選手も3勝3敗で迎えた第7戦の6回に、阪急を突き放す貴重なソロホームランを放っています。

【1992年】就任3年目で花開いた「ID野球」

1978年以降、長く優勝から遠ざかっていたヤクルトに、名将・野村克也監督が就任したのは1990年でしたが「ID野球元年」は結局5位。続く1991年には3位と、11年ぶりのAクラス入りを果たします。 そして迎えた1992年。ID野球が浸透したチームは前半から首位争いに食い込み、後半戦再開となった東京ドームでの巨人戦で3タテすると、そこからはトップを快走します。

荒木選手

優勝が見えてきた9月、チームを悪夢のような状況が襲います。9月5日の対大洋戦を皮切りに、何と9連敗。代わって首位に立った阪神に3.5ゲーム差をつけられてしまいます。この危機を救った救世主は、右ヒジ手術と腰痛を乗り越えた荒木大輔選手。9月24日に1541日ぶりの復活登板を果たすと、古田敦也の逆転2ランで5対4で勝利。翌日からの対阪神戦で連勝し、首位に返り咲きます。ところが、27日からの4連敗で再び3位に後退。ですが、10月3日の中日戦に先発した荒木選手が好投。1988年5月以来の勝利投手に輝きます。10月6、7日は本拠地・神宮での対阪神戦に連勝。

そして10月10日の阪神戦。先発の荒木選手が5回を1失点で切り抜けると、打線がハウエルの2打席連続本塁打などで援護。最後は右肩の故障から復活した伊東昭光が締めくくり、大混戦のペナントレースを制して14年振りのリーグ優勝を決めます。「1年目には種をまき、2年目には水をやり、3年目には花を咲かせましょう」という「公約」を果たした野村監督が甲子園の夜空に舞いました。

「死闘」と言われた92年日本シリーズ

1992年の日本シリーズの相手は、西武ライオンズ。名将・森監督と、野村監督率いるヤクルトの対戦は「タヌキとタヌキの化かし合い」と呼ばれ、采配にも注目されたシリーズでした。王者・西武の絶対的有利と呼ばれたシリーズでしたが、3勝3敗の最終戦までもつれこみます。

上の画像は、日本シリーズ第7戦7回裏の一死満塁。代打杉浦の打球を二塁手辻が好捕してバックホームし三塁走者広沢を封殺した場面。この回を無失点に抑えた西武は。延長10回表、秋山選手の犠牲フライで勝ち越し、それが決勝点となりました
大接戦となる死闘の末、ヤクルトは敗れたのですが、この時、ヤクルトの選手たちは「西武を倒して日本一」を誓ったのです。

【1993年】リーグ連覇。そして雪辱を果たす

ヤクルト球団史上初の連覇を目指して臨んだこの年のシーズンの出足は決して順調ではありませんでした。開幕カードに3連敗。10試合を消化した時点では3勝7敗で開幕ダッシュに失敗します。しかし、ここから徐々に借金を減らしていき、5月19日の広島戦で17対16という大乱戦に勝利。23日の中日戦にルーキーの伊藤智仁から西村龍次につなぐリレーで勝って、このシーズン初の首位に躍り出ます。

伊藤智仁選手

6月に3完封をマークした伊藤智仁選手。7月までに日本記録を塗り替える5本のサヨナラ本塁打を放ったハウエル選手の活躍などにより、チームは快走します。
※伊藤智仁選手は7月中旬にひじ痛のため戦線離脱。シーズン終了まで復帰することはなかったのですが、実働3ヶ月ながら7勝2敗防御率0.91という驚異的な記録を残して新人王を受賞しています。

中日との直接対決に敗れて一旦2位に後退するも、9月3日の巨人戦に勝って首位の座を奪回すると、その後は一度も首位の座を譲ることはありませんでした。そして、マジック1で迎えた10月15日の広島戦に勝利し、神宮のファンの前で球団史上初のリーグ連覇を決めたのです。

西武を倒して日本一に

93年の日本シリーズの対戦相手も前年と同じ西武ライオンズでした。この年も最終戦までもつれこむ死闘となりましたが、第7戦の初回に広沢克己の3ランホームランで先制。対する西武もその裏に清原選手の2ランが飛び出すものの、その後は両チームの投手が好投。8回に1点を追加したヤクルトは、8回から登板した守護神の高津選手が無失点に抑えて、この日本シリーズ3セーブ目を挙げて最終戦に勝利。ヤクルトは前年の雪辱を果たしたのです。

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