草野球に始まり少年野球に高校野球、プロ野球。みなさんの思い出にはどの野球が登場しますか。私たちの世代、スポーツの王様といえば野球だったのではないでしょうか。往年の、懐かしい野球選手や野球の出来事が集まっています。
日本の最速投手の一人として名を挙げられる伊良部秀輝。トラブルが絶えなかったことから悪童と呼ばれていた。日米通算106勝は平凡な成績ではあるが、強烈な印象を残し、自殺という最期を遂げた伊良部を振り返ります。
野球少年達の奮闘を描く「がんばれ!ベアーズ 特訓中」。大ヒットした第一作目から待ちに待った第二作目!約40年前のヒットですが、ご存知の方も結構いらっしゃるのではないでしょうか?
かつて「新人類」と呼ばれた有名人と、「その後」をまとめてみました!
1980年代半ばに「新人類」と呼ばれた世代を特集します!また、彼等が現在どうしているのかもまとめてみました。
決して足が速かったわけではない。スタートの俊敏さ、盗塁への貪欲さが世界の福本を生んだのかもしれません。そんな福本豊の今と現役をご紹介します。
【カラーボールとプラスチックバットでやる野球】バットをビニールテープでグルグル巻きにしていませんでしたか?
子供の頃、手軽に野球と言えば、カラーボールとプラスチックバットを使った野球でしたね。場所やルールは様々。三角ベースや透明ランナーなどローカルルールは様々でしたね。
プロ野球選手が歌手デビュー!レコードを出していたプロ野球選手たち!
今、絶好調のDeNAベイスターズ。中畑監督は歌うのが好きで、「一人紅白?」などスポーツ誌に取り上げられるほど。しかも歌手デビューしてたって知ってましたか?そんな歌手デビューしたプロ野球選手を動画と共にご紹介!
右ひじの手術後1985年に見事にカムバックした村田兆治。日曜日ごとに登板し開幕11連勝を達成した。大リーグの名投手、元ドジャースのコーファックスが日曜日ごとに登板し”サンデー・コーファックス”と呼ばれたことにちなんでつけられた”サンデー兆治”は社会現象にもなった。
流行語大賞も受賞した「投げたらアカン」は鈴木啓示の口ぐせ。”草魂”と呼ばれた最後の300勝投手。数々のタイトルを獲得した男が自ら認める勲章とは何か?
昭和最後の完全試合投手【今井雄太郎】を変えたコップ1杯のビール
今井雄太郎は1970年代から80年代にかけて活躍した阪急ブレーブスの「主戦(エース)投手」。大酒飲みだったことから授かった称号が”酒仙投手”。酒にまつわる逸話とともに今井雄太郎について振り返る。
日本プロ野球史上最速の投手は誰か? この問いに対して必ずあげられるのは、1970年代後半に阪急ブレーブスで活躍した山口高志だ。では、この答えは本当に正しいのだろうか?
1976年から79年日本ハムに在籍した伝説の外国人助っ人。当たればホームラン、そうでなければ三振。在籍した4年間で4度の三振王。身長193センチ、大型扇風機と呼ばれた男の悲劇とは?
32歳のという若さでこの世を去った、広島東洋カープが誇る「炎のストッパー」津田恒美。常に真っ直ぐにこだわり、ことごとくスラッガーのバットを粉砕してきた名投手。記録よりも広島ファンというより、野球ファンの記憶に残る選手です。
凄まじい切れ味の「カミソリシュート」を武器に、大洋ホエールズのエースとして通算201勝を挙げた平松政次。その201勝のうち51勝が巨人からの勝利であり、長嶋茂雄が最も苦手としていた投手だった。
「赤鬼」の異名を取ったチャーリー・マニエル。1976年からヤクルト、近鉄での6年間で621試合、打率.303、189本塁打、491打点。セ・パ両リーグの下位球団を優勝に導いた史上最強の助っ人外国人。
1980年10月7日【木田勇】スーパールーキーイヤーの最終戦
木田勇のルーキーイヤーは圧巻だった。最多勝、最優秀防御率、最高勝率、最多奪三振、MVP、新人王などのタイトルを総なめにした。木田は優勝をかけた最終戦にもリリーフでマウンドに上がったが…
「おソレイッタ」「それ行ったー」とスポーツ紙上に見出しを躍らせ、日本ハムで4年間の在籍期間に本塁打155本を記録した”サモアの怪人”。”〇〇の怪人”の名はソレイタから始まったのだ。
現役時代、土井正三コーチに「監督に調子を聞かれたら嘘でもいいから必ず絶好調と答えろ」と言われたのがきっかけで、どんなときでも必ず「絶好調!」と答えるキャラクターが定着。ON引退後の巨人のスターとして、「絶好調男」「ヤッターマン」の愛称で親しまれた。ただ、当時から本当はどちらかといえば根暗な性格だったそうである。
読売ジャイアンツの監督を長きに渡り勤め野球界を牽引してきたと言っても過言ではない原辰徳にスポットを当て紹介していきます。
伝説の投手・沢村栄治と並ぶ3度のノーヒッター【外木場義郎】の伝説とは
プロ野球史上ノーヒットノーランを3度達成したのは、戦前の沢村栄治と2リーグ制以降では外木場義郎のみだ。そして、剛腕の名を轟かせた外木場にはあまり知られていない伝説があった。
アイドルの「ノーバン始球式」が多い近年。90年代活躍した女優・アイドルなどの始球式をまとめました。
プロ野球の始球式と言えば、昔は知事とか政治家が多かったですよね。最近は、アイドルの「ノーバン始球式」「ノーバンならずの始球式」が多いですが、90年代ぐらいから女優やアイドルが投げるようになったみたいです。ちょっと古めの画像、映像をまとめてみました。