J-POP・J-ROCK・演歌・洋楽など音楽に関する懐かしの様々なニュース、アーティスト、画像、動画などのまとめ。
【T-BOLAN】の至極の名バラード「離したくはない」を聴き直す
1991年にリリースされてT-BOLANの人気に火をつけた名曲「離したくはない」は素晴らしいバラードだったと思います。一度聴いたら忘れられないこの曲を、今回はしっかり聴き直してみたいと思います。
2003年3月26日、B'zが90年代のシングル10曲を同時に再発!その時に一番売れた懐かしの名曲とは?
J-POP界において、様々な記録を刻み続けているB'z。2003年に90年代のシングル10作品を同時に再発し、そのどれもがオリコンチャートにランクインする事件を引き起こしました。では、どの曲が上位に食い込んだのでしょうか?
86年の日本に突如として巻き起こったジャズブーム。CMには多くのジャズが使われました!
いったい何が起こったのか?と思わずにはいられないほど1986年の日本にはジャズが流れに流れていました。今では亡くなってしまったジャズ界の巨人たちも健在でしたしね。テレビ、映画、そしてCMに多くのジャズが使われていたんです。1986年は。
筋肉少女帯の「エディ」こと三柴理が30周年記念アルバムを発表!ミドルエッジ編集部が独占インタビューしてきました!
筋肉少女帯のピアニスト「エディ」こと三柴江戸蔵としてのデビュー以来、今年で30周年を迎える三柴理。記念アルバム「BEST of PIANISM」の発売にあたり、ミドルエッジ編集部のインタビューに応えていただきました。
2000年にリリースされた【LOVE PSYCHEDELICO】の3曲が今でも素晴らしい・・・
2000年に3曲のシングルを世に放ったLOVE PSYCHEDELICO。当時この3曲を聴いた時、そのクオリティの高さに度肝を抜かされました。今回はデビュー当時から完成度の高かったLOVE PSYCHEDELICOのシングル3曲を聴き直します。
BOØWYの地元・群馬の上毛新聞に全面広告が!広告に掲載されたBOØWYからのメッセージの意味とは?
80年代を代表するロックバンド・BOØWYが、地元群馬の「上毛新聞」に全面広告を掲載しました。また高崎駅や、1988年4月に行われたラストライブ「LAST GIGS」が開催された東京ドーム近くの水道橋駅にも、同様の広告が貼られているとのこと。
【THE YELLOW MONKEY】シングル売上TOP10を聴き直す
1990年代後半に全盛期を迎えたTHE YELLOW MONKEY。この当時、多くの場面でTHE YELLOW MONKEYのサウンドを耳にする機会が多かったと思います。それではさっそくシングルの売上TOP10を振り返ってみたいと思います。
庄野真代「飛んでイスタンブール」は野口五郎の為に作られた曲だった
庄野真代最大のヒット曲である「飛んでイスタンブール」は最初から彼女に用意されていた曲ではありませんでした。ヒットメーカー作曲家筒美京平が誰のために作ったのか。また「飛んでイスタンブール」の誕生秘話や1978年当時の時代背景も合わせてご紹介します。
1975年の邦楽ヒット曲 ランキング。売上枚数「年間ベスト10」はこの曲だ!
有望な新人が飛び出し、大御所も素晴らしい曲をヒットさせた1975年の邦楽シーン。演歌とポップスのバランスも良く、ヒットチャートを賑わせています。さぁ、売上枚数で見る1975年の邦楽ランキング、ベスト10です。
エルガイム、Zガンダム、ドラグナー…鮎川麻弥がデビュー35周年記念ベストアルバムを発売!!
80年代よりシンガーソングライターとして活躍する鮎川麻弥が、デビュー35周年を記念したベストアルバム「鮎川麻弥 35th Anniversary Best ~刻をこえて~」の発売を決定しました。発売予定日は2019年7月24日。
水前寺清子さんといえば『チータ』の愛称で親しまれており、私達の子供の頃から活躍されていましたよね!今回はそんな水前寺清子さんを名曲と共に振り返ってみたいと思います。
天才としか言いようがない!奇跡としか言いようのない80年代のプリンス。
今でこそ天才と言う評価の定まっているプリンスですが、「パープル・レイン」がヒットするまではキワモノ。日本に置いてはその存在すらあまり知られていませんでした。いえ、知られるようになってからもキワモノですね。天才過ぎますから、プリンスは。
個性派アーティスト「椎名林檎」の「新宿系」デビュー時を振り返る
私の場合、新宿=歌舞伎町。風俗とキャバクラに行くイメージしかないのです。椎名林檎がデビューからしばらくの間標榜していた「新宿系」については、「取材などで常に『(ジャンルは)何系?』と聞かれるのが面倒くさいので口から出まかせを言った」などと答え、またその定義についても「本当は意味などなかったが何か理由づけしないと悪いと思って聞かれたことに対して一生懸命答えたのだろう」と明かしている。・・・ということなんですね。新宿の夜のニュアンスと結びついた独特の退廃的な映像インパクトはやはり大きかったので椎名林檎のデビュー戦略としては新宿系という売り方は上手かったと言えるのではないでしょうか。
【中島みゆき】が作曲し【増田けい子】が歌った「すずめ」が魂を揺さぶる
ピンクレディーのケイとして活躍した増田けい子さんがソロとして発売したファーストシングル「すずめ」。中島みゆきさんが作曲した曲であり、魂を揺さぶる仕上がりになっています。さっそく聴き直してみたいと思います。
1999年7月、世間を熱狂の渦に巻き込んだGLAY伝説の「20万人ライブ」!!
1999年7月31日に開催された「GLAY EXPO(通称:20万人ライブ)」を皆さん覚えていますでしょうか?
【堀内孝雄】君のひとみは100万ボルト?違うよ。10000(いちまん)ボルトだよ
堀内孝雄(アリス)のソロデビュー曲「君のひとみは10000ボルト」は多くの人が100万ボルトと間違い、テレビで紹介するアナウンサーも間違ってしまうことがありました。そんな時でも堀内孝雄ことベーヤンは優しく対応しました。また堀内孝雄にはあの有名人が同級生で面白い逸話もあります。ソロ活動を本格的に開始した後も、数々のヒット曲を残しました。改めて堀内孝雄をご紹介します。
70年代後半に大ブームを巻き起こしたディスコ。注目すべきはセクシーな女性が歌うディスコミュージックです!
70年代の後半にディスコブームは世界規模で巻き起こりました。男性が歌うノリの良い曲がヒットチャートを賑わす一方で、セクシーこの上ない曲をダンスミュージックとしてリリースした女性たちがたくさんいたんです。無視することなど出来ません!
「サンセット・メモリー」でソロとしてブレイクした【杉村尚美】
皆さんは1981年にドラマ『炎の犬』の主題歌となり大ヒットした杉村尚美さんの「サンセット・メモリー」を覚えてますか?大変懐かしい楽曲だと思います。それでは現在の杉村尚美さんにも触れつつ聴き直してみたいと思います。
1980年にヒットした【中村晃子】の「恋の綱わたり」を聴き直す
1967年に発売した「虹色の湖」が大ヒットした中村晃子さん。「恋の綱わたり」は中村晃子さんの作品の中では後期の作品になりますが、ドラマの挿入歌にもなりご自身で弾き語りもされていました。さっそく聴き直してみたいと思います。
【レイジー】1970年代後半に絶大な人気を誇ったメンバーのその後は?
1970年代後半に絶大な人気を誇ったレイジー。活動僅か3年半での解散後、メンバーはどの様な活動を続けたのでしょうか?今回はそんな皆さんもご存じのメンバーのその後をまとめてみたいと思います。