1986年のジャズ需要
ジャズは素晴らしい!とは言っても市場は小さい。にも拘らず1986年、日本ではやたらとジャズがもてはやされました。32,000人を集めたマウント・フジ・ジャズ・フェスティバル’86ウィズ・ブルーノートを始め、全国各地で行われたサマー・ジャズ・フェスティバルの数は実に40を数え、入場者数は30万人を超えています!

Mt.FUJIジャズ・フェスティバル’86 ウィズ・ブルーノート
26年ぶりに上映された「真夏の夜のジャズ(ルイ・アームストロング他)」、ハービー・ハンコック等が出演した「ラウンド・ミッドナイト」といったジャズ映画をはじめ、スピルバーグの「カラー・パープル」、「ビギナーズ」、「波光きらめく果て」などジャズが使われた映画が多く公開されています。邦画でも「ジャズ大名」、「キャバレー」といったジャズをテーマとした映画がありました。
そして、CMにも多くのジャズが使われているんです。しかも大物。今となってはレジェンドと呼ばれる偉大なジャズメンが、名曲中の名曲が日本のCMに登場していたんです。今日ではちょっと考えられないジャズを使ったCMをご紹介します。
ロン・カーター
ウイスキーとジャズは相性が良い。だからでしょうか、サントリーはよくジャズを使っています。1986年はロン・カーターを。しかも曲だけでなく本人も出演させるという力の入れようです。
ロン・カーター自身がカッコイイうえに、使われた曲がまた印象的ということで、このCMによって一気に日本での認知度があがりました。
CMに使用された曲を含むロン・カーターのアルバム「ザ・マン・ウィズ・ザ・ベース」はCD部門のトップに輝くという驚異的な売り上げを記録しています。

ザ・マン・ウィズ・ザ・ベース
CMは2バージョンあり、1曲目と6曲目が使われています。アルバムはこの2曲以外はMilestoneというレーベルから出ていたアルバム(1976年~80年)の国内編集盤です。70年代後半のロン・カーターを知るには、てっとり早くて良いアルバムです。
サントリーは他にもクラーク・テリー、ガッド・ギャングを使ってCMを作っています。また、負けじとニッカは加古隆を、キリンビールは日野皓正と坂田明を使ったCMがテレビを賑わせました!
ルイ・アームストロング
曲名は知らんけど聞いたことがある。誰が歌ってるのか分からんが、この曲は知っとる。ジャズとしては、おそらく日本においてもっともよく知られている曲のひとつであろうと思われる「この素晴らしき世界」。ホンダのシビックのCMに使われました。
ね?聴き覚えがあるでしょう?歌っているのはルイ・アームストロング。1901年8月4日生まれで、1971年7月6日に69歳で亡くなっていますから本人の出演は叶いません。しかし、改めてこの曲を聴きファンになった方は多かったようです。
ルイ・アームストロングはトランペッターですが、個性的な声で歌手としても成功し、サッチモの相性で愛されました。

この素晴らしき世界
「この素晴らしき世界」は、1967年に世界的なメガヒットとなった曲です。作詞・作曲は、G・ダグラスとジョージ・デヴィッド・ワイスの2人です。
世界中で多くのミュージシャンがカバーしている名曲で、日本でも五輪真弓、小林桂、東京スカパラダイスオーケストラ、中島美嘉、BEGIN、平井堅、本田美奈子、槇原敬之、八代亜紀、渡辺美里、ASKA、MONGOL800、THE MODSなどが歌っています。
キース・ジャレット
同じくホンダのレジェンドに起用された曲はキース・ジャレットの「ケルン、1975年1月24日(パートI)」。名盤中の名盤、アルバム「ザ・ケルン・コンサート」の中の1曲ですが、これ名盤には違いありませんが、果たして名曲と言っていいものかどうか。と言うのも、これキース・ジャレットのピアノ・ソロによる完全即興演奏なんですよね。

ザ・ケルン・コンサート
1975年に行われたライブですが、名曲というよりも名演というべきものでしょう。そして、これをジャズというには疑問符がつきます。音楽的には「クラシック音楽のカデンツァに、ジャズの音階とテクニックを持ち込んだ内容」ということになるそうですが、まぁ、よく分からんですね。
しかし、この曲は美しい。いえ、美しすぎます。ジャズであろうとなかろうと美しい。地球上に存在するもっとも美しい音楽のひとつです。CMに使われているのは冒頭の部分のみですが、それでもその美しさ、気品のようなものは十分に感じ取ることができます。
さて1986年のキース・ジャレットはどうしていたかと言いますと、ゲイリー・ピーコック(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラムス)のトリオで、これまた素晴らしいアルバムを2枚発表しています。
このトリオ、通称「スタンダーズ・トリオ」と呼ばれており、オーソドックスなスタンダード・ナンバーをジャズ演奏するという活動を続け人気を博しています。1986年に発表したのは、中でも名盤の誉れ高いアルバム「星影のステラ」です。
これは1986年のパリで行われたライヴですね。もう一枚も同年ミュンヘンで行われたライブ・アルバムで「枯葉/キース・ジャレット・スタンダーズ・スティル・ライヴ」です。

枯葉/キース・ジャレット・スタンダーズ・スティル・ライヴ
1986年のキース・ジャレットは、ライブに明け暮れ、アルバムも出し、精力的に活動していますね。
ところで、ホンダのCMに使われたこの曲は、2000年にパナソニックのテレビ「プラズマタウ」に、2001年にはトヨタ・ソアラのCMにも使われています。ホンダとトヨタに同じ曲が使われるなんて!どうせなら日産や三菱、スバルにも使ってほしいですね。
ビル・エヴァンス
正確な統計はないものの、日本で最も売れたジャズのアルバムは、ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」だそうですよ。それほど人気のあるビル・エヴァンス。CM曲として目を付けない筈がありません。この年に日本たばこ産業で使われたのは1962年のアルバム「インタープレイ」収録の「あなたと夜と音楽と」です。

インタープレイ
キース・ジャレットも人気ですが、日本で最も知名度の高いジャズ・ピアニストの一人、ビル・エヴァンス。残念ながら1980年9月15日に51歳で亡くなっています。
それまでのピアノトリオにはなかったインタープレイ(三相交流型)を実践し、多くのミュージシャンに多大な影響を与えました。CMでもその片鱗を窺い知ることが出来ます。
このアルバムでは、ビル・エヴァンスがフレディ・ハバード(トランペット)とジム・ホール(ギター)を迎えてインタープレイに挑んでいます。
マイルス・デイヴィス
さて、最後に登場するのはマイルス。ジャズと言えばマイルス。帝王、マイルス・デイヴィスです。今回ご紹介したロン・カーターもキース・ジャレットもビル・エヴァンスだって、マイルスのバックでやってたんですからね。ジャズ界最大の大物です。
そのマイルスが三楽の焼酎「VAN」のCMに出演しています。しかも、曲はCM用のオリジナルです。
さすがマイルス、音楽にも映像にも迫力があります。セリフには含蓄があります。マイルス・デイヴィスとしか言いようのないカッコよさ。
さて、1986年のマイルスはどのような活動をしていたかといいますと、プリンスが共同プロデュースを行う予定だったというアルバム「TUTU」を発表し、その健在ぶりを見せつけています。

TUTU
非公式には録音されていますが、プリンスとマイルスの共演、聴いてみたかったですねぇ。今となっては叶わぬ夢となってしまいました。しかし、音楽の素晴らしいところは、いつまでも残るということです。人類の宝ですね。
1986年には他にもクラリオンのナット・アダレイ、マクセルのアル・ディメオラ、積水ハウスの渡辺貞夫、三田工業の阿川泰子、日本たばこ産業のMALTAなどなど多くのジャズミュージシャンの曲が使われました。