「からくりTV!」の人気コーナー「からくりみんなの!かえうた」で一世風靡した酒井素樹さん。
明石家さんま司会のお笑いクイズ・バラエティ番組として人気を博した「さんまのからくりTV」。なかでも秀逸だった「からくりみんなの!かえうた」。登場者が自身の悲哀を有名な歌で替え歌するコーナーはお茶の間に爆笑をもたらしました。このコーナーで突出した人気者となったのが酒井素樹さん。自分の境遇を見事な替え歌に変換して視聴者を爆笑に誘った替え歌をご紹介。
長寿番組「タモリ倶楽部」の名物コーナー「空耳アワー」!「第1回空耳アワード」から「空耳アワード2015」までを振り返る。
深夜のお笑いバラエティ「タモリ倶楽部」のなかでも「空耳アワー」はソラミミスト安斎肇さんのほのぼのさと、投稿作品の多くがへヴィ・メタルだったりするアンバランスさも印象的で、面白く観ることが出来ます。23年も続く名物コーナー「空耳アワー」を、作品動画集と歴代アワード作品(元歌)で振り返っていきましょう。
【料理の鉄人】料理番組の金字塔!道場六三郎の技にシビレ、鹿賀丈史のパフォーマンスや岸朝子のコメントが番組を彩りました。
1990年代に放送された伝説の料理番組「料理の鉄人」。和洋中の鉄人が数多くの挑戦者と制限時間内に料理で戦う番組は、日本のみならず海外でも高く評価されました。人気の鉄人だった道場六三郎や陳建一が生み出す料理や、一方の神田川俊郎や周富徳などの実力者たちが挑戦者として腕を振るい創り上げる料理、美食アカデミー主宰、鹿賀丈史の「私の記憶が確かならば…」や審査員の岸朝子「たいへんおいしゅうございました」がお茶の間を大いに賑わせました。
いまをときめく有吉弘行さん、若き日に電波少年で猿岩石としてブレイクした時代も魅力的でした!
「猿岩石」一発屋芸人のポジションから華麗に復活し、いまや押しも押されぬ一流芸人として大人気の有吉弘行さん。若き日の電波少年での活躍も大好きでした。そんな有吉弘行さんの猿岩石時代のブレイクと再ブレイクについて、振り返りましょう。
【プロ野球珍プレー職人】元中日の宇野勝といえば伝説のヘディング事件!みのもんたのナレーションもお約束でしたね!!
「プロ野球珍プレー・好プレー集」で何度もお茶の間を釘付けにした宇野勝。彼は遊撃手(ショート)として初めて40本塁打を記録した大打者であり、抜群の守備センスを持った類い希なる名遊撃手。にもかかわらず、ついにあだ名はヘディング男。「宇野ヘディング事件」きっかけで「プロ野球珍プレー・好プレー集」番組が生まれてしまったことが、宇野勝選手の悲劇だったのかもしれません。
私たちの記憶に残る名司会者、逸見政孝さん。真面目さと一生懸命さで1980~90年代のお茶の間から愛されたアナウンサーでした。
逸見政孝さんといえば、フジテレビのアナウンサー時代とフリーアナウンサー時代で2つの顔がありました。ニュース番組やキャスターとして見せた報道現場の堅い顔、その真面目さや一生懸命さがバラエティ受けしたフリーアナウンサー時代。とくに「いっつみい」で人気だったフリーアナウンサー時代、お茶の間にはいつも逸見政孝さんの真面目な笑顔が映っていました。そんな逸見政孝さんの早すぎる死は多くの方に悼まれました。1980年~90年代にかけて、お茶の間でもっともお馴染みの顔だったといっても過言ではない、そんな逸見さんについて振り返ってみましょう。
SMAPの人気に火をつけたバラエティ番組!『夢がMORI MORI』
1992年から1995年まで3年半という長きに渡って高視聴率を獲得して放送されていたフジテレビ系のバラエティ番組『夢がMORI MORI』。森脇健児と森口博子が司会を務め、コントやスポーツ、クイズなどバラエティに富んだコーナーで、当時まだ売り出し中だったSMAPの人気を爆発的に飛躍させた。特に「スーパーキックベース」や「音松くん」のコーナーが大人気だった。
【「できるかな」の怪】私はゴン太くんがしゃべってるのかと思ってました。【あのナレーションは「天の声」】
「できるかな」みんな見てましたよね。ノッポさんとゴン太くんが楽しく工作していく番組。牛乳パックや輪ゴムなど、日常生活のなかで出てくる様々なものがおもちゃに大変身。でも何か「グホグホ」なんてノイズが気になってたな…、って【えっ】あれがゴン太くんの声だったの?じゃああのしゃべりがノッポさん?えっ、ノッポさんはしゃべってない??じゃあ誰がしゃべってたんだ???ってことで、「できるかな」最大のミステリー、「誰がしゃべってたの問題」に切り込みます。
突然番組終了した「ダウンタウンのごっつええ感じ」。1990年代お笑い番組の金字塔だった同番組の、番組終了の舞台裏。
1990年代に大人気だった「ダウンタウンのごっつええ感じ」(フジテレビ)。松本人志、浜田雅功のダウンタウン、今田耕司、東野幸治はじめいまや吉本の大物芸人たちやYOU、篠原涼子といったこれまた大物タレントがコントに飛び回り、「ガキ使」と並ぶダウンタウンの代表作だった同作品、人気絶頂期に突然打ち切りになった真相とは。
【雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!】「○○芸人の括りトーク」に見る、ミドルエッジ世代が思わず共感してしまいそうなテーマやツボについて。
「○○芸人のくくりトーク」で一躍大人気番組となった「雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!」。「めがね芸人」や「家電芸人」といった外見や趣味嗜好をテーマに括った特集に始まって「金八マニア」「ドラえもん芸人」といった、ミドルエッジ世代にも懐かしい共感ネタを次々にぶっこんで、お茶の間の「あるある」共感を得ています。そんなミドルエッジ世代の心をつかむ「○○芸人の括りトーク」を見ていきましょう。
1991から2000年まで放送されていた、元祖深夜バラエティ『DAISUKI』。お色気要素がほとんどないのに人気深夜番組になったのは珍しいのではないでしょうか。
【一人ごっつ】1990年代後半、ダウンタウン松本人志伝説のお笑い番組!!【IPPONグランプリのルーツ】
1990年代後半に放送された、松本人志が一人大喜利スタイルで挑むお笑い番組「一人ごっつ」。後に『IPPONグランプリ』や『すべらない話』などに引き継がれる、いわゆる即興系のお笑いセンスを試される番組で、松本人志の芸人としての志向性が色濃く反映された番組である。当時、お笑い意外にも活動の場を広げていった浜田雅功とは対照的に、松本人志がお笑いの新ジャンルを開拓するような試みだった。
【夢で逢えたら】ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、野沢直子、清水ミチコ!1980~90年代のまさに伝説のお笑い番組『夢で逢えたら』!!
1980~90年代にかけて、ミドルエッジ世代には懐かしい伝説のお笑い番組『夢で逢えたら』。ダウンタウンとウッチャンナンチャン、野沢直子と清水ミチコが出演したこの番組は、深夜番組にも関わらず驚異の視聴率20%超えを果たすなど熱狂的な人気ぶりでした。
pcエンジン・カトちゃんケンちゃん!難易度が高いアクションゲーム!TV番組が基になっています!
1987年にハドソンから発売されたpcエンジン「カトちゃんケンちゃん」。名コンビがゲームで探偵になって登場します。そう、あの大人気バラエティの1コーナーのように!往年の名物キャラも出てきてテンションが上がりました!
「FLIP-FLAP」 どちらも美人!って一卵性双生児だから当然でした!
90年代後半にCMやテレビ番組、音楽活動で人気だった双子デュオ「FLIP-FLAP」。彼女達の出演番組やリリースした音源を特集します!画像集もありますよ!
現在、「イッテQ」「鉄腕ダッシュ」「しゃべくり007」など絶好調の日テレバラエティですが、1980年代半ば、ひょうきん族を始めとした時代を形成していたフジテレビはおろか、TBSにも後塵を拝していた時期がありました。そんな苦境の日テレを救ったと言われているのがプロデューサー土屋敏男です。そんな彼が築いた伝説の番組をプレイバックしていきましょう。
真っ白な衣装で戦うプロレスラー「キャリー東野」 アイドルにも容赦なく、本気で戦う姿勢が大ウケしていました!今では考えられない女性アイドルと戦ってましたよ~!!
歌舞伎町元12年間No.1ホスト王「零士」が暴露!バブル時の仰天プレゼントから独立にまつわるトラブルまで
「ガブガブいっちゃうよ~」のギャグで一世を風靡したホスト王「零士」。バブル絶頂期に歌舞伎町のホストクラブで12年間No.1の座に輝いたという伝説のホストが、バブル期のお客の異常すぎる遊び方や、ホスト業界ではタブーだった独立をしたことで起きたとんでもない事件を語る。
長寿番組!!1分間クイズに答えて賞金ゲット!!『クイズタイムショック』
1969年1月に誕生した伝説のクイズ番組『タイムショック』。1分間に12問、何問正解できるかを競う内容で、リメイクを繰り返し放送され続けている長寿番組。各司会者ごとにオープニングキャッチフレーズが用意されていました。
視聴者からのネタが番組を支えた「投稿!特ホウ王国」 特派員のリアクションが見ものでした!
ウッチャンナンチャンが編集局長を務めた投稿番組「投稿!特ホウ王国」。90年代中盤、日曜の夜にこの番組を観ていた方も多いのではないでしょうか?