まだJリーグのなかったころ、日本のプロスポーツといえばプロ野球一択でした。「人気のセ」「実力のパ」なんて呼ばれた時代、無数のスター選手が登場しました。往年の懐かしい名選手たちが集います。
「ドクターK」日本人メジャーの道を切り拓いた野茂英雄の足跡を辿る!
ドラフト8球団指名、トルネード投法、日本人メジャーで初めての成功。輝かしい栄光に包まれた野茂英雄。でもその野球人生は決して平坦ではありませんでした。メジャー先駆者の足跡を追います。
甲子園のアイドル荒木大輔!荒木トンネルまで作られたフィーバーぶり!
1980年代の甲子園のアイドルと言えば荒木大輔。1年時に愛甲猛率いる横浜高校と対戦。プロ野球ではヤクルトで活躍するも、怪我との戦いを強いられた荒木大輔。大ちゃんフィーバーも含め、荒木大輔の野球人生を振り返る。
巨人で活躍した投手ガリクソン!息子の名前に「クワタ」と名付けた!
80年代後半、巨人の投手で印象深いビル・ガリクソン。巨人入り前はメジャーでも大活躍していた選手で巨人での年棒は2億円とも!桑田真澄とも親交が深く、息子のミドルネームにクワタと名付けた。二人の熱い友情エピソードも特集する!
不良!悪童!愛甲猛!高校時代のあだ名はあんぱん!打者転向の影に落合あり!
1980年の甲子園優勝投手だった愛甲猛。ロッテと中日で打者として活躍。悪さをし尽くした高校時代や知られざる落合博満との関係等、エピソード満載で愛甲猛を振り返る!また、ドーピングにも手を出していたという事実も!
【ドーム球場に興奮!】90年代はドーム球場の建設ラッシュでした!!
後楽園球場が東京ドームになったとき、「なんじゃこりゃ!?」と思いながらもそりゃあもう興奮したものです。ドーム球場が好きで野球やコンサート、何度も足を運びました。そんなドーム球場をまとめました。
【松本匡史選手】青い稲妻と呼ばれた巨人軍不動のトップバッター
俊足巧打、そして守備も抜群に上手い。青い手袋を身につけていた事から 「青い稲妻」と呼ばれた松本匡史選手は、正に理想的な一番打者だった。 1980年代の巨人軍を支えた松本選手の球歴を振り返る。
阪急ブレーブスからたけし軍団へ!アニマル・レスリーはプロ野球・バラエティでお茶の間を楽しませてくれました。
阪急ブレーブスからたけし軍団と渡り歩いたアニマル・レスリー(亜仁丸)を覚えている方は多いでしょう。派手なパフォーマンスでお茶の間を大いに賑わせてくれました。2013年に惜しくも亡くなりましたが、彼の経歴を振り返ってみましょう。
松井選手についての記事を書こうとしたら、エピソードが多すぎたので、とりあえず「巨人に入団するまで」を振り返る事にしました。怪物と呼ばれ全国的に有名となった高校時代。「五打席連続敬遠」や巨人に入団するドラフト会議までを振り返ります。
とにかく強かったプロゴルファー「ジャンボ尾崎」は、元々プロ野球西鉄ライオンズの選手でした。
強面なプロゴルファー「ジャンボ尾崎」は見た目だけでなくとにかく強いゴルフ選手でした。数々の勲章を手に入れたジャンボ尾崎ですが、実は西鉄ライオンズのプロ野球選手でもあったんです。
ヤクルト一筋で数々の記録を打ち立て、2004年に起こった「プロ野球再編問題」の際に選手会会長としてグラウンド外でも奮闘。2005年~2007年まで選手兼任監督を務めた名捕手、古田敦也選手の成績を改めて振り返ります。
「チュウ」と呼ばれた男・村田真一の現役時代を改めて振り返ろう!
2008年「あの人」が巨人の打撃コーチに就任することが発表されると「あの人打撃コーチやるほど現役時代打ってたっけ?」と巨人ファンから驚きの声が上がりました。 そんな「あの人」村田真一さんの現役時代を改めて振り返る。
【90年代巨人】偉大なる先発三本柱、槙原寛己・斎藤雅樹・桑田真澄を振り返ろう!
90年代巨人を支えた偉大なる先発三本柱といえば槙原寛己・斎藤雅樹・桑田真澄。とくに1989~1999年の11年間、3人はいずれも100勝以上の白星をあげる活躍を見せた。そんな3投手について振り返りたい。
福岡ダイエーのドラフト1位指名を蹴って1年間のハワイ留学を選んだ元木大介、当時は印象に残りました。1年後に指名される保証もないのにと。巨人が好きで巨人で現役を終えた元木、いまではタレントとして活躍。そんな元木の経歴を振り返ります。
【バース!掛布!岡田!】1985年、阪神伝説のバックスクリーン3連発!!!
1985年、阪神クリーンアップによるバックスクリーン3連弾はまさに衝撃。ラッキーゾーンのある甲子園球場で一番距離のあるバックスクリーンにホームラン3連発、それは見事な破壊力でした。打たれたのは巨人の「ミスター・パーフェクト」槙原寛己。阪神が猛虎と呼ばれる理由がわかった、目の覚めるような出来事でした。
プロ野球交流戦で「ファミスタナイター」を実施!30周年企画!
野球ゲームの王道「ファミリースタジアム(ファミスタ)」の第1作が1986年に発売され30年。プロ野球の交流戦とファミスタがコラボした「ファミスタナイター」が企画されます!限定グッズも盛り沢山!ファミスタファン必見のニュースです!
【西武VSヤクルト】「智将・森祇晶VS野村克也のID野球」1992、93年の日本シリーズ同一カードは1勝1敗に終わる!
92、93年の日本シリーズを憶えていますか?ともに智将と呼ばれた両監督の激しい戦いは、派手さはなくとも強い両チームを体現していましたね。そんな森、野村両監督について振り返ります。
【ヤクルト・伊藤智仁】ガラスのエースと呼ばれた天才、ケガで記録に恵まれなかった高速スライダー右腕。
1993年、セ・リーグ新人王に輝いたヤクルトの伊藤智仁投手。手元で伸びる速球と、誰もが打てなかった高速スライダーを持つ彼は、史上最高レベルのピッチャーと評されました。ケガで記録に恵まれませんでしたが、いまみてもとんでもないスライダーを投げていたのがよく分かります。
【プロ野球・東西対抗オールスター】セパ両リーグともに現在は開催されなくなったオールスター東西対抗戦。
かつて存在したプロ野球オールスター東西対抗戦。セ・リーグ、パ・リーグともに行われていたこの東西対抗戦、現在は行われなくなりましたが、その歴史を振り返ろうと思います。
長嶋茂雄とZARD・WANDS・ZYYG・REVが歌う「果てしない夢を」が超豪華!
「名曲」とも「迷曲」とも受け取れた1993年発売のプロ野球中継テーマソング「果てしない夢を」。ZARD、WANDS、ZYYG、REVの豪華メンバーに加え、“ミスター”こと長嶋茂雄が歌っているのが最大のウリ!…ながら、ココが評価の分かれるポイントでした。さて、アナタの評価は!?
二軍の帝王・大森剛!二軍で本塁打王3度!日本シリーズでは活躍も!
1989年のドラフトで巨人から1位指名を受けた大森剛。入団後は「二軍の帝王」と呼ばれる程に、二軍での活躍が目立ったが、1996年の日本シリーズでは2本のホームランを放ち、存在感をみせた。近鉄時代や引退後のスカウトでの働きも追う!