坂本龍一に関する記事


遡るシリーズ!【1982年・昭和57年】のアレコレを振り返る

遡るシリーズ!【1982年・昭和57年】のアレコレを振り返る

この年、世界ではフォークランド紛争があり、日本では日本航空350便墜落事故がおきました。一方で明るい話題としては、テレホンカードが発売され、笑っていいとも!が放送開始した年になります。色々なことがあった1982年を、さっそく振り返ってみたいと思います!


坂本龍一の映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』を10月21日からdTVで先行オンライン試写会!

坂本龍一の映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』を10月21日からdTVで先行オンライン試写会!

坂本龍一ドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』の先行オンライン試写会を、映像配信サービス「dTV®」にて10月21日(土)から開催する。


【95年】坂本龍一、幾星霜を経ても愛される美しいさ「美貌の青空」についてまとめてみた

【95年】坂本龍一、幾星霜を経ても愛される美しいさ「美貌の青空」についてまとめてみた

00年代以降に教授の音楽をお聴きの方は、アコースティックアルバムのバージョンか、映画音楽の「Bibo No Aozora」をご存知の方が多いと思います。今回は95年のオリジナルも含めてまとめます。


【坂本龍一】&「あるイギリスのアーティスト」の豪華コラボレーションの楽曲をまとめた

【坂本龍一】&「あるイギリスのアーティスト」の豪華コラボレーションの楽曲をまとめた

教授はイギリスのある有名アーティストと定期的にコラボレーションしております。今回はそれをまとめました。


YMOの前座を務めた中学生「コスミック・インベンション」って覚えてますか?

YMOの前座を務めた中学生「コスミック・インベンション」って覚えてますか?

80年代初頭、YMOジュニアと称された「コスミック・インベンション」という中学生バンドがいたのを覚えていますか?この記事では彼らの功績と現在を書いてみたいと思います。


【元フリッパーズ・ギター】小山田圭吾(Cornelius)1998年のマスターピース

【元フリッパーズ・ギター】小山田圭吾(Cornelius)1998年のマスターピース

80年代後半~90年代初頭の渋谷系を牽引したフリッパーズギター(小沢健二&小山田圭吾)が解散し、小山田圭吾はCorneliusとして活動しています。98年に彼が発表した名作アルバム収録のStar Fruits Surf Riderについて振り返ります。


83年【坂本龍一】ソロ最大の有名曲『戦場のメリークリスマス』を回顧する

83年【坂本龍一】ソロ最大の有名曲『戦場のメリークリスマス』を回顧する

日本人なら誰もが知っているであろう坂本龍一の大ヒット曲『戦場のメリークリスマス:Merry Christmas Mr. Lawrence』を振り返りながら調べ、まとめてみました。


坂本龍一をまるまる特集した一冊『美術手帖』5月号!映画やアートなどへの好奇心にも迫る!

坂本龍一をまるまる特集した一冊『美術手帖』5月号!映画やアートなどへの好奇心にも迫る!

『美術手帖』5月号で、坂本龍一のこれまでの活動を大特集している。音楽活動のみならず、様々な空間芸術にも取り組んできた坂本の表現史を振り返っている。


【70年代アーティスト】ミュージシャン細野晴臣とコラボした人や楽曲提供先が凄い!

【70年代アーティスト】ミュージシャン細野晴臣とコラボした人や楽曲提供先が凄い!

今ではナレーションなどでおなじみになっていますが、70年代にミュージシャンとして活動していた細野晴臣が関わった人たちが凄いって知っていましたか?YMOだけじゃない細野晴臣がコラボした人たちと楽曲提供した人たちを含めた魅力と才能をクローズアップ!


電子音楽界の巨匠、松武秀樹の音楽活動の集大成が5枚組CDに!

電子音楽界の巨匠、松武秀樹の音楽活動の集大成が5枚組CDに!

松武秀樹は日本におけるシンセサイザー/プログラマーの先駆けであり、“冨田勲の一番弟子”、“YMO第4の男”としても知られる電子音楽界の巨匠。松武秀樹のこれまでの軌跡をまとめた5枚組のCDボックスセット「LOGIC CHRONICLE」が発売された。


【ラストエンペラー】第60回(1987年度)アカデミー賞を振り返る!【マイケル・ダグラス】

【ラストエンペラー】第60回(1987年度)アカデミー賞を振り返る!【マイケル・ダグラス】

1987年と言えば、最初の携帯電話が発売された年。 国鉄が分割・民営化され、JRグループ7社が発足するなど新しい時代への転換期とも言える年であった。そんな1987年のアカデミー賞を振り返ってみよう。


矢野顕子、1992年のドキュメンタリー映画から名曲のMVレストア版が期間限定で公開中!

矢野顕子、1992年のドキュメンタリー映画から名曲のMVレストア版が期間限定で公開中!

1992年に公開されたドキュメンタリー・フィルム『SUPER FOLK SONG ~ピアノが愛した女。 ~』からピックアップされた矢野顕子の楽曲「SUPER FOLK SONG」のMVが、最新技術で修復処理を施したレストア版として期間限定で公開されている。


【売野雅勇】作詞活動35周年、全71曲収録の集大成CDボックス発売!

【売野雅勇】作詞活動35周年、全71曲収録の集大成CDボックス発売!

中森明菜や近藤真彦、チェッカーズ、荻野目洋子、矢沢永吉など、1980~90年代ヒット曲の作詞を数多く手掛けてきた売野雅勇の作詞活動35周年を記念した豪華4枚組CDボックス「天国より野蛮」が発売された。


YMO史上、最も売れた『君に、胸キュン。』アイドル風のPVに驚きを隠せなかった!

YMO史上、最も売れた『君に、胸キュン。』アイドル風のPVに驚きを隠せなかった!

1978年に結成された日本のテクノ・ポップ・グループYMO。彼らの1983年にリリースされた『君に、胸キュン。』。オリコン第1位を目指した楽曲で、それまでのイメージとは異なったアイドル風のPVも斬新だった。槇原敬之らもカバーしている名曲だ。


【山下達郎】音楽を浴びるような毎日を過ごした青春時代。デビュー40周年を迎えた「音の職人」山下達郎。彼の歩みと作品をまとめました。

【山下達郎】音楽を浴びるような毎日を過ごした青春時代。デビュー40周年を迎えた「音の職人」山下達郎。彼の歩みと作品をまとめました。

独自の世界観と、人々を魅了し続ける歌声を持つ、「音の職人」山下達郎。学生運動などの時代背景や、音楽に囲まれていた生活は羨ましい限りです。ついにデビュー40周年を迎えた彼の、これまでの作品と交友関係、生い立ちなどを調べてみました。


坂本龍一がグラミー賞サウンドトラック部門にノミネート!ラストエンペラー以来の快挙達成なるか!

坂本龍一がグラミー賞サウンドトラック部門にノミネート!ラストエンペラー以来の快挙達成なるか!

第59回グラミー賞の候補が発表され、坂本龍一が映画の「ベスト・スコア・サウンドトラック・フォー・ビジュアル・メディア」部門にノミネートされた。映画「レヴェナント 蘇えりし者」でのノミネート。今回受賞すると映画「ラストエンペラー」以来2回目となる。


【坂本龍一】教授が中咽頭がんに?!反原発と治療法、彼の生き方について

【坂本龍一】教授が中咽頭がんに?!反原発と治療法、彼の生き方について

2014年7月に病状を公表し、療養中の音楽家坂本龍一さん。彼は今、中咽頭がんを患い治療に専念しています。坂本は「順調に回復していて、仕事を始めるのはもう少し先ですが、体調を戻せました」と笑顔で語っているそうです。突然のがん宣告をどう受け止めたのか?反原発の立場から、放射線治療についてをどう考えたのか?病気や治療は人生観や音楽活動にどのような変化をもたらしたのか、見ていきたいと思います。


YMO「君に、胸キュン。」は一番売れたシングルなのに、リリース時には解散が決まっていた!?

YMO「君に、胸キュン。」は一番売れたシングルなのに、リリース時には解散が決まっていた!?

日本を代表するテクノミュージックのグループと言えばYMO(イエローマジックオーケストラ)ですよね!数々の名曲がある中で一番売れたシングルは、カネボウ化粧品のCMソングとして作られた「君に、胸キュン。」でした。それなのに、リリースされた時には解散が決まっていたってどういう事なのでしょうか!?この曲について当時のメンバーの心境と共に振り返ってみましょう。


70年代から変わらず活躍し続ける女性シンガーソングライター『矢野顕子』

70年代から変わらず活躍し続ける女性シンガーソングライター『矢野顕子』

1976年にソロデビューを果たしてから、現在に至るまでコンスタントに作品をリリースしライブも精力的に展開する女性シンガーソングライター矢野顕子さんについてまとめました。


1980年代のアイドルブームから90年代、綺羅星のごとく登場した名曲たちを「作詞」で表現し続けた売野雅勇の代表曲を振り返る。

1980年代のアイドルブームから90年代、綺羅星のごとく登場した名曲たちを「作詞」で表現し続けた売野雅勇の代表曲を振り返る。

売野雅勇という作詞家をご存知の方がどれくらいいるだろうか。80から90年代、レコードやカセット、CDやMDと目まぐるしく進化した音楽を聴くためのデバイス。アイドルブームからバンドブームへとトレンドが移る中で綺羅星のごとく登場した名曲の数々。そんな時代に私たちが口ずさんでいた無数の楽曲、その詞の多くを産み出した人物が誰あろう売野雅勇氏だ。