世は平成に、携帯電話やインターネットなど21世紀の私たちの生活で必需品 となった様々なモノが登場した1990年代。自動車やコンポなど、自分のお金でゲット出来るモノが増えてきた時代でもあるでしょう。そんな1990年代の懐かしい記憶にスポットを当てた記事一覧です。
最近またロー・リスクハイ・リターンな映画が流行っているようですね?低予算で大ヒットと言えばこの映画!「ブレアビッチプロジェクト」
殺戮のペンションへようこそ・・・雪山を舞台にした背筋が凍えるゲーム「かまいたちの夜」が恐ろしかった
1994年に発売されたスーパーファミコンのゲーム「かまいたちの夜」。売上本数も125万本以上の大ヒットとなり、サウンドノベルとゆうジャンルを確立させました。閉ざされた雪山のペンションで、次々と宿泊客が殺されていくホラー仕立てのストーリーも非常に引き付けられました。
90年代 一番おしゃれな雑誌だった!?「CUTiE」 普通のおしゃれじゃ物足りない、クラブキッズたちが参考にしていた雑誌です♪
アジアの大砲として恐れられた高木琢也 センタリングを上げればヘディングで決めてくれました!
Jリーグ初期に、日本代表としてもサンフレッチェ広島の選手としても活躍した高木琢也。恵まれた身体で、打点の高いヘッドが持ち味でした。また、ヘディングだけでなく、足元の技術もありました。そんな彼を特集します。
4年に一度のオリンピック、歴代の夏季冬季大会の開催年と開催都市をまとめて確認します。
数々の記憶に残る選手や感動のプレーは憶えているのに「あれ、いつのオリンピックだったっけ?」なんて経験、ありませんか。そんなときのために夏季及び冬季オリンピックの開催年と都市、そして主な日本人メダリストをまとめてみました。大会ごとの印象的な画像と共に振り返っていきます。
歌わないバンド「叫ぶ詩人の会」。中心人物ドリアン助川はTV番組金髪先生やラジオでは深夜の顔として活躍していましたね!
ドリアン助川がボーカルを務めた「叫ぶ詩人の会」。圧倒的な詩と音のパフォーマンス。歌わないロックバンドとして有名でした。また、グループとしての活動以外にも、ドリアン助川はラジオやテレビ等のメディアでパーソナリティを務め、様々な意見を発信していました。そんなドリアン助川とグループの歴史を振り返ります。
僕らの世代はミランの10番と言えば、本田圭佑ではなく「マヌエル・ルイ・コスタ」だ!!
「マヌエル・ルイ・コスタ」。 ポルトガル黄金世代の中心人物の一人。また、アイデア豊かなパスで状況を打開したパサーでもありました。セリエAのフィオレンティーナやACミランでも活躍した名選手であり、誠実な人柄も愛される偉大な選手でした。
巨人・西本聖。天下一品のシュートを武器に打者を打ち取りまくった負けず嫌いな大投手でした!
西本聖。長嶋監督も天下一品と認めるシュートを用いて、打者を内野ゴロに仕留めていました。巨人時代には江川とWエースの座として活躍。3冠王落合との名勝負もありました。
【90年代の長者番付】バブルに愛されたオトコ達 ~バブル後期~
アツかった時代「バブル景気」も、1991年を機に景気が後退していく…。地価の下落が続く中、景気とは逆走し稼ぎまくるオトコ達を振り返ってみよう!
1990年代、150km/h近い速球を軸に、そこから出し入れする縦・横のスライダーを武器に近鉄バファローズの守護神として活躍した赤堀元之投手。晩年は怪我と戦い続けた彼の球歴を振りかえる。
1990年代のRVブームに発売されたSUVまとめ パジェロ、ランドクルーザー、テラノ、ビックホーン等
今日でも人気のSUVですが、1990年代にもRVブームと言われた時代に多くのSUVが発売されました。人気があった車両を中心にピックアップしてみました。
甲子園未経験ながら巨人ドラフト1位・木田優夫 メジャーでも活躍し、セパを渡り歩いた息の長い投手でした
投手・木田優夫。巨人にドラフト1位で入団し、先発や中継ぎ、抑えとして活躍しました。日本とメジャーの各球団に所属した彼の野球人生を追います。
映画「12人の優しい日本人」 もし日本に陪審員制度があったら!?と想像した三谷幸喜コメディの隠れた傑作です!
映画「12人の優しい日本人」 は、三谷幸喜脚本の傑作映画です。 日本に陪審員制度があった場合はこんなハチャメチャな展開になってしまうのかと、当時観ながら想像していました。コメディ好きにはおすすめの一本です。
三宅裕司をメイン司会にゲストのあの頃を、TV番組やTVCMをみて懐かしむ番組。TV版ミドルエッジともいうべきこの番組。時代は流れテレビでないミドルエッジで『テレビ探偵団』をみて、深く懐かしんでいるみなさんがいます。
みんなが大好きだった逸見政孝の出世番組『クイズ世界はSHOW by ショーバイ !!』
大変人気のあったいっつみぃこと故逸見政孝氏の出世番組『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』。世界中のショーバイに関するクイズに答えていきますが、点数をスロットを使って決めていったり、決まり文句があったり、特徴的な番組でした。
優勝請負人・ビスマルクを覚えていますか?ゴール後のあのしゃがみ込むポーズも有名でしたね!
「優勝請負人」と言われたビスマルク。ヴェルディ川崎や鹿島アントラーズで活躍し、数々の優勝の原動力となりました。また、ゴール後に見せるあの「祈りのポーズ」も子供たちの間で流行する等、初期のJリーグを盛り上げたスター選手でした。
【Mr.200%】安生洋二率いるゴールデンカップス結成のきっかけは?
安生洋二率いるゴールデンカップスは新日本プロレスとの対抗戦で結成されました。そのリーダーであった安生は起伏に満ちた格闘家、レスラー人生を送りました。本記事でデビューから引退までを振り返ってみましょう。
【夢のタッグ】固い絆で結ばれたスタン・ハンセンとジャイアント馬場の巨艦砲
全日本プロレスで活躍したトップ外国人レスラーのひとり、不沈艦と呼ばれたスタン・ハンセン。シングルのチャンピオンはもちろんのこと、幾多のパートナーと共にタッグ王者にも輝いたハンセンのレスラー人生の晩年はライバルとして激戦を繰り広げた、ジャイアント馬場とタッグを組んで世界最強タッグリーグ優勝と世界タッグのチャンピオンベルトを目指します。
【王道の伝道師】全日本プロレス愛にあふれた渕正信の男気!【全日本プロレスLOVE】
ジャイアント馬場に憧れて、全日本プロレスの門を叩いた渕正信。馬場亡き後も全日本から離れる事なく団体を支えてきました。彼は全日本プロレスを愛し、生涯全日本を宣言しています。男気あるエピソードをご紹介!
【存在自体反則】初代三冠統一ヘビー級王者ジャンボ鶴田のベストバウト
ミュンヘン五輪でレスリングのグレコローマンスタイル最重量級代表を経て、全日本プロレスへ入団。「若大将」とファンから人気を集めたジャンボ鶴田はレスリングでの実績と恵まれた体格で一躍トップレスラーへのし上がり、存在自体が反則と呼ばれるようになります。