ミドルエッジ世代と昭和はイコールに近いでしょう。80年代までの昭和を謳歌した私たち、気が付けば昭和のモノが懐かしくなるのは当然かもしれませんね。
昭和時代の子供のころに手作りで作ったモノを振り返ってみましょう。おいしかったモノから楽しかったモノまで・・・
テーマ曲は一度聴いたら耳から離れない!昭和の名作【意地悪ばあさん】をご紹介します
長谷川町子の4コマ漫画作品『いじわるばあさん』を原作として製作された日本のテレビドラマで、1967年から1968年にかけて放送され、シリーズ中最も人気を博した青島幸男が主演した作品をご紹介したいと思います。
1980,90年代当時、今のようにスマホなど想像もできなかった時代。当時の小学生は、今の子より無邪気で、毎日が冒険だったように思えます。そこで、昭和の男子小学生あるあるをお伝えします。
みんなで投げて遊んだ「オナモミ」(通称:ひっつき虫・くっつき虫)が絶滅しそう
みんなでいたずらしたり、登下校時に投げて遊んだ「オナモミ」(通称:ひっつき虫)が絶滅しそうな状況にあります。
昭和から連載していて100巻を超えた漫画大集合!日本漫画史に残る偉大な作品ばかりです!
同名タイトルで昭和から連載を続け、100巻発売を達成した偉大な漫画を特集します!時代によって少ずつ物語に変化があり、長期連載ならではの楽しみ方がある作品ばかりです!
コンビニがなかった昭和の時代に、活躍した自動販売機。スーパーやゲームセンターに設置してあった懐かしい自販機の画像のまとめです。
昭和の時代のマラソン中継、旭化成の文字を胸に、並んで走る宗兄弟。双子マラソンランナーの見分け方は、首が右に傾いてるのが兄茂で、左に傾いてるのが弟猛です。双子のマラソンランナー宗兄弟のまとめです。
日本初のレトルト食品といえばボンカレー。その味、その見た目は僕らの胃袋を刺激する。だからこそ今回はそんなボンカレーを取り上げてみたいと思う。これを見たら食べたくなること必至!
昭和の大スター「ピンクレディー」。日本中が熱狂しました。 現代のアイドルブームとは桁が違う!時代を駆け抜けた2人、ミーとケイを改めて紐解いてみました。
日本のロックシーンに大きなインパクトを与えた【はっぴいえんど】
【はっぴいえんど】日本の音楽シーンを作り上げ、現在もその影響は、はかりしれないのではないでしょうか。当時の日本語ロック論争から、【はっぴいえんど】解散後の活動を振り返る。
子供のころ親に手をひかれて行った銀座に赤尾敏はいた。有楽町にまだ日劇があった時代だ。学生時代に授業をさぼって銀座に行った時も赤尾敏は演説していた。有楽町マリオン(有楽町センタービルディング)ができ、時代は昭和から平成に変わるとき時も赤尾敏は銀座で演説していた。赤尾敏氏の想い出の画像を集めてみました。
年頃のタエ子が幼いころを思い出しながら将来をみつけていく。映画『おもひでぽろぽろ』
タエ子の可愛い思い出話がいっぱいです。しかし笑った顔がリアルだったのは忘れません。
昭和の時代、小学校のすぐ近くの空き地に一年に一度突然やってくる型屋。 どこから来て、どこへ去っていくのかとても不思議でした。昭和30年代後半から40年代に盛んだった露天商カタ屋(カタや)の情報。
今は、どこの家も西洋化してきていて、日本伝統のインテリアなどはなくなりつつあります。しかし、昭和の時代を彩っていた個性的なインテリアの数々は次世代に受け継がないといけないのです。そこで、ここでは「80、90年代の家のインテリアに必ずあったもの」と題し、当時の家を思い出してみましょう。
デパートの屋上遊園地などで懐かしいヒーロー達のコイン式電動遊具に乗りましたね
昭和のデパートの屋上や商店街などでブームとなった懐かしいヒーロー遊具を振り返ってみましょう。
今のようにファミリーレストランや回転寿司、ファストフード店がなかった昭和の時代。子供連れ家族の外食といえば、百貨店(デパート)最上階にあった大食堂でした。ちょっと、おしゃれをして出かけた、当時の大食堂の画像と日本初の「お子様ランチ」現在大人も食べられる「お子様ランチ」のあるデパート大食堂の紹介です。
昔懐かし昭和レトロを感じさせる食品・駄菓子からファースト迄思い出してください。
昭和レトロを感じる、・昭和40年~50年頃に流行った健康器具
丈夫な体になる為、体系をよくするため、力を付ける為、様々な理由で古くから追い求められた健康器具を昭和に流行った中から探してみました。
音楽は食事やファッションと同じように個人の好みで大きく分かれる分野ではないでしょうか。
昭和レトロの三種の神器ほど進化の早い電化製品無いのでは?