キャプテン翼の必殺シュート、少年時代によく真似しましたね。絶対に試合で使えないオーバーヘッドとか、放課後の校庭で繰り返しやったもんです。そんな必殺技をプロがやると…やっぱり凄いですね。
1980年代に関西から東京に進出するも大成せず東京から一時撤退した清水圭さん。90年代に再度進出するも、いつの間にかメディアに出ることもなく引退されたのかと思ったら、吉本問題で過去を明かすも、吉本にまだいたんだ?と薄い反応・・・。
【時代の名シーン】サッカー古今東西!忘れられないプレイや試合はありますか?
現在の日本サッカーの盛り上がりを見れば、かつて”冬の時代”と言われた日本サッカーリーグは遥か遠くに感じますね。世界に目を向ければ、プラティニやマラドーナなど名選手が数多くいました。サッカー古今東西!ざっくばらんに語りましょう~!
日本パデル協会の名誉会長に就任する「キャプテン翼」の高橋陽一!サッカー以外の漫画も多数描いていた!!
「キャプテン翼」の漫画家、高橋陽一先生が一般社団法人日本パデル協会(JPA)の名誉会長に就任することが明らかとなりました。この記事では、サッカーだけではない高橋陽一先生の功績を振り返ります。
ミドルエッジ男子の憧れ?「50歳以上と聞いて驚く男性有名人ランキング」が発表される!注目の第1位は!?
ランキングサイト「ランキングー!」にて「50歳以上と聞いて驚く男性有名人は?」というアンケート調査が実施され、このたびトップ5が決定しました。果たして第1位に輝いたのは誰なんでしょうか!?
【ミドルエッジ総選挙】平成初期(20世紀)、アナタの記憶に強く残るのは?
平成も終わろうとしています。テレビ番組ではしきりと平成を振り返る特番が組まれ、いよいよ1989年以来の新元号到来が近づいてきましたね。そんな歴史の転換点、ミドルエッジでも皆様と一緒に記憶の振り返りをしていきたいと思います。名付けて「ミドルエッジ総選挙」お付き合いくださいませ。
【ミドルエッジ総選挙】サッカーブームの立役者「キャプテン翼」
サッカー少年のバイブル!いや、この作品があったからいまの日本サッカーがあった!?サッカー漫画の金字塔「キャプテン翼」から、さあアナタの投票をお待ちしています!!
サッカー【日韓戦】日本がW杯に初出場するまでの対戦成績を振り返る
毎回白熱する日韓戦ですが、振り返ってみると歴史がある国際試合なんですよね(^^)/ 今ではJリーグの存在がありますが、プロ化される前から行われていた日韓戦から振り返ってみたいと思います。
川口、小笠原、中澤、楢崎…今シーズンで引退した主なサッカー選手を振り返る。
1993年のJリーグ開始以来、年々人気が上昇している日本のサッカー。今シーズンもそんな日本のサッカー人気をけん引してきたベテラン選手が引退を表明しました。この記事では、今シーズンで引退した主なサッカー選手を振り返ります。
主に2000年までにサッカーで活躍した選手などをまとめてみました。またタレントといってもサッカー解説者やキャスター・コメンテーターなども含みます。
怪物ロナウドが日韓W杯で突如「大五郎カット」にした理由とは?
サッカー界で怪物(フェノーメノ)と呼ばれたロナウド。選手生命をも脅かす大怪我を経て、臨んだ2002年の日韓W杯。そこで披露した「大五郎カット」が話題となりましたが、その理由を後年語っています。
サッカー好きは必見!スポーツブランド『ヤンガー』の懐かしいシューズをパシャパシャ写真に収めてきた!!
スポーツブランド『ヤンガー』を覚えていますか?「ヤンガーロンパン」や現在では当たり前の「トレーニングシューズ(通称:トレシュー)」の発売を始めました!懐かしの画像と共にヤンガーを振り返ります。
自他ともに認めるトシちゃんファン!キングカズと田原俊彦、三浦りさ子を交えた3ショットが公開!!
カズこと三浦知良の妻・三浦りさ子が自身のブログにて、夫婦に田原俊彦を加えた3ショットの写真を公開しました。その若さ溢れる姿が、今ネットで話題となっています。
1993年のJリーグ開幕によるサッカーブーム後、次々に出てきたサッカーゲーム5選!
今は見る影もないですが、Jリーグ開幕当時の盛り上がりはものすごいものがありました。 ですがここではJリーグ自体ではなく、そのブームの中で生まれてきた数々のサッカーゲームをメジャーなものに絞って5本紹介していきたいと思います。
「サッカーワールドカップに出場するまで43年 チームのエースナンバー「10」を背負ってきた日本の名選手たち」
スポーツにおいて選手の代名詞となりうる存在の背番号。野球のエースナンバーは「18」番ですが、サッカーは「10」番がエースナンバーとされています。1954年スイス大会の予選初参加から1997年にフランス大会で初出場が決まるまで実に43年の長い年月がかかりました。今回はワールドカップに最も近づいたと言われる1980年代半ばから本大会出場が決まるまで背番号10番をつけた日本のエースの中から数人紹介したいと思います。
レヴァンドフスキはラトーを超えられるか?2度ワールドカップで3位になったポーランド代表の歴史!得点王も輩出!
2018年ロシアワールドカップに出場したレヴァンドフスキ擁するポーランド代表。70~80年代のワールドカップで3位に輝き黄金期を迎えていました。当時はラトーら得点源となるFWがいました。ワールドカップでの成績とレヴァンドフスキをも凌駕する選手を特集。
サッカー『サウジアラビア代表』5人抜きをした砂漠のマラドーナや砂漠のペレなど実は名選手が多いW杯常連国!
アジアのサッカー強豪国・サウジアラビア。1994年のワールドカップ。アメリカ大会では5人抜きのゴールをした「砂漠のマラドーナ」ことサイード・アル=オワイランなど突出した選手がいました。サウジアラビアのワールドカップ挑戦の歴史や勝敗を記事にします。
サッカーワールドカップに初出場するまで43年 チームをまとめてきた日本の主将たち
今でこそ定着しているサッカー日本代表のワールドカップ出場ですが、1997年に初めて出場権を得るまで実に43年の長い年月がかかりました。今回は日本がワールドカップに出るなんて夢のまた夢と言われていた時代に日本代表の主将を務めチームを牽引しながらも涙を呑んできた闘将たちを数人ピックアップして紹介したいと思います。
著者ディエゴ・マラドーナ。自伝で語った「神の手」「五人抜き」ゴールの真実。ハンドを疑う同僚には『口をつぐめ』!
株式会社東洋館出版社から、6月15日にサッカー界のスーパースター、ディエゴ・マラドーナが、1986年のメキシコW杯について語った『マラドーナ独白 ―1986年のメキシコW杯―』が刊行されます。自ら語った「神の手」「五人抜き」ゴールの真実とは。
「外れるのはカズ、三浦カズ」から20年。カズの当日の様子と合宿地から金髪で帰国するまでの空白の足取りを追う
1998年6月。サッカー日本代表初のワールドカップ出場となるフランス大会直前。エース・カズ(三浦知良)の代表落ちが話題をさらった。スイス「ニヨンの屈辱」とも言われるカズの落選から、成田空港に金髪で現れるまでの空白の足取りを振り返ってみる。