プロ野球に関する記事の一覧です。 あなたの記憶をくすぐる懐かしいセリーグ&パリーグの球団・選手・試合・記録・エピソードなどを記事を紹介します。
18番といえばエース、エースといえば18番というくらい定着している背番号ですが、歴代の18番を振り返ってみるとその名に恥じぬエース達が活躍していたことがわかります。さっそく確認してみたいと思います!
あの“三振王”ブライアントが、球史に残る1988年の名勝負「10.19」を振り返るイベントを開催!!
かつて近鉄バファローズで活躍したラルフ・ブライアントが、球史に残る名勝負「10.19」を振り返るトークショー&イベント「来日イベント@富士通スタジアム川崎(川崎球場)」を開催することが明らかとなりました。日程は8月24日(土)。
満塁男といえば駒田徳広さんを頭に思い浮かべる方も多いかと思います。そこで、実際には誰が一番満塁ホームランを打ったのかな?と思いまとめてみました!それではさっそくTOP1~5まで見てみたいと思います!
【デーブ大久保】がホームランを打つと必ず勝つという「不敗神話」があった!
1992年にトレードで西武から巨人に移籍したデーブ大久保さん。その時「大久保が打てば負けない」という「不敗神話」があったといいます。一体どんな内容だったのでしょうか?さっそく振り返ってみたいと思います!
今やスポーツ選手(アスリート)と結婚する女子アナは多いが、やはり圧倒的なのはプロ野球選手の妻。それは今も変わらなく引き継がれているように思える。 そんな女子アナたちを~2000年までを 追ってみた。
名参謀【男・森繁和】一度はプロへの入団を拒否したが西武ライオンズ黄金期を支えたストッパー
中日ドラゴンズ監督落合博道の右腕としてリーグ制覇や日本一に導いた男・森繁和。大学卒業後にドラフト一位指名されるも入団拒否。自分を貫き社会人で日本一。新生西武ライオンズに入団に抑えのエースとして、西武ライオンズ黄金期を支えたストッパー。引退後はコーチ業を渡り歩き、名参謀として君臨し、満を時して中日ドラゴンズの監督まで上り詰めました。
70年代阪急黄金時代を牽引した、ほまれ高き日本人は最強助っ人【ボビー・マルカーノ】
1975年にベネズエラからやってきた浅黒く精悍な体つき、強肩で守備範囲も広い愛称”ボビー”で慕われた助っ人外人選手ボビー・マルカーノ。入団時から中心選手として大活躍をしました。晩年はヤクルトへ移籍しましたが、引退後は巨人でルイス・サンチェの通訳として2年間活躍していましたが、39歳の若さで肺がんが原因でこの世を去りました。
70年代は速球派、80年代は技巧派、リリーフで最優秀防御率を獲った男【鈴木孝政】
1972年中日ドラフト1位鈴木孝政。リリーフピッチャーながら最優秀防御率と最優秀救援投手の二冠を獲得した。当時は160キロは出ていたのではないかと言われるほどの速球派でした。登板過多により肘を壊し、80年代には技巧派に転向し88球で初完封を成し遂げたり、1984年には16勝をあげカムバック賞を獲得した。栄子と挫折の影には奥様や星野仙一がいた。
亡くなられた元横浜・ロッテの監督【近藤昭仁】の野球人生を振り返る
現役時代は大洋ホエールズ一筋だった近藤昭仁さん。横浜・ロッテの監督としても活躍された方ですが、成績不振の為に大変苦労もされた様子。今回はそんな近藤昭仁さんの野球人生を振り返ってみたいと思います。
野球選手にとって怪我は選手生命に関わる重大な問題であり、致命的なトラブルになることもしばしば。今回はそんな怪我から復活した懐かしい野球選手を特集してみました。是非最後まで読んでみてください。
赤ヘル軍団初優勝の立役者水谷実雄【意地のトレードで打点王獲得】
常勝赤ヘル軍団の衣笠祥雄、山本浩二と共にクリーンナップを務め首位打者を獲得した水谷実雄。しかし彼のプロ野球人生は順風満帆ではありませんでした。自分を育ててくれた広島に骨を埋めるつもりであったが、ある一つのトレードに巻き込まれる。1982年のクリスマスイヴに成立した阪急加藤英司との大型トレードだった。
ズームイン朝の「プロ野球いれコミ情報」で活躍したイレコミ君の巨人版が復刻!!
読売巨人軍は、表情を自由自在に変化させることのできる人形「プロ野球人形 イレコミ君」の復刻版「プロ野球人形 イレコミ君 読売ジャイアンツ」の発売を決定しました。
阪急&近鉄が蘇る!オリックスが復刻ユニフォームで試合を行う「KANSAI CLASSIC 2019」が開催決定!!
オリックス・バファローズは、5月に京セラドーム大阪で行われるイベント「KANSAI CLASSIC 2019」にて、近鉄及び阪急時代のユニフォームを復刻し、着用して試合を行うことを発表しました。
【若虎四天王・藤田平】阪神一筋積み上げた安打は2064本!監督解任時には籠城
阪神一筋19年で名球会入りをした藤田平選手。江夏や田淵とともにリーグ優勝を目指し、ライバル巨人に肉薄するも優勝はできずに終わった選手生活。1995年中村監督の休養で監督代理に就任。1996年より正式に監督に就任。しかし成績不振の責任を取らされ解任も納得せずに籠城した藤田平とは。
日本ハムとガンダムが驚異のコラボ!チケットを購入すると限定「新時代緑」ガンプラが付属すると話題に!!
北海道日本ハムファイターズは、40周年を迎える「機動戦士ガンダム」とのコラボ企画第1弾として、「北海道シリーズ2019(4月27日から5月12日までの8試合)」の期間中のチケットをガンプラ付きのスペシャルチケットにすることを発表しました。
【ジャイアンツV9の立役者】元祖赤い稲妻柴田勲!切込隊長は球界一のモテ男だった
1962年にジャイアンツに入団し、王、長嶋と共にジャイアンツ9連覇に貢献した大選手。プロ野球初のスイッチヒッターとして、ジャイアンツの切込隊長の柴田勲は盗塁王を5回獲得した。甘いマスクで女性にも大人気の赤い手袋がトレードマーク。夜の銀座でも盗塁王の柴田勲とはどんな選手。
平成になってからドラフト1位で入団し、名球会入りした選手まとめ!
平成を振り返ってみて、ふと名球会入りした選手は誰だったかな?と思いました。そこで今回は平成になってからドラフト1位で入団し、名球会入りした選手をまとめてみたいと思います(^^)/
中日ファンは必見!?大阪桐蔭の根尾昂の愛読書『思考の整理学』が東大・京大生に絶大な支持を受けている理由とは?
10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、中日が交渉権を獲得した大阪桐蔭・根尾昂。根尾は文武両道として知られ、寮に父親が毎月20冊の本を送ってくるほどの読書家でもあります。そんな彼の愛読書「思考の整理学」が、現在巷で大きな話題となっています。
両打ちでファンを魅了した松井稼頭央が引退へ。歴代のスイッチヒッターには柴田勲やデストラーデも
西武の松井稼頭央選手が、今季限りでの現役引退を決断したことが明らかとなりました。日米通算25年、最強のスイッチヒッターとの呼び声の高かった松井の引退に、関係者は騒然となっています。
日本のプロ野球史で5人しかいなかった!助っ人外国人なのに捕手だった選手!
日本プロ野球80年の歴史において、これまで数えきれないほど多くの助っ人外国人が活躍してきました。しかし、しかし、捕手として選手登録された外国人選手は、これまでにわずか5名しかいません。そんな世にも珍しい外国人捕手の歴史を振り返っていきたいと思います。