1987年に星野仙一が監督に就任し、ロッテから2年連続三冠王の落合博満をトレードで獲得するなどチーム改革を断行。この年首位を快走するものの、終盤巨人の猛烈な追い上げにあい、最終的に2位に終わります。
星野監督(中日時代)
この悔しさを晴らそうと迎えた1988年シーズンだったが、スタートダッシュに失敗。4月終了時点で首位広島に8ゲーム差の最下位に沈みます。その後7月に6連敗を喫するなど苦しんだものの、6連敗を止めて以降、50勝15敗という驚異的な追い上げを見せて逆転優勝を果たします。
西武から移籍した小野和幸が最多勝で、小松と共に先発陣を牽引。リリーフ・郭源治が44セーブポイントでMVP。立浪が新人王に輝くなどチーム一丸で果たした逆転優勝でした。
燃えよドラゴンズ(1988年)
中日ドラゴンズの生え抜き監督での優勝は球団史上初でした。(日本シリーズは西武に1勝4敗。)