6月、極真全日本ウエイト制大会で、角田信朗は初日の予選を突破こそ、2日目の2回戦で敗れ、午後に開催される開会式に出ることはできなかった。
開会式で大山倍達は
「おい、ツノダはどうしたのかね、ツノダは?」
と角田信朗を探した。
RINGS(リングス)
秋の正道会館の第10回全日本大会は、オランダのジェラルド・ゴルドーやピーター・スミット、ソ連のアマチュアボクシングスーパーヘビー級チャンピオン、スラブ・ヤコブレフなども参戦。
大会直前、角田信朗は左膝の内側の靱帯を断裂するケガをし、右のローキックでスラブ・ヤコブレフを沈めた後、棄権した。
試合後、呼ばれていくとそこには石井和義と前田日明がいた。
前田日明は、UWF崩壊後、異種格闘技の「RINGS(リングス)」を立ち上げていた。
キャッチコピーは「世界最強の男はリングスが決める」
石井和義が唐突にいった。
「角田さぁ、12月にリングスさんの大会が有明コロシアムであるんやけど、出てみない?」
「押忍?」
「佐竹と一緒に。
いいよねえ。
返事しとくよ?」
大山倍達が世界でケンカ旅行を行ったことを思い出し引き受けてしまう空手バカであった。
角田信朗は前田道場や新宿のスポーツ会館でやっていたサンボの練習に参加し組み技の練習をした。
そしてリングスのデビュー戦の対戦相手は、オランダのケンカ屋、ヘルマン・レンティング。
タックル狙いのヘルマン・レンティングとパンチを当てたい角田信朗、間合い地獄に陥り引き分けとなった。
第2戦は、キックの帝王、ロブ・カーマンだった。
しかし角田信朗がリングスに参戦するとに社長は否定的だった。
「俺は角田が武道家として空手をやることに関してはこれまで応援してきた。
そやけどプロレスをやるとなったら話は別やで」
大阪から東京の試合に出るには、前日に移動し、試合をしてから翌朝1番の新幹線で帰って出社しても最低2日は休まなくてはならない。
角田信朗は会社に欠勤届を出したが社長の承認印は出発日になってももらえなかった。
角田信朗の空手はロブ・カーマンに何もできなかった。
アクシデントでロブ・カーマンのパンチが顔面に入り角田信朗はダウンし鼻から大量に出血した。
顔面への攻撃は掌底のみなので、これはロブ・カーマンの反則だった。
ドクターがストップしようとしたが角田信朗は続行を希望。
しかしなす術なくタックルを仕掛け、それを潰されたところに膝を落とされ負けた。
病院で鼻の骨が折れていることがわかり手術と10日間の入院をすすめられたが、社長の承認をもらえないまま会社を2日も休んでいる角田信朗は翌朝、出社。
「どこ行っとったん。
顔腫らして」
「・・・・リングスの試合です。
欠勤届は事前に提出していますが」
「聞いてないで」
「・・・・・・・」
1992年3月5日、リングスで角田信朗は、オランダの柔道王、ルディ・イウォルドをTKO。
その3日後の1992年3月8日、角田信朗と飯干恭子は結婚式を挙げた。
最後に親族を代表して角田信朗の父親があいさつしている最中、酔った前田日明が
「お〇〇〇」
と女性器の俗称を絶叫。
同じく泥酔した角田信朗もスイートルームに投げ込まれ、2次会は新郎不在で行われた。
クマ殺しと引き分け
結婚式の3週間後、正道会館主催で「格闘技オリンピック」という格闘技イベントが行われた。
前田日明が第1試合をつとめ、メインは佐竹雅昭 vs モーリス・スミス。
そしてセミファイナルは、角田信朗 vs クマ殺し、ウィリー・ウィリアムスだった。
角田信朗を空手の世界に引き込んだキャッチコピー「極真カラテか?人喰いクマか?」
16年後、伝説のクマ殺しが目の前にいた。
そして2分3ラウンドを戦い引き分けた。
正道会館師範代
1992年6月25日、リングス宮城大会「獅子吼」で角田信朗は長井満也に判定負けした。
試合終了後、悔しさから
「戦うサラリーマンは今日で返上です。
会社辞めて格闘技に専念します」
と発言してしまう。
翌日、出社し、
「お話があります」
と社長にいうと
「おお、辞めるんやろ」
とあっさりいわれた。
そして30歳にして大阪天満の正道会館総本部の師範代となった。
鉄人の踵と怒りのゴッドハンド
1992年7月30日、正道会館の「格闘技オリンピックⅡ」に極真空手史上最強の外国人、世界大会2位、鉄人アンディ・フグが参戦。
踵落しで柳澤恥行を粉砕した。
アンディ・フグの正道会館への移籍に大山倍達は怒り、極真会館は正道会館と絶縁した。
(大山倍達没後、解消)
絶縁して約1年後、石井和義から角田信朗に電話が入った。
「お前、スーツ持ってるか?」
「押忍」
「じゃあスーツに着替えて東京行きの新幹線に今からすぐ乗って、乗ったら電話してこい」
「お、押忍?」
「プーップーップーッ」
電話は切れた。
わけもわからず着替えて新幹線に乗ってからかけ直した。
「押忍。
いま新幹線に乗りました。」
「あーそお。
ご苦労さん」
「自分はどうさせていただいたらいいのでしょうか?」
「ホテルニューオータニでね、梶原一騎先生の7回忌の記念式典やってるんだけど、角田、俺の代わりに出席してきてよ」
「お、押忍!!!???」
「極真の人たちもみんな来てるらしいよ」
「押忍!!
館長!そんな大事な席に自分のような者では館長の代わりは勤まりません!!」
「なにいってんの。
みんなお前が来るの待っとるで」
「押忍!!
しかし館長!!
極真会館さんからは絶縁状が届いている状態なのに、そんなところへ自分が行って大丈夫なんでしょうか!?」
「プーップーップーッ」
悲惨だった。
東京駅からタクシーでホテルニューオータニへ。
遅れて会場に着いた角田信朗は恐る恐る会場のドアを少しだけ開けて中をのぞいた。
「すぐ目の前に極真会館の黄色のブレザーを着た50名ほどの屈強な男たちがビッシリと出席していた。
しかも正面では大山倍達が挨拶をしている最中だった。
(ヤバい)
角田信朗は静かにドアを閉めた。
(こんな敵陣に、絶縁状を回されている組織の幹部がノコノコ入っていったらどうなるのだろう?)
思案に暮れ、もう1度少しドアを開けて中をみようとしたとき、中からドアが押されて開き梶原一騎の弟の真樹日佐夫が出てきた。
「いやあ、角田君来てくれたのか」
その声に会場の中の全員が角田信朗をみた。
「ちょうどいい、大山総裁に紹介するよ」
「押忍。
いえでも・・・」
真樹日佐夫に押されブレーキを踏んだままアクセルを踏んだ車のように角田信朗はズズッズズッと大山倍達の前まで来た。
「いやあ総裁。
紹介します。
正道会館の角田君」
「お、押忍。
せ、正道会館の、か、角田であります。
ごぶたさ、いやご無沙汰しております」
大山倍達は右手で握手しながら左手で角田信朗の頬をパチパチ叩いた。
「いやあ!
もう1度会おう!」
(もう1度会おうか。
今会ってるのに)
角田信朗は心の中でツッコんだ。
ゴッドハンドとの3度目の、そして最後の遭遇だった。
