松井章圭館長の仕事は、日本及び海外124ヵ国で開催される大会、国内の合宿と稽古において極真空手の技と精神性を伝えること。
そして後援者や企業、他の格闘技・武道団体、国内外の支部との交渉も行う。
1年の1/3は日本を離れ、車の走行距離は年間30000㎞を超える。
大山倍達時代には男性のみの無差別の全日本大会、・全日本ウエイト制大会・全世界大会が主要な試合だったが、女子、少年、青年、壮年の全日本大会が創設された。
また2年に1度、男女の世界ウエイト制大会も開催されるようになった。
1998年には、パリで、世界を8つのエリアに分けて優勝を競うワールドカップ大会が行われた。
初の外国人チャンピオン誕生
1999年11月、第7回世界大会では、決勝戦でフランシスコ・フィリョと数見肇が対戦。
2度の延長戦でも明確な差が出ず、試割り判定にもつれ込み、1枚差でフランシスコ・フィリョが勝った。
初の外国人チャンピオンだった。
「極真が世界中に拡散して約半世紀が経ち、王座流失という事態はある意味必然といえるかもしれません。
極真空手、すなわち直接打撃制空手という新しい格闘技文化が、海外にも正しい形で根づき、極真会館が真に国際的な組織として深く根を下ろしたということの証明であるのかもしれません」
厳密にはそういう松井章圭自身が第4回に置いて優勝した時点で初の外国人チャンピオンである。
1999年11月5日、第7回世界大会が行われた同時期、東京都港区のホテル・グランパシフィック・メリディアンで逃亡していた許永中が拘束された。
2001年、許永中は、イトマン事件で地裁から懲役7年6ヵ月・罰金5億円の実刑判決を言い渡され、その後控訴、上告した。
盧山初雄 ビジネス空手、ショー空手ではなく武道空手、一撃必殺の空手、最強の空手を目指す
2002年1月11日、格闘技イベント「一撃」の旗揚げ大会が行われ、メインイベントでは野地竜太 vs. 武蔵が行われた。
2002年12月、盧山初雄、廣重殻が極真会舘を離脱。
ビジネス空手、ショー空手ではなく武道空手、一撃必殺の空手、最強の空手を目指すため、「極真館」を立ち上げて再スタートを切った。
また同じく極真会館を去った梅田嘉明と共に休眠していた極真奨学会を復活させた。
「私たちの師である故・大山倍達総裁は、その生涯をかけて武道空手としての極真空手の完成を追求しておられました。
空手の道を志した弟子たちが武道としての空手を地道に研鑽していくことによって、強さとともに人間として完成し、社会にとって役立つ人間を育成するという壮大なる目標を持っておられたのです。
それは総裁が口ぐせのように言われていた「頭は低く目は高く、口を慎んで心広く、孝を原点として他を益す」という言葉に集約されています。
その武道空手の理念は「極真精神」とも呼ばれ、門下生たちの心の支えであり、人生の指針でもありました。
私たちは、大山倍達門下生の一員であることに限りない誇りを持ち、その教えを指針として極真の道を全うすべく、生涯をかけて努力精進を続けていく決意です。
そして、大山倍達総裁の武道空手の理念と極真精神を正しく継承し、広く普及して、発展させていくことが使命だと考えています」
2003年1月22日、大西靖人が肝臓ガンで死去。
44歳だった。
葬儀場には妻と共に愛人だった石野真子の姿もあった。
2004年5月30日、格闘技イベント「一撃」において、「極真 vs K-1 7対7 全面対抗戦」が行われ、メインイベントではフランシスコ・フィリォがレミー・ボンヤスキーに判定勝ち。
この試合を最後に現役から引退した。
2005年10月、許永中は最高裁に上告を棄却され、実刑判決が確定。
黒羽刑務所に収監された。
同月、恵比寿に「Ichigeki PLAZA(一撃プラザ)」がオープンした。
2006年5月、浜井識安が松井章圭と袂を分かち、新たに財団法人極真奨学会国際空手道連盟極真会館浜井派を設立。
(翌年4月には財団法人極真奨学会理事に就任)
2006年6月6日、大山智弥子が胃癌で死去。
(79歳)
2008年、松井章圭の直弟子である木村靖彦が極真会館を退会。
イトマン事件で6年の実刑を言い渡されていた許永中の(合計約179億円の約束手形をだまし取ったとされる)石橋産業事件の上告が棄却され、こちらの刑期が加算された。
2010年8月、国際委員会委員でヨーロッパ委員のルック・ホランダーが、傘下の支部と共に極真会館から離脱。
仲介料 100億円
2011年11月10日、日本経済新聞が
「人材派遣大手の旧グッドウィル・グループ(GWG)による会社買収に絡み、空手団体の「国際空手道連盟極真会館」の松井章圭館長が東京国税局から買収の成功報酬の申告区分の誤りを指摘され、過少申告加算税を含め約30億円を追徴課税されていたことがわかった」
と報道。
林純一オーナーの体調不良により人材派遣最大手だったクリスタルグループが売りに出されていることを、緋田将士(投資ファンド主宰者)と松井章圭から知らされた折口雅博(グッドウィル社長)が「日本一の派遣」を目指して買収を行った。
緋田将士と松井章圭は、一緒にM・A・コーポレーションという会社を経営していた。
折口雅博は883億円を用意し、M&Aに500億円、買収ファンド運営会社・コリンシアンパートナーズ元代表で公認会計士の中澤秀夫に経費込みで183億円、仲介した松井章圭と緋田将士に各100億円ずつ支払ったという。
林純一は一代でクリスタルを売上高5000億円を超える企業に発展させたが、健康上の理由から売却を決意した。
「クリスタルを売ってしまおうと思うんや。
ただしデューデリはなしや」
デューデリ、すなわちデューデリジェンスとは、適正評価手続きのこと。
投資家が投資をおこなう際、もしくは金融機関が引受業務をおこなう際に、投資対象のリスクリターンを適正に把握するために事前に行う一連の調査のこと。
林純一は、自分がクリスタル株を売却することを役員や社員に知られ、彼らがクリスタルを辞め、会社が空中分解してしまうことを恐れていた。
林純一の倍脚依頼を受けたのが中澤秀夫だったが、上場もせず、人材派遣協会や生産技能労務協会など業界団体にも加盟せず、行政処分を受けて評判が悪いクリスタルをデューデリジェンスなしで売るというのは難しかった。
中澤秀夫は、緋田将士を頼り、松井章圭は、折口雅博と親しかった。
折口雅博にとってクリスタル買収は悲願だった。
しかも提示された金額は想定していた1/3にも満たない額だった。
2012年、許永中は、母国での服役を希望し、国際条約に基づき韓国の刑務所へ移送された。
2013年9月、許永中は仮釈放となり、2014年9月に刑期満了を迎え、現在はソウルに住んでいる。
ノンコンタクト(寸止め)とフルコンタクト(直接打撃)のコンタクト
2015年4月16日、東京都江東区の日本空手道会館において、全日本空手道連盟と国際空手道連盟極真会館の間で、2020年東京オリンピックにおける空手道種目の正式採用に向けて覚書を取り交わし、友好団体関係が締結される。
いわゆる伝統派の空手団体を統括する全日本空手道連盟(JKF)と大山倍達が興したフルコンタクト系の世界最大団体、極真会館が手を握り合ったのである。
2つは共に1964年に発足。
半世紀、ノンコンタクト(寸止め)とフルコンタクト(直接打撃)という違う空手道を歩んできた。
「大山総裁が一時期、「寸止め空手はダンス空手だ」みたいに言い切ってしまっていた部分もあったり、我々も若い頃はそれを鵜飲みにしてフルコンタクトが優れていると思って、ノンコンタクトには見向きもしなかった。
でも現状、改めてノンコンタクトを見たら、ものすごいクオリティの高い世界があるわけです。
フルコンタクトのルールも変遷があるわけですが、50回近くの日本選手権、10回の世界大会を経た今、もしかしたら後退している部分もあるのかなと。
もちろん現在の選手たちも頑張っていますけど、草創期の試合の中に今は見られない質の高い本来の空手の技も見られます。
ノンコンタクト競技にも当然変遷はあったでしょうが、すごく発展しているなという感じはします。」
フルコンタクト空手友好団体化
2015年8月、約10年間営業していた「一撃PLAZA」の営業を終了し、新たに「FLUX CONDITIONINGS(フラックスコンディショニングス) 」を代官山にリニューアルオープンさせた。
2015年9月25日、極真会館は、正道会館、国際大山空手、増田章のIBMA極真会館、拳眞塾、葉隠塾、脩己會のフルコンタクト空手6団体と友好関係を結び、全日本空手道連盟が進める空手の東京オリンピックでの公式競技化活動を支持することを表明。
2016年1月15日、松井章圭は自らの誕生日に、名前の一文字「圭」の字の上に大山総裁の「大」の文字をいただき「奎」とし、「松井章奎」と改名した。
ルールを大幅に改定
2016年4月17日、東京体育館で行われた2016国際親善空手道選手権大会において、松井章奎館長は、6月4、5日の全日本ウェイト制空手道選手権大会からルールを大幅に改定することを発表した。
「新しいルール改定ということで基本的には、大山総裁が提唱した直接打撃制空手をしっかり堅持しつつ、より実戦的な空手で更にクオリティの高い競技を目指します。
初期の段階で有効であった押し、かけ、瞬間的なつかみが禁止になっていきました。
そのことによって競技はこう着状態を生むようになり、この状況をかんがみて、明確に原点に回帰しよう、実戦性を高めようと、また競技としてのクオリティを高めようということになりました。
上段や前蹴りなどが無防備な状態でヒットし相手の体が崩れ即座に残心を取るとダメージの有無に関係なく技ありとなる。
片手による瞬間的な押しを有効化する。
つかみは反則ですが、相手の腕や足を捌く、攻撃的にも防御的にも用いるのを有効にしました。
またダメージにかかわらず、無防備で技がクリーンヒットした場合、間合いとタイミングによって残心を決められた場合は、技ありとしようと。
また、捌く、払いで相手を転倒させる技がこれから非常に有効になります。
そうすることによって一定の間合いを取ってタイミングを見て瞬間的に、瞬発的に技を決める。
極真の道場訓に「機に発し感に敏なること」とあるように、まさに機に発して感に敏なる技を技ありとしていこうという意識で、これらの技を有効化しました」
主な変更点
・これまで反則技だった押しがOK。
押しは片手(拳、掌底、肘など)のみ。
2回連続での押し、連続となるツッパリなどは反則。
・捌きは、腕や道着を掴まずに相手の上腕部を払うなどして相手の攻撃の軌道や払いながら自分の立ち位置を変える体捌きに使う。
捌きは足にも使え、相手の蹴りを受け流す、また足をすくうことも可能。
そこから軸足を刈るなどして相手を崩す、または転倒させる。
・足払いで倒し、下段突きを決めると技あり。
また倒れた相手へライトコンタクトで当てた場合は一本になる。
・足払いで倒されても、倒れた状態から蹴りで攻撃するのは有効。
転倒させられても相手が残心を取る前に下から蹴りを入れダメージを与えれば技あり、もしくは一本になる。
・上段回し蹴りや前蹴りが当たって体勢が崩れた瞬間に残心を決めた場合はダメージの有無にかかわらず技ありとなる。
・相手の胴回し回転蹴りを受けてから下段突きをライトコンタクトで当てれば技あり。
ついに中村誠まで
2016年12月4日、中村誠が極真会館を離れた。
「私、中村誠は極真会館東京総本部に入門後22年間に渡り、故大山倍達に指導を仰ぎ、選手そして支部長として極真会館発展の為に活動し、大山倍達亡き後、2代目館長として極真会館を引き継いだ松井章奎氏の下、23年間に渡り関西本部長として活動して参りました。
この23年の間に生じた松井章奎氏との組織の方向性及び空手観の違いから、この度、松井章奎氏の組織を離れ、新たに「国際空手道連盟 極真会館 中村道場」として活動していく運びとなりました。
これからは私を育ててくれた、師である大山倍達より受け継いだ極真空手の真髄を「正しく」伝えるため努力精進してまいる所存でございます。
今後とも皆様方のご理解ご協力を賜りますよう宜しくお願い申し上げます」
そして中村誠は、試合での組手ルールを、松井章圭が変更する以前の、大山倍達時代のものに戻した。
2016年12月9日、国際空手道連盟極真会館総本部は、中村誠を除名処分。
「除名処分 兵庫・大阪南支部元支部長 中村誠
したがいまして、暫時支部長が不在となりますが、現在、皆様が稽古されている道場は基本的には極真会館の道場として継続していく予定です。
万一 道場がなくなるような場合でも、受皿となる新規道場を開設予定ですので、
それまでの間は近隣の支部・道場への移籍し、稽古、審査、大会出場を継続することも可能です」