アントニオ猪木の燃える事件簿1  プロレスラー時代編

アントニオ猪木の燃える事件簿1 プロレスラー時代編

1960年代にプロレスラーになってから、1989年に国会議員になるまでのアントニオ猪木のまとめ。 「プロレスこそすべての格闘技の頂点」、「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」というストロングスタイルのプロレスで、人々を熱狂させ、現在の総合格闘技の源流となる異種格闘技戦を行った燃える闘魂の事件簿。


舌出し失神事件、および人間不信事件

1983年6月2日、第1回IWGP優勝決定戦:アントニオ猪木vsハルク・ホーガンが行われた。
IWGP(International Wrestling Grand Prix)は、「プロレス界における世界最強の男を決める」と猪木が提唱したもの。
当初の計画では、開幕戦は日本で行い、韓国-中近東-ヨーロッパ-メキシコとサーキットし、決勝戦はニューヨークで行う予定だった。
しかしプランが大きすぎることや、「プロレス最強の男を決める」ということに対し、(当然、負けたほうが損だから)各地区のチャンピオンやプロモーターは難色を示し協力を渋るなど、紆余曲折あり、ここまで新日本プロレスは2年という時間と巨費を投じて準備してきたものだった。

アントニオ猪木とハルク・ホーガンの戦いは一進一退だったが、途中、劣勢の猪木がエプロン際でホーガンのアックス・ホンバーを受け、リング下に転げ落ち上がってこなくなってしまった。
レフリーのMr.高橘はカウントした。
「高橋、バカ野郎、待てよ。」
坂口征二がそう叫びながらリングサイドから飛び出し、猪木を抱えてリングに入れようとした。
しかし猪木はエプロンでうつ伏せになり舌を出したままピクリとも動かなかった。
坂口は舌が巻きついて呼吸困難ならないよう、自分の履いていた草履を猪木の口に突っ込んだ。

そして猪木はすぐに病院に担ぎ込まれ面会謝絶になった。
坂口と新間は病室の外でひたすら待った。
翌朝、徹夜明けの2人が病室に入ると、なんとベッドには猪木ではなく猪木の弟が寝ていた。
猪木は周囲の目を盗んで夜中にこっそりと抜け出していたのだ。
坂口は激怒した。
「こんな話あるか。
ふざけるんじゃないよ。
俺は当分、会社出ないよ。」
そして
「人間不信」
と書いた紙を会社の自分の机の上に置いてハワイに行った。

2、3日後、新間は病院に挨拶に行き、猪木が途中で帰ってしまったり、マスコミが病院に押しかけたりしてしまったことを謝罪した。
「ご迷惑をおかけしました。」
すると看護師がこんなことをいった。
「私たちもあの試合をみさせていいただきました。
新間さんや猪木さんはプロレスではプロかもしれません。
でも私たちは看護のプロです。
猪木さんがやったように舌を出したま失神するというのは医学的にありえません。
あれは猪木さんの芝居です。」
新間はショックだった。
勝つべき試合で猪木は失神KOされ、現在、雲隠れしている。
坂口はいなくなってしまう。
いったい何がどうなっているのか。
さっぱりわからなかった。
そしてこの事件をきっかけに、新日本プロレスは悪い方向に向かって行くことになる。

クーデター事件

ホーガン戦の約2カ月後、新日本プロレスの内紛が表面化してきた。
いわゆる「クーデター」である。
クーデター側の主張は、会社(新日本プロレス)は年間20億円も売り上げがあるのに、利益が2000万円しか上がらないのは、社長(猪木)が個人事業に回しているせい-というもの。
その猪木の個人事業の1つにアントンハイセルがあった。
アントンハイセルは、1980年に設立され、ブラジル国内で豊富に収穫できるサトウキビの絞りかすの有効活用法として考案された事業だった。
当時からブラジル政府は、石油の代わりにサトウキビから精製したアルコールをバイオ燃料として使用する計画を進めており、アントン・ハイセルはバイオテクノロジーベンチャービジネスの先駆けであった。
しかし実際、プロジェクトを進めていくと、サトウキビからアルコールを絞り出した後にできるアルコール廃液と絞りカス(バガス)が公害問題となったり、ブラジル国内のインフレにより、経営は悪化してしまい、アントンハイセルは数年で破綻し、その負債は数十億円ともいわれ、猪木は新日本プロレスの収入を、その補てんに回してしまった。
(2005年以降、地球環境問題や原油価格高騰などから、サトウキビからエタノールを抽出するバイオ燃料事業は内容が見直され積極的に行われていった。
先見の明がありすぎたのかもしれない。)

クーデターの発端は、1983年5月16日に長州力が新日本プロレスの三重県津大会を無断欠場したことだった。
その夜、長州は猪木へメッセージを送った。
「新日(新日本プロレス)から脱退したい。」
新間はこの件を猪木に相談した。
「社長、これは職場放棄ですよ。
謹慎処分か退職処分にすべきではないですか。」
「そう派手にやってくれるなよ、新間。
そもそもは俺が昨年の長州造反を押さえつけなかったことが原因なのだろうが、長州が今回やったことにしてももう1つ心から怒れない部分があるんだよ。
この前もいったように俺も長州と同じことをして自分を主張してきたし・・・」
「いや、ペナルティを科して、それが受け入れられなければ辞めさせるべきです。」
「俺は長州を信じている。」
猪木は選手の気持ちがわかるというが、それで新間などの背広組は納得できる話ではなかった。
「結局、猪木は長州、浜口を野放しにした。
同じ釜のメシを食い、同じトイレを使い、肌をあわせ汗を流し、朝起きて夜寝るまで行動を同じくする選手達の絆の強さ。
やはり選手は違うんだな。
選手のほうが可愛いのかなと思った。
しかし処分しなかったことで彼らは勢いづいた。」
長州力ら13人のレスラーはが新日本プロレスを離脱した。
(そして、1984年秋に全日本プロレスと業務提携した。)

続いて、1983年8月11日、突如、タイガーマスク(佐山聡)が、新日本プロレスに内容証明書付きの契約解除通告書を送り、一方的に引退した。
そして「欽ちゃんのどこまでやるの!?」にゲスト出演し、マスクを脱ぎテレビで素顔を公表した。

1983年8月20日、海外にいた猪木が会社(新日本プロレス)の異変を知って帰国。
1983年8月21日、猪木は新日本プロレス事務所に出向き、そこで望月和治常務取締役と山本小鉄取締役から退任を迫られる。
1983年8月24日、猪木と同じく日本を離れていた新間寿営業本部長が帰国し猪木と対面した。
「忘れもしない1983年8月24日。
まさに寝耳に水だった。
今も耳にこびりつき夢にまで出てくるアントニオ猪木の声。
『新間、もうダメだ。
俺が両手をついて頼むから新日本プロレスを辞めてくれ。』
その瞬間、目の前が真っ暗になった。
何とも弱々しい猪木の声。
これが世界最強の男の吐く言葉か。
『な、何で、社長・・・・・・』
すぐには信じられなかった。
何が起こっているのかすらも理解できなかった。
が、猪木の声を聞いてるうちにプロレスの情熱がスーッと抜けていった。」
1983年8月25日、東京の南青山の新日本プロレス事務所で緊急役員会が開かれ、結局、クーデター事件の責任をとる形で、猪木は代表取締役社長を、新間は専務取締役営業本部長を解任された。
1983年8月26日、坂口征二も副社長から退いた。

1983年8月29日、新日本プロレスは、テレビ朝日からの出向役員:望月和治、大塚博美、新日本プロレスの鬼軍曹:山本小鉄の3名による代表取締役体制を発足。
こうして新日本プロレスの内乱はクーデター側の勝利に終わったにみえた。
しかしテレビ朝日の重役の一言でクーデター派の新体制はたちまち力を失った。
「猪木がいなくてもプロレスを続けられるのか?
猪木が新日プロを辞めたらうち(テレビ朝日)は放送を打ち切るよ。」
1983年11月1日、新日本プロレス事務所で臨時株主総会が開かれ、猪木は代表取締役社長に、坂口も取締役副社長に復帰した。

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