1979年(昭和54年)3月場所で高砂部屋では最高の四股名「朝汐太郎」を襲名。
1982年(昭和57年)11月場所に「朝汐太郎」から、「朝潮」に改名している。
横綱・若乃花を倒す、大ちゃんフィーバー
1983年1月、5日目に朝潮は、横綱・若乃花に勝ち星を挙げる。横綱・若乃花は引退を決意した、最後の相撲となり、大ちゃんフィーバーが巻き起こった。
1983年(昭和58年)3月場所後に「朝潮」は大関昇進した。
朝潮は、横綱「北の湖」に強かった
朝潮は大横綱である北の湖に13勝7敗という歴然たる強さを誇った。
1989年(平成元年)春場所に朝潮は引退した。年寄山響から若松部屋を継承する。
師匠として、モンゴル出身の外国人力士、朝青龍を横綱に育てあげる。
朝潮の芸能活動、歌手とCM
歌も歌った、朝潮太郎。
朝潮太郎と中村雅俊がコマーシャルで共演する。