大西鐡之祐 むかし²ラグビーの神様は、知と理を縦糸に、情熱と愛を横糸に、真っ赤な桜のジャージを織り上げました。

大西鐡之祐 むかし²ラグビーの神様は、知と理を縦糸に、情熱と愛を横糸に、真っ赤な桜のジャージを織り上げました。

「どんな人でも夢を持たない人間はいない。 夢は人間を前進させ、幸福にする。 唯、夢がその人を幸福にするかしないかは、その人の夢の実現に対する永続的な努力と情熱にかかっている。」


フレンチ・フレアー

昭和57年2月、All早稲田と大西鐡之祐監督は、1927年の豪州遠征以来55年ぶりに英仏遠征を行った。
そしてまずパリでパリ大学と対戦し50対3で完敗した。
フランスのシャンペンラグビーの自由奔放さ、変幻自在さは大西を魅了した。
「早稲田といわず日本ラグビーの今後はフランスを研究すること。
以前からそんな考えをもっていたが、今度の一戦で痛感したよ。
どんなトレーニング法で鍛え上げたのか。
人材がいるならトレーニング学を学ばせたいし、機会があれば選手のフランス留学も考えたい。」
イギリスでは、All早稲田は、オックフォード大に27対40で敗れるが、エジンバラ大に20対10、そしてケンブリッジ大には13対12で勝利した。
ケンブリッジ戦前、大西は
「(平均体重)早稲田64kg、ケンブリッジ79kg」
と相手選手と早稲田選手をエネルギー数値化し、早稲田が対等になるためには、どれだけのスピードでどれだけのカロリーを消費しなければならないかを計算し、運動強度を上げないと対等に勝負できないことを訴え、それに勝つためには、1人がどれくらいカロリーを余分に消費しなければいけないかを結論づけ、選手の自覚を促した。
まだ代謝計算もパソコンもない時代に、物理の公式を使って、客観的な指標、勝つためのハードルを選手に示し、この数字を前提に対ケンブリッジの作戦を練った。
オープン攻撃で、選手がパスを受けてから離すまでの時間を計り表にした。
0.6秒、0.9秒、0.7秒などと個人名別に書き、
「平均、0.8秒を切らないといけない。」
というように指示した。
同じようにスクラムハーフからボールが出てウイングにわたるまでの時間も計った。
徹底してデジタル化した。
例えば
「お前は球を放るのが遅い」
というのと
「お前は0.2秒遅い」
というのとでは全然違う。
大西鐡之祐は、サイズで劣る日本が、大型の外国チームに対抗するには、フレンチ・フレアーしかないと確信する。
帰国後まとめられた「早稲田ラグビー 英仏遠征記1982」に大西は次のように書いた。
「私は南仏遠征後、フランスラグビーに注目すべきだといい続けてきたが、今回の遠征でその意を強くしている。
こうして常に新しい刺激を受けて、前進する環境に置かないと、クラブは前進しないという証左として、ワセダラグビークラブの前進のためにも考えなければいけないものと思われる。」

「狼飢作戦」

大西鐡之祐監督が退いた後、ラグビー日本代表は、韓国やオランダに敗れるなど、強豪国に大きく水をあけられ、低迷した。
そんな中で、昭和58年、ウェールズのラグビー協会から、日本ラグビー協会に遠征の招待状が届いた。
日本ラグビー協会専務理事:金野滋は
「とんでもない話だ。
断る。」
との意向だった。
それまでテストマッチの惨々たる結果を考えれば仕方なかった。
しかし日比野弘監督は、
「何とか行かせて欲しい。
近年にない大型化したフォワードは大丈夫だ。」
と金野を説得した。
この日比野監督の
「もう1度、日本のラグビーを世界へ」
という想いに押される形でウェールズ遠征は決定した。
日比野監督は熟考した。
「日本人のラグビーとは何なんだ?」
そして
「倒されても倒されても、勇猛に襲いかかる飢えた狼の軍団たれ」
という理念を基に
「狼飢作戦」
と名づけて、チームを構築。
当時はまだ珍しかった計画的な筋力トレーニングを取り入れたり、水分の多いウェールズの芝を想定して「水に浸したボールでパス練習」など、大西ジャパンの戦術をベースにしながらも、新たに開発した戦術や練習メニューで強化を図った。

松尾雄治
平尾誠二
林敏之
大八木淳史

キャプテンの松尾雄治は、ゲーム全体の流れから最も的確な判断し、味方の疲労度、敵の疲労度を見てのプレーの選択し、また試合以外でも、緩める時には先頭を切ってボケ役に徹し、練習の時はギュッと手綱を締めるあざやかさは達人のようだった。
松尾の卓越したキャプテンシーにより、ウエールズ遠征は好成績をおさめていた。
最終戦はウエールズとのテストマッチだった。
いかに遠征の成績が良くても、テストマッチで結果を出せなければその遠征は成功したとは言えない。
テストマッチ当日の朝のミーテイングで監督の日比野監督は言った。
「ウエールズを破ったらオリンピックの金メダルに等しい。
たとえ勝てないまでの6位入賞といわれる試合をしてくれ。
もし再び大差をつけられて敗れるようなことがあれば、日本ラグビーは救いのない。
暗黒の時代に逆戻りしてしまう。」
マイボールさえ満足にとれず、子供扱いされた屈辱のウエールズ戦から10年。
地道にFWの大型化と体力アップを続けてきた。
日本ラグビーの将来をかけた1戦の幕が切って落とされた。
ウエールズの首都、カーディフのアームズパークには3万人の大観衆がつめかけた。

キックオフと同時に、壊し屋、林敏之が、ウエールズFWめがけて核弾頭タックル。
大八木淳史は、相手が外人であろうが誰であろうがおかまいなしにケンカを吹っかける男である。
この林-大八木のロックは、日本代表はじまって以来の100kg超重量コンビである。
スクラムは、日本の誇る石山次郎-藤田剛-洞口孝治の第1列で安定したボールが出る。
ロックでもおかしくない川池光-千田美智仁-河瀬泰治の大型第3列がレッドドラゴン(ウエールズの愛称)に食らいつく。
このオールジャパンのフォワード陣は、平均183cm、94kg。
松尾は卓越したゲームコントロールで日本代表を確実にゲインさせ、電光石火のカミソリスッテップも随所に見られた。
新人の平尾誠二も確実にゲインする。
谷藤は安定したプレー日本のピンチを救う。
それでもウエールズは強かった。
前半を終わって10-19。
ハーフタイム中、メンバーがキャプテン松尾に言った。
「松尾さん。
これいけますよ。
ウエールズの連中は腰が引け出しましたよ。」

後半が始まって10分というところで、ウエールズから立て続けに2トライを奪われ10-29。
松尾はキックを捨て、ボールをフィールドいっぱいに展開することに撤した。
自陣22mからもタッチキックを狙わずどんどんオープンに回した。
そこにFWが走り込み連続攻撃を仕掛けた。
しかしノーサイド、25-29。
追い上げに追い上げたが、あと少し足りなかった
惜しくも日本代表は負けた。
ノーサイド直前、ボールを持った大八木がウエールズ相手にぶちかまして相手を吹き飛ばし、フォローした藤田にパス-トライというシーンはセンセーショナルな一幕だった。
こうして日本代表は強豪ウエールズにあと一歩というところまで迫った。
こうしてオールジャパンは2勝2敗1分でウェールズ遠征を終えた。

大西鉄之祐のカリスマを受け継いだ鬼のキモケン

昭和62年、大西鐡之祐の指導を受けた熱血主将:木本健治、通称:キモケンが早稲田大学ラグビー部監督に就任。
この年、木本監督は1年生選手3人を1軍に起用した。
中でも、3軍にいた藤掛三男を、フォワードのフランカーからバックスのセンターに転向させたことには、周囲は驚かされた。
藤掛は、パスは放れず、ボールは正確に蹴ることが出来ない新人だったからだ。
ただ藤掛は、体を張って相手を倒すタックルだけは強烈だった。
木本は
「(藤掛は)ほかのことはやらなくてよい。
ただタックルせよ。」
とだけ言った。
木本ラグビーはまずタックルだった。
体の小さな選手の多い早稲田大学ラグビー部が、大きな相手と戦うには、守る側に許された唯一の攻撃手段、タックルしかない。
そして点数をやらずに守り抜き、勝機を図る。
タックルに不可欠なのは勇気だ。
これは自分で磨き、研ぎ澄ますものだった。
この辺り、木本健治は大西鉄之祐のカリスマを受け継いでいる。
そして早稲田大学ラグビー部は、「雪の早明戦」を乗り切り、大学選手権でも同志社を下した。
そして日本一に挑戦した。
(ラグビーでは、学生王者と社会人王者が戦って日本一を競う。)

社会人の覇者・東芝府中の中村賢治監督も、早稲田大学ラグビー部OBで、現役時には木本健治の指導も受けた人だった。
早稲田は圧倒的に不利と見られた。
しかしシーズン中、何度か組んだスクラムでは東芝の一押しでズルズル後退してしまったが、いざ試合になると押し負けることはなかった。
そして東芝のラインアウトでは、東芝のサインは全て読んでボールをことごとく奪った。
そして早稲田は22-16で快勝した。

巨星堕つ

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