横浜(シューティング横浜ジム)へ
中井祐樹は、横浜へ移り「シューティング横浜ジム」に入門した。
以下は横浜から北海道に向け送ったものである。
「皆さん、お元気ですか?
僕は今、バイトに稽古にと多忙な日々を送っております。
結構シンドイと感じることもありますがどうにかこうにかやっています。
北大にいた3年4カ月を現在、冷静になってみて素晴らしいと言えるのはやはり柔道があったからだと思う。
食事や睡眠など生活のほとんど全てをそそぎ込み熱中した柔道。
技術を創り上げることとは何か。
そしてその喜びを知った柔道。
自分の考え方を生み出す原動力(あるいは基準、アンチテーゼ)となった柔道(部)。
講道館柔道に七帝柔道など自分の中で柔道は様々な表情をしていたとつくづく感じる。
そんな中で七大戦を優勝で飾ることが出来たということは取りも直さずやるべきことはやったということを意味していた。
だからこそ僕は今ここにいるのだ。
七帝前の壮行会で酔った椛島(次期主将)に「中井さんには(進路は知っているけど)もう1年やって欲しいんです」といわれた。
でも僕は「俺が柔道部に残ることは楽なことなんだよ」と答えた。
真意が伝わったかどうかわからないが、僕には心の安らぐ場所であった柔道部、そして北大を去ることの方が長い目でみてベターであると思っていた。
ただそれだけのことだった。
諸先輩の方々、14人の同輩達、後輩諸君、本当にどうもありがとうございました。
シンドイ時は皆さんの励ましの言葉を思い出して、元気を出したいと思っています。
それでは、ジムに行ってきます。
もう昔は振り返りません。
サンキュー、じゃあね」
4月、本来ならば大学を卒業して就職していたであろうときに中井祐樹はデビュー戦を戦った。
「前略 辺りもすっかり暖かくなりました。
皆様如何お過ごしでしょうか。
さて私が横浜にてシューティングを始めてから8カ月の時が流れました。
そしてこの度、4月26日(月)の後楽園ホール大会に於て当日の第1試合として私のデビュー戦が決定致しました。
(当日は6時開場、6時半試合開始となっております。)
なんとかここまで漕ぎ着けることが出来ましたのも皆様のご支援のおかげです。
感謝の念に堪えません。
私にとりましてこれが出発点であり、これからも理想に向け精進してゆく所存です。
今後も変わらぬご指導宜しくお願い致します。
草々」
そして中井祐樹は則次宏紀に53秒で快勝。
2カ月後の6月24日には倉持昌和に2R1分36秒ヒールを極めて連勝した。
佐山聡(初代タイガーマスク、シューティング(現:修斗)創始者)
佐山聡は、アントニオ猪木に憧れ新日本プロレスに入り、初代タイガーマスクとして空前のプロレスを巻き起こし、その後、会社(新日本プロレス)と袂を分かち、前田日明と共にUWFで格闘技ブームを起こした後、独自の理想の格闘技「シューティング」を立ち上げた。
しかし中井祐樹は怒っていた
佐山聡の理念
しかし世間の認知度は低かった。
「シューティング?
あんな小さいやつらがごちゃごちゃやってなんになる?」
プロレスファンはそういって笑った。
プロレスが真剣勝負だと思っている人がまだたくさんいた時代だった。
中井祐樹は横浜で1人闇のなかを走っているようだった。
自分が強くなっていることは実感できた。
しかし未来がみえなかった。
収入とか、そんなことではない。
総合格闘技の強さを伝えることができないことに焦った。
シューティングのリングに有名なプロレスラーが上がってくれたら勝つ自信があった。
しかし上がってくれるわけがなかった。
真剣勝負で戦ってる自分たちが「弱い」「小っちゃい」で片づけられ、真剣勝負じゃない格闘技系プロレスがマスコミに大きく取り上げられる。
中井祐樹は怒っていた。
UFC(The Ultimate Fighting Championship、ジ・アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)
中井祐樹が先輩寝技師である朝日昇と5Rフルに戦い判定で敗れたその少し前、
アメリカのデンバーで第1回UFC(The Ultimate Fighting Championship、ジ・アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)が開かれた。
優勝はホイス・グレーシー(ブラジリアン柔術)。
準決勝でケン・シャムロック(プロレスラー、総合格闘技パンクラス王者)
決勝でジェラルド・ゴルドー(空手、キックボクサー)を完全に制しての優勝だった。
世界の格闘技マスコミはこぞって報じた
地球規模で総合格闘技の夜明けが始まろうとしていた。
平成6年(1994)3月11日、
第2回UFC大会には、大道塾(空手)の市原海樹が参戦。
ホイス・グレーシーに完敗した。
VTJ(VALE TUDO JAPAN、バーリ・トゥード・ジャパン)
平成6年(1994)7月29日、プロシューティングはUFCに対抗するかのように「VTJ94(バーリ・トゥード・ジャパン・オープン94)」という トーナメント大会を開催した。
バーリ・トゥードとは「なんでもあり」という意味である。
中井祐樹は佐山聡に出場を直訴したが叶わなかった。
この大会にはヒクソン・グレイシーが参戦、日本に初登場した。
シューティングからは川口健次、草柳和宏、
またヤン・ロムルダー、ダビッド・レビキ、そして西良典などが参戦した。
そしてヒクソン・グレイシーが圧倒的な強さで優勝。
その陰でシューティングのエース、川口健次と草柳和宏は打撃系の選手に血まみれにされて負けた。
シューティング(現:修斗)ウェルター級チャンピオンとなる
「バーリ・トゥード・アクセス」というバーリ・トゥード・ジャパン・オープンルールを採用して行われたシューティングの大会で、中井祐樹は柔術黒帯のアートゥー・カチャーと対戦。
3R8分を戦い抜きドローまで持っていった。
その後、草柳和宏とのタイトルマッチで判定勝ち。
ウェルター級チャンピオンに上りつめた。
これにより来年の「VTJ95(バーリ・トゥード・ジャパン・オープン95)」に出場というレールが敷かれた。
VTJ95(バーリ・トゥード・ジャパン・オープン95)
「VTJ95(バーリ・トゥード・ジャパン・オープン95)」において、中井祐樹はシューティングの切り札だった。
しかしトーナメント組み合わせが発表されるとその危険性が騒ぎとなった。
1回戦の相手が第1回UFC準優勝のジェラルド・ゴルドーだったからである。
ジェラルド・ゴルドー(Gerard Gordeau)
ジェラルド・ゴルドーは198cm、100kg。
中井祐樹は170cm、71kg。
28cm、29kgの差がある。
しかもゴルドーは、UFCでハワイの相撲レスラー、テイラ・トゥリと戦ったとき、試合開始20秒、ガードが甘いトゥリの顔面を蹴り、歯が紙ふぶきのように飛び散り、いくつかの歯はゴルドーの足に刺さった。
そしてすぐに拳を顔面の同じ個所に叩き付けた。
この攻撃はまったく感情がない仏頂面のまま行われた。
体格差だけではなくキャラクター的にも非常に危険な相手だった。
死闘
試合当日、中井vsゴルドーは第2試合だった。
両者がリングに上がった。
「青コーナー、プロフェッショナルシューティングウェルター級王者、中井祐樹!」
中井はマウスピースを何度か噛み直しながら右手を挙げて応えた。
ゴルドーが紹介されると会場は一斉に沸いた。
明らかにゴルドーがUFCで見せた残虐性を期待していた。
ゴングが鳴った。
中井が上半身を振りながらタックルにいきゴルドーをつかまえた。
ゴルドーはそのまま後退しトップロープを左腕で抱えて倒されないようにしてから右腕で中井の頭を抱えた。
中井は左足をゴルドーの右膝裏にかけて倒そうとするがゴルドーがロープを抱えているので倒せない。
すぐにレフリーとリング下の係員が何か話しだした。
そしてレフリーの注意。
「ストップ! サミング」
レフリーは親指を立て
「コーション」
といった。
「ジェラルド・ゴルドー選手に注意1です」
場内アナウンスが入ると場内が沸いた。
このときすでに中井の右目はゴルドーの親指によって眼球の裏までえぐられていた。
しかし中井は黙ってゴルドーに抱きついたままだった。
その精神力は人間離れしていた。
第1Rはそのままの姿勢で終わった
セコンドはラウンド間のインターバルに中井の右目を氷で冷やした。
第2R、コーナーから飛び出す中井の右目から血が流れていた。
中井が軽く前蹴りにいったところにゴルドーが右ロー。
それに合わせて中井が滑り込むように、そのゴルドーの右脚を捕まえ下から両脚をからませる。
ヒールホールド(脚関節技)狙いだ。
しかしゴルドーは片手でロープをつかみ上から激しいパウンドを浴びせた。
ゴルドーの拳が打ち下ろされるたび、中井の後頭部がマットにぶつかる大きな音が響き、右目から鮮血が飛び散った。
試合は凄絶なものになっていた。
またゴルドーの激しいパウンドが始まる。
ロープ際からエプロンサイドに中井は逃げる。
それでもゴルドーは叩き続ける。
「ドント・ムーブ」
レフリーが両者の動きを止めリング中央に2人を移動させた。
だがそこからゴルドーは立ったまま腰に両手を当てて攻めない。
中井は仰向けに寝たまま両手で
「カモン!」
猪木vsアリ状態だ。
「カモン!」
と中井はゴルドーを誘い続ける
中井の心は折れていない。
2Rが終わった。
コーナーに戻った中井の顔の右半分は大きく腫れ上がり右目の出血もかなりひどくなっていた。
それを氷嚢で冷やされながら、しかし左目はずっと赤コーナーのゴルドーを見据えていた。
その後、試合は猪木vsアリを繰り返した。
タックルでつかまえる中井、ゴルドーはロープを抱える。
観客は飽き始めていた。
しかしリングでは8分無制限ラウンドが延々と続く。
4R、中井がタックルからゴルドーをコーナーに押し込んだ。
ゴルドーがフロントチョークを狙う。
中井がゆっくりと体を下げながらそれを外し、ゴルドーの左脚に自らの両脚をからみつけた。
観客がゴルドーの残酷なパウンドを期待して騒いだ。
しかしゴルドーがパウンドを打とうとしたその瞬間、中井が渾身のヒールホールドを仕掛けた。
ゴルドーの上半身がぐらりと揺れ、ゆっくりと倒れていった。
そしてゴルドーがマットを叩いた。
大歓声が起こった。
まさに中井は自らの力ですべてを引っくり返したのである。
クレイグ・ピットマン(Craig Pittman)
準決勝の相手、クレイグ・ピットマンは、アマレスの下地がある選手だったが、中井祐樹は下から腕十字をきっちり極めた。
ヒクソン・グレイシー(Rickson Gracie)
決勝の相手はヒクソン・グレイシーだった。
ヒクソンは顔を大きく腫らしリングに上がってきた中井祐樹に敬意を表したような戦い方をした。
2人の流れるような寝技戦で観る者を魅了した。
そして中井祐樹は敗れた。