石井慧  運動オンチ少年がオーバーワークという暴挙で起こした奇跡。

石井慧 運動オンチ少年がオーバーワークという暴挙で起こした奇跡。

石井慧の幼少児から国士舘大学に入るまで。地球上で60億分の1の存在になる、人類で1番強い男になるための序章。


1986年12月19日、石井慧は、大阪市と京都市の中間にある大阪府茨城市で生まれた。
3950g、約4㎏という巨大な赤ちゃんで、高校教師をしている両親が用意していた靴は入らず、その後も桁外れの体重の増え方を示した。
共働きの両親に代わって昼間、石井慧の世話をしたのは祖母、淑子。
石井慧が4歳で保育園に入ったとき、祖母、淑子は入園3ヵ月後に保育士とケンカをして、
「やめさせてもらいます」
といって帰ってきた。
石井慧の物怖じせず、なんでも思ったことを発言し、我が道を行く性格は、おばあちゃん似だという。

家族で海に行ったとき、水中メガネでみる海の生物にすっかり魅了された石井慧は、海に顔をつけたまま、はるか沖までいってしまい、家族はあちこちを捜索した。
「夢中になるとなにもみえなくなるです」
(母、美智子)
普段は非常に財布の紐が固い石井慧だが、夏祭りでカブトムシやクワガタを売る屋台を発見すると5000円を握り締めてカブトムシを購入。
ベランダをケースでいっぱいにして、楽しそうに世話をした。
祖母、淑子が、学校から帰ってきた石井慧が胸ポケットを手で押さえているのをみて、なぜかたずねるとヤモリが顔を出した。
祖母、淑子は
「慧くん、捨ててきて!
はよ」
といったが、石井慧は
「ヤモちゃん」
と名づけて可愛がった。
そして京都の田舎にある母親の実家にいくと、同級生より3回りくらい体が大きい石井慧は肉食獣のように昆虫や魚や動物を追いかけた。

父、義彦は、高校から柔道を始め、日体大に進学。
卒業後、高校で体育教師と柔道部の顧問をしながら、修道館(大阪城公園内にある市立の武道館)でも柔道を教えていた。
母、美智子も日体大出身の体育教師で元ハンドボール日本代表選手。
日体大の先輩後輩である2人は、偶然、同じお好み焼き屋さんに通っていて、店のおばちゃんが母、美智子に
「いい人知ってるし、紹介するわー」
といって引き合わせたのがきっかけだった。
父、義彦は、
「とにかく骨太にしたい」
「サラブレッドではなく道産子のような丈夫な子供にしたい」
と石井慧に、納豆、海苔、じゃこ、野菜たっぷりの味噌汁、そして茶碗のご飯を小指ほどに握り締めた握り飯を食べさせた。
父、義彦は、礼儀には厳しいが勉強ができなくても怒らず、自分が中学生の頃から集めてきた切手シートを息子と娘がちぎって遊んでいるのをみたときも怒らずに寝込んだ。

また決して強制はしなかった。
実は柔道をさせたくて石井慧に柔道着のパジャマを着させ、修道館にもつれていったが、
「道場は楽しい場所だと思わせることが、まずは大事」
と練習させたり、柔道着も着させることもなく、好きに遊ばせた。
そして家では、さりげなく柔道の試合をみたり、柔道や格闘技関係の本やマンガをリビングに置き、さりげなく誘導。
石井慧が
「野球がしたい」
というと
「人が投げたボールを棒で打って拾いにいかせるんやぞ。
お前、そんなことやりたいんか?
男は1対1やろ」
といって
「柔道をやりたい」
というのを待った。
父、義彦は、諭すのがうまく、飼い犬の散歩にいかない石井慧に
「お前が散歩に連れていかんかったら、この子はオシッコができひん・・・」
と物語風に語りかけた。
すると情にモロい石井慧は、最後には泣き出し、散歩に出かけた。

茨木市立大池小学校で、石井慧は寡黙な少年だった。
3年生のある日、先生が
「もっと自分のいいたいことをいえ」
「もっとやりたいことをやれ」
と個性や自己表現の大切さを教え、その中で、
「女の子は化粧してもエエ」
とも発言。
すると翌日、石井慧がファンデーションと口紅をつけて登校した。
石井慧は体は大きかったが、運動音痴で競走ではビリ。
一方、妹、愛は、スポーツ万能で、初めてスケート場にいったとき、スイスイ滑ったが、石井慧は母、美智子の腰にしがみついて離れることができなかった。
Jリーグがブームになり友達とサッカーチームを結成したとき、石井慧はゴールキーパーになったが、あまりの下手さに
「明日から来んでいい」
といわれ、野球でバットを振ってもボールと数十cm離れていた。

「混ぜるな危険と書いてある洗剤をみると混ぜたくなる」
という石井慧は、比較的、理科が得意だが、基本的に勉強の成績は悪かった。
小学校1年生から近所の塾に入ったが、あまり真面目に勉強せず、宿題としてプリントをもらって帰ると、よく家に遊びにくる留学生のマイケルくんに
「マイケル、算数はできるかな?」
とプリントをみせ、算数は数字と記号だけなのでマイケルくんがスラスラと解くと
「すごいマイケル」
とおだてた。
やがて塾から苦情が出てやめるとき、母、美智子が
「お世話になりました」
と頭を下げる横で石井慧は、
「こんなところでやってられるか、ボケ」
といい、後でハタかれ(殴られ)、より厳しい個別指導の塾に入れられた。

柔道を開始。
練習は週2回。
火曜と金曜の夕方から1時間半、市の体育館で行われた。
茨城市内で柔道部がある中学校で3校だけで、小学校だけで終わるケースが多く、この道場も礼儀と体力をつけさせるような練習内容だった。
石井慧は、この道場で目立つ存在ではなく、むしろ一緒に入った妹のほうが、そのセンスやバネ、技のキレで指導者を驚かせた。
「父は自分から柔道を、というまでやらせなかったらしいです。
小さい頃からだと途中で嫌になることもあるので。
それまでスポーツは何もしていなかったのですが柔道を始めるようになりました。
人をスパンと投げる姿がかっこいいと思って始めたのですが、最初はなかなか思うように行きませんでした」

父、義彦は、柔道のほかにも水泳やラグビー、ハンドボールなどなんでもでき、全日本サンボ選手権大会(1979年8月、第8回大会、 90kg級)で優勝したこともあった。
しかし
「ピカイチじゃなかった」
という。
「だからこそ慧には器用貧乏になって欲しくなかった」
と父、義彦は石井慧に、まず

・片足でかけるのではなく両足でかける体落し
・小技として支え釣り込み足
・右利きだったが左組み

を教えた。
石井慧は習得するのに人の倍以上時間がかかったが、
「めっちゃ上手になった」
とウソをつく罪悪感に耐えながらほめ、
「いい意味でスキンシップ、悪くいえば身体検査」
とマッサージしながら体の大きさや筋肉を確認。
よく鍋料理をつくって魚や肉を多く食べさせ、チャーハンには、たくさんの種類の野菜を小さく刻んでご飯と同じくらいの量を投入した。

石井慧は
「飲めるだけ飲め」
といわれ、牛乳を飲めるだけ飲んで吐き出し、
「そのうちこれくらい飲めば吐くという加減がわかった」
父親の影響で料理に興味を持ち、大きくなると
「オムライスは、フライパンでケチャップを炒めて水分を飛ばしてからご飯を入れるとパラパラになる。
卵は白身と黄身を分けて、白身は思い切り空気を入れて泡立て、黄身は潰す程度で混ぜて焼くとフワッとなる」
というほど上手になった。
しかしこの頃は中華料理風に炒めた卵とニンジンを
「ウンパオ!」
と名づけて食卓に出したが、ニンジンが生のままで不評だった。

石井慧が小学校5年生のとき、父、義彦は、強豪、清風中学(大阪府大阪市天王寺区)をお受験させることを決意。
「携帯電話持ち込み禁止」「頭髪は刈り上げ指定」など生活指導に厳しい私立中高一貫校で、偏差値は63。
成績が上位10%、40人のクラスなら4番以内でなければ入るのは難しいが、清風中学はスポーツ推薦はないため、純粋に学力で入るしかなかった。
父、義彦は石井慧を進学塾に入れようとしたが、塾の講師は
「無理です」
といった。
父、義彦は
「最初からそんなこというてどないするんじゃ。
落ちても文句はいわんし、家でも勉強をやらせるから」
とゴリ押し。
石井慧は、以後、2年間、平日は学校が終わった後、22時まで、休日は9~22時まで塾で勉強。
腹が減ると塾の近くにあったうどん屋にいって
「3杯食べたら無料」
にチャレンジした。

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