強きライバルたち
翌月のジャパンカップでは、1番人気に推されたスーパークリーク。
道中4番手で追走し、直線懸命に脚を伸ばしたが、ホーリックスとオグリキャップの
叩き合いに加わることはできなかった。
去年の雪辱を期して臨んだ有馬記念では、直線一旦は先頭に立つも、イナリワンの
強襲に遭い2着に敗れた。
春の淀で偉業達成!
翌1990年。
3か月の休養を経て産経大阪杯に出走し優勝。
天皇賞・春を1.5倍という堂々の1番人気で迎えた。
道中は外目を回されるが、直線に入ってもその脚は衰えることなく、後ろに迫っていた
イナリワンに今度は抜かせなかった。
スーパークリークは、史上初の天皇賞春秋制覇という偉業を達成した。
無念の引退
次走には宝塚記念を予定していたが、またもや筋肉痛を発症し回避。
5か月半の休養を経て京都大賞典を連覇し、天皇賞・秋を目指したが、脚部不安のため
見送り。
復帰は叶わず、ターフを去ることとなった。
25年の生涯を閉じる
2010年8月29日。スーパークリークは繋養されていた北海道・浦河の日高スタリオン
ステーションで息を引き取った。25歳だった。
ライバルだったオグリキャップが同年7月にこの世を去っており、まるで追いかけて
いったかのような最期だった。