「お前に普通の練習は必要ない」
数日後の朝練から廣重師範は八巻建志にスペシャルメニューを課した。
スペシャルメニューは2つ。
1 ベンチプレス台に両足を乗せて腕立て伏せの姿勢。
反った背中に10kgのバーベルプレートを3枚乗せる。
この姿勢のまま15分間。
プレートが落ちると
「はい、もう1回」
と15分間耐えられるまで何回でも続いた。
2 両手を頭の後ろに組んで中腰になる。
くの字に曲がった脚の膝の後ろに木刀の刃を立てて挟む。
この姿勢を15分間。
膝を曲げれば木刀が肉に食い込み、膝を伸ばせば木刀が落ちてしまう。
落ちればやり直し。
八巻建志の体はブルブル震え、脂汗が浮き出た。
「15分経ちました」
「バカヤロウ!!
俺が止めていいというまでだ。
もう10分!」
内弟子の生活
廣重師範は稽古が終わると内弟子全員を自宅に呼んで飯を食わせた。
フライドチキン、サラダ、煮物、おにぎりなどが大皿に山盛りになってドンと置かれた。
「さあ食べろ」
内弟子たちはそれを腹へ詰め込んでいった。
弟子の食いっぷりがいいほど廣重師範は喜んだ。
この食事会では廣重師範の修行時代の話がついてくる。
それは大山倍達のケンカ修行、初期の極真空手の猛者たちの凄まじい練習などである。
「時々、俺もチャンピオンになっていればなあと思うことがある。
お前たちに具体的なアドバイスをしてもっともっと強くしてやれるのに・・・
頑張ればチャンピオンになれるんだと自信を持って言えるのに・・・
残念だよなあ」
廣重師範は、25歳で極真空手に入門し、28歳で全日本大会にデビュー。
全日空大会での最高成績は4位である。
八巻建志は、廣重師範のこの言葉を聞いて目頭を熱くした。
廣重師範の指導する空手が世界一であること自分が証明してやろうと思った。
当時の内弟子のスケジュールは、朝9時、道場入りし掃除と事務処理を行う。
10時から14時まで朝練。
柔軟運動、サンドバッグ、ミット、自由組手。
その後、道場生の指導。
水曜と土曜は国立競技場へ行ってウエイトトレーニングをみっちりと2、3時間。
帰宅は22時くらい。
日曜日が休日となった。
「周囲は「何が楽しいの?」と聞いてきたが、もちろん目的はただ1つ最強の男。
強くなることが楽しいのだ。
彼女が欲しい、旅行がしたい、洒落た趣味の1つ2つもやってみたい。
これでは絶対に勝てない。
「趣味は?」と聞かれると決まってウエイトトレーニングですと答え失笑を買っていたが冗談でもなんでもない。
ウエイトを1人黙々とこなしている時間が1番心安らぐ時間だった」
腹いっぱいに食い物を詰め込みウエイトトレーニングをこなし全身に筋肉のよろいをまとっていった。
体重はすぐに100kgを超えた。
相手の攻撃はがっちり受け止め、逆に突進し体重を乗せた突きと蹴りを叩き込んだ。
道場内の試合では右フックで相手の肋を折った。
相手はその後2年間はまともな組み手ができなくなった。
天才空手家 松井章圭
極真空手第18回全日本大会に八巻建志は110kgの体で挑んだ。
1回戦~準々決勝の4試合は、1本勝ちはないが延長無しの判定勝ちで順調に勝った。
準決勝の相手は松井章圭だった。
スピード抜群の蹴りが上段中断下段とビュンビュン空気を切り裂いて飛んでくる。
それはまるで意志を持つ生き物のように変化した。
突きとのコンビネーションも抜群でつけ入る隙がない。
その華麗な組み手を前に体力とパワーにモノをいわす組み手は空転し、5-0の判定負け。
完敗だった。
最終的に3位入賞。
自動的に来年行われる第4回世界大会への出場権利を得た。
大会後、大山倍達総裁に招かれた。
「よくやった」
大山倍達は分厚い手で肩をたたいた。
「君たち世界は広いよ。
想像もつかないような強豪が山ほどいる
もっと体を大きくしなくちゃ勝てないよ」
ガンダム
1987年3月、八巻建志は20人組手達成し2段となった。
世界大会を8ヵ月後に控え稽古は激化した。
拳で肋骨を折られる者、上段回し蹴りで昏倒する者、上段前蹴りで歯が吹っ飛んだ者・・・
負傷者が続出し、組手の稽古が成り立たなくなっていった。
そこで廣重師範は、八巻建志の相手に胴を覆うプロテクター、手足に分厚いサポーターとグローブ、顔面はヘッドギアをつけさせた。
これで怪我は軽減でき思い切った組手ができた。
この稽古はガンダムと名づけられた。
ガンダムは防具が攻撃力を吸収してしまう。
打っても打っても相手は前に出てくる。
「ガンダムがなかったらお前なんか1発だ」
突然、八巻建志はガンダムを無茶苦茶に殴り蹴りまくり突き飛ばした。
ガンダムは恐れをなしてトイレへ逃げ込んだが八巻建志はトイレまで追いかけた。
他の道場生が止めに入ってなんとか暴走は収められたがガンダムの目には涙が滲んでいた。
「せっかく相手をしてくれているのに、いったいお前は何を考えているんだ!」
廣重師範は怒った。
「とても試合に出場する資格はない。
明日から道場へ来ないでよろしい」
そういってスタスタと去った。
破門宣告を受けた八巻建志に湯沢元美が声をかけた。
湯沢は城南支部で最も古参で廣重師範の片腕的存在だった。
「やばいよ、八巻。
師範、本気だぞ。
あの怒りようはただ事じゃない」
「どうしたらいいんでしょう」
湯沢は顔を曇らせながら腕組みをした。
しばらく思案すると二カッと笑顔をみせた。
「五厘刈りだよ」
「五厘苅りですか?」
「そう!
本当に悪いと反省したときは頭を丸めてお詫びするもんだ。
八巻、今すぐ床屋に行って五分刈りに丸めてこい」
八巻建志は、その日のうちに床屋にいき頭を丸め師範宅を訪ねた。
廣重師範は玄関に出てきた。
「いったいお前は何を考えているんだ」
「押忍、申し訳ありませんでした」
一応これで一件落着となった。
太り過ぎ
10月、世界大会1ヶ月前、
「体重アップが1番」
という八巻建志の体重は120kgに達した。
しかしここで異変が起きた。
階段を上がるだけで息が弾み胸が苦しくなった。
明らかに体重オーバーだった。
急激に減量に転じて110kgまで落とした。
11月6~8日、極真空手第4回世界大会が東京九段の日本武道館で行われた。
ヨーロッパ最強の男:ミッシェル・ウェーデル、ブラジルの業師:アデミール・ダ・コスタ、黒豹:マイケル・トンプソンなど外国強豪選手の出現。
中村誠という絶対王者の引退。
日本の王座死守は危ないと思われた。
15人の日本代表の控え室には異様な雰囲気が漂った。
選手は空手母国のプライドとプレッシャーに苦しめられ、まるで殺し合いに出て行くような、そんな殺気が充満していた。
八巻建志は1回戦、2回戦、3回戦は判定勝ち。
4回戦の相手は、優勝候補の一角、ブラジルのアデミール・ダコスタ。
試合が始まるとアデミールは柔軟な上段への蹴りを飛ばした。
八巻建志はがっちりブロックし突きと蹴りを返すが軽快なステップで逃げられる。
本戦、延長1回、2回と決着はつかず勝負は体重判定へ。
10kg以上の差があれば軽いほうの勝ちとなる。
アデミール・ダコスタ、85kg。
八巻建志、110kg。
25kg差でアデミールが勝った。
決勝戦は、松井章圭 vs アンディ・フグだった。
アンディ・フグは戦前はノーマークの選手だったが爆発的な強さで勝ち上がった。
その踵落としはスピーディーで破壊力があり1本勝ちを量産した。
過去にも極真空手の選手でも踵落しを使う選手はいるにはいたが、一撃必殺の技にまで磨いたのはアンディ・フぐが初だろう。
しかし松井章圭は踵落としに下段後ろ回し蹴りを合わせた。
アンディが軸足を払われて倒れた
0.何秒の間違いで踵落しが顔面が入るかというタイミングのカウンターだった。
しかし互いに決定打はなく一進一退で本戦が終わる。
延長戦でアンディの突きが誤って松井の顔面に入り、反則による注意1が与えられた。
アンディ・フグは両手で顔を覆った。
その後、逆転を狙ってアンディ・フグのパワフルな攻撃が松井章圭を襲うが松井章圭を崩すことはできず、松井章圭の勝ちとなった。
結果的に大きいと思っていた外国人選手にしても、
2位のアンディ・フグ、89kg
3位のマイケル・トンプソン、83kg
5位のアデミール・ダ・コスタ、85kg
197cmのミッシェル・ウェーデルでも100kgあるかないか。
八巻建志の110kgは明らかに太り過ぎだった。
体重=強さというのは幻想だった。