人生を狂わせたイタズラ
生まれたときの体重は4500gという巨大児だった。
幼稚園児時代に転がったサッカーボールを追って道路に出たところ、トラックと激突。
10m吹っ飛ばされ、周囲が
「死んだ」
と思う中、ムクッと起き上がり
「おうちに帰る
バナナ食べたい」
とスタスタ歩いていった。
まったく無傷で病院も行かなかった。
小学生時代、ブルース・リーに感動し、ビニールパイプをつなぎ合わせてヌンチャクをつくり、上半身裸で
「アチョー」
と振り回した。
中学校入学時、160cm、40kgというヒョロヒョロの体型だった。
長かった髪を切りスポーツ刈りになった。
部活動は野球部に入部した。
「どうせなら剃りを入れたらどうだ。
スポーツ刈りに剃り込みは似合うぞ。」
入学して数日後、兄がそういって嬉々とカミソリを入れた。
「どうもうまくいかない。」
しきりに首を捻りながら兄はカミソリを動かした。
「よく似合ってるぞ!」
そういう兄は顔がヒクヒクなっていた。
無残にも額から側頭部へ稲妻のような凄まじい剃り込みが2本入っていた。
翌朝、登校すると一躍注目の的だった。
職員室に呼ばれ、
「明日から丸坊主にして来い!」
と黒マジックで剃り込みを塗りつぶされた。
数日後には、教師だけでなく5~6人の上級生の不良グループにも目をつけられ体育館の裏に連れ込まれた。
そして
「制裁を加える」
とリンチが始まった。
顔を殴られ腹を蹴られ倒れこんだ。
喧嘩など1度もしたことがなかった。
サンドバッグのように殴られ蹴られた。
「剃り込みしているのにとんだ根性なしだな」
翌日から彼らは抵抗しないからだの大きな獲物に背後から飛び蹴りを食らわせ、便所で小遣いを巻き上げ、全身に唾をはき、やりたい放題やった。
八巻建志は何もできなかった。
抵抗しても喧嘩慣れした連中に勝てるわけがない。
下手すると殺されるという恐怖感。
周囲は触らぬ神に祟りなしとばかりに見ぬ振り。
家族に知られるには情けなく恥ずかしい。
誰かに相談すれば、いっそうエスカレートするかもしれない。
結局すべてをあきらめ、耐えるしかない。
真っ暗闇を袋小路に追い込まれ成す術もなく時が解決するのを待つ。
陰湿なイジメは、明るかった性格を内向的で陰惨なものにしていく。
滅多に口はきかない。
いつも暗く鬱々し、いつも下を向いて歩いた。
成績もみるみる低下した。
出会い
「なんでオレばっかりこんな目に・・・」
「どうしたらこの地獄から抜け出せるんだろう。」
ある日、ふと1冊の漫画が目に入った。
家には格闘技好きの兄のおかげで格闘技漫画の山があった。
タイトル:「虹を呼ぶ拳」
原作:梶原一騎
画:つのだじろう
ひ弱な運動オンチの少年が空手を修行し鬼神のように強い人間に生まれ変わる-という物語。
むさぶるように読んだ。
そして泣いた。
「自分と同じじゃないか。」
「空手をやればこの自分も強くなれるかも・・・
この地獄を抜け出せるかも・・・」
「タイガーマスク」
「あしたのジョー」
「空手バカ一代」
次から次に読んだ。
暗闇に一筋の光を見た気がした。
すべて梶原一騎作品だった。
賛否両論ある作家だが、たしかにこの人の作品には人を勇気づけ鼓舞する何かがある。
少なくとも大げさではなく八巻建志の人生は、これにより変わった。
修行開始