映画「対馬丸・さようなら沖縄」とは?

1982年
原作:大城立裕
脚本:大久保昌一良+千野皓司
監督:小林治
対馬丸製作委員会
トラウマ映画とも言われる「対馬丸 さようなら沖縄」」

公民館などで観た、という人が多いです。
小学生の時の夏休みにスーパーの2階で上映会が。わ~いアニメ♪と予備知識無しで出かけ、涙でズルズルになって帰った。「死にたくない」って思った。
http://cinema.intercritique.com/movie.cgi?mid=8727CinemaScape/対馬丸 −さようなら沖縄−(1982/日)
いつか子どもを授かったら・・・観せます。トラウマになっても観せます。この世界には持っているべきトラウマもあるのだから。そして私はその全責任を背負って傍にいてやれる親になります。
http://cinema.intercritique.com/movie.cgi?mid=8727CinemaScape/対馬丸 −さようなら沖縄−(1982/日)
これは、小学校で夏休み登校日に見ました。それっきり見たことないはずなのに、鮮明に覚えています。ほとんどトラウマ。
http://cinema.intercritique.com/movie.cgi?mid=8727CinemaScape/対馬丸 −さようなら沖縄−(1982/日)
「対馬丸 さようなら沖縄」は、大きい劇場での公開はされておらず、主に各自治体の催し物として公民館などで上映されたり、学校の体育館、社会・道徳の授業などに視聴覚室で子供・生徒たちに観せたようです。
私も小学生の頃、毎年夏休みに入る一学期の終業式の夜、通っていた体育館で「お楽しみ会」のようなものがあり、その時に「対馬丸 さようなら沖縄」が上映され、対馬丸の事件やこの映画の存在を知りました。当時小さい子供の映画といえば「東映まんが祭り」などでしたから、低学年だった私には「きもだめし」より怖かったのをよく覚えています。
対馬丸事件とは?


当時の対馬丸の事故を伝える新聞
大分予科練資料館 No.③|その他/その他|愛車フォトギャラリー|Marie's Garden|みんカラ - 車・自動車SNS(ブログ・パーツ・整備・燃費)
1476名の犠牲者のうち、728名は学童疎開した子供たちでした。728名のうち生き残った子供は、わずか59名(!)でした。犠牲者の中には、内地に行けば危険はないからと言われ子供たちと一緒に疎開したお年寄りや赤ん坊をつれたお母さんもいました。
対馬丸記念館 | 対馬丸記念館は、対馬丸事件の犠牲者の鎮魂と、子供たちに平和と命の尊さを教え、 事件を正しく後世へ伝える為に対馬丸撃沈から60年目に沖縄県那覇市に開館しました
主な登場人物

右:清(声-田中真弓)、中央:勇(声-安達忍)、左:健治(声-丸山裕子)
『対馬丸 さようなら沖縄』(1982) - Good Timin'

宮里先生(声・安原義人)
けん

左:とんちゃん中央:陽子(声・小林優子)左:弘子先生(声・酒井ゆきえ)
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ストーリー

子供達が「対馬丸」に乗るまで

清たち3人組の通う国民学校は、夏に入る頃から兵隊の宿舎としても使われるようになっていた。
けん

学校で本土への疎開を説明する宮里先生。生徒たちは「軍艦に乗れるんですか?」と無邪気。
けん

生徒たちの家を訪問し、疎開に消極的な親や子供を説得する教師たち。
けん

「ぼくも行くよ!これで友情を裏切らないよね!」
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市長(声・納谷悟朗)は疎開の「参加者が少ない!」と声を荒げる。
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陽子の祖母は「ここで生まれて育った、動きたくない」と疎開に参加したくないと最後まで参加をしぶっていた。
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そして出航

「荷物に黒砂糖を入れておいたから大事に食べるんだよ」母は興奮して寝付けない清の疎開の支度で明け方まで眠らなかった。
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沖縄から離れるのを最後の最後まで嫌がる陽子のおばあ。
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軍艦で行くと聞かされていたが、港にあるのは商船ばかり。
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沈没

「起きろ~!!」生徒たちを必死に起こして回る宮里先生。
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必死に縄梯子を登る生徒たち。激しい揺れから次々と落下していく。
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混乱の中、妻と娘きょう子と再会し3人で非難ボートに乗り込もうとする。
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対馬丸での清たち
乗船した夜、「絶対甲板に出ない、夜は電気をつけない、絶対に騒がない」など生徒たちに注意する宮里先生。
「修学旅行気分」だった清たち3人組はがっかりするが、好奇心旺盛の3人は船内を探検したり食堂にいた猫を見たりと自分たちなりに船を楽しもうとしていた。が、すぐに縄梯子を登る訓練や、救命胴衣の付け方などの指導が始まる。その夜から子供たちは救命胴衣をつけたまま甲板上で寝るようにとの指示が入った。

決まりごとの説明をする宮里先生。子供たちは小声でブーイング
けん

船内を探検する3人。すぐに兵隊に怒られる。
けん
先生の「起きろ!」という怒鳴り声で目を覚ました3人。救命用ボートや筏が次々と海上に投げ出され、大人も子供も海に飛び込んでいく。黒砂糖の入った荷物を取りに下に戻ろうとする清だったが、下から甲板に出ようと上がって来る人たちに押され戻れず、突き飛ばされ落下しそうになる。荷物をあきらめ健治とふたたび合流したが、勇が目を見開いて死んでいた。勇の死体は濁流に呑まれていく。
「俺たちはいつでも一緒だ!」友情を誓い合った3人。清と健治は勇の体を追いかけるように海飛び込んだ。

荷物の下敷きになっていた健治と合流。
けん

「勇ちゃーん!」ピクリとも動かない勇むは海水に飲み込まれていく。
けん

健治は「俺たちはいつも一緒だ!」と清に言い、2人は勇の流れていった方向に飛び込む。
けん

海に飛び流れてきた筏に掴まる清。目の前には健治が流されていく。「健ちゃーん!」何度呼んでも健治は清を見ることも返事をすることもなかった。
けん

爆発しながら沈んでいく対馬丸。
けん
漂流

筏の奪い合い
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飢えと乾き
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夜の寒さ
けん

サメの恐怖
けん
生還
陽子の乗った筏は流されるままに島に漂着する。砂浜には無数の死体が並べられていた。呆然と見つめる陽子は弘子先生と再会した。

流れ着いた遺体なのか、辿り着いてすぐ亡くなったのか・・・。
けん

「ごめんね!ごめんね!」弘子先生は泣きながら謝り続けた。
けん
鹿児島の病院で検査をした陽子は「足の指を切断しなければならない」と診断されるが、けなげに「足くらいなくたって大丈夫!」と言う。病院内で弘子先生と陽子は宮里先生と再会する。
「戦争は武器を持たない人間を巻き込んだと身にしみてわかりました。疎開をすすめた私は子供たちにどう謝ったらいいのか。」と言う弘子先生に、「教育者としての信念は間違っていなかった。」と言う。
怒りで睨みつける陽子の顔をまともに見ることができない宮里先生。「娘のきょう子も5歳で戦死しました。」と、死んだ生徒やきょう子は戦死したと自分に言い聞かせる宮里先生に、「小さな子供を戦死させるなんて間違ってます!」弘子先生は声を震わせた。

陽子の怒りをまっすぐ向ける瞳に顔を背ける宮里先生。
けん
乗っていた筏が漁船に助けられた清は同じく生き残った子供たちと共に沖縄に戻された。家に帰される前に那覇警察署に連れて行かれ、「対馬丸のことを話したらスパイとみなす!スパイは銃殺!」と脅されたのだ。家に戻り何を聞かれても答えない清。母は毎日「帰ってこない子供たち」の家族から事情を聞いてくれと頼まれていて困り果てていた。それでも清は口を閉ざし、押入れの中で1人辛さに耐えるのだった。

押入れの中で1人で泣く清。
対馬丸さようなら沖縄 - Twitter検索

涙を指にとり押入れの中で口に出せない言葉を書いた。
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ラストシーン
10月10日、清の住んでいる地域にも空襲が始まった。家が倒壊し父親は清を庇い死んでいた。

父が清を庇い亡くなる
けん

生き残った母と2人きりになった清は、とうとう言えなかった言葉を口にする。
けん

エンドロールでは亡くなった生徒たちの名前と年齢が流れる。
けん
対馬丸からどうにか筏に乗り、過酷な漂流をした小学生に、「話したら銃殺!スパイ!」とさらにプレッシャーをかけて脅す警察に激怒し、押入れで母に伝えたいけれど口に出せない「しんだ」という文字を涙で書く清に号泣しました。
オープニングから沈没までのダイジェスト
対馬丸事件を題材にした少女漫画

1975年「デラックスマーガレット・夏の号」に掲載された「「ああ七島灘に眠る友よ!―疎開船「対馬丸の悲劇―」
くだん書房:目録:マンガ:雑誌:集英社:デラックスマーガレット

1976年単行本化されてます。残念ながら購入困難作品。
まんだらけ中野店 3F 本店 木内千鶴子「ああ七島灘に眠る友よ!」入荷 - まんだらけトピックス
清役の声優はルフィーの田中真弓

☆ちなみに健治役の声優さんはカンタの母ちゃん丸山裕子
