試合後、
会社のフロントに呼び出された
「クビ!」も覚悟したが
「おもしろかった!
こんなことができるのに、何でやらなかったんだ?」
と褒められた
長与と飛鳥は
タッグを組もうと
そしてその名前を決めようということになった
そのころは新日本プロレスでは前田日明がヨーロッパから凱旋帰国して
「クラッシャー」と呼ばれ人気を集めていた
「クラッシュギャルズ」の誕生だった
クラッシュギャルズ
長与と飛鳥は
張り手、顔面への蹴り、張り手・・・・
ケンカスタイルを貫いた
そしてやられてもやられても立ち上がった
人気は加速していった
ティーンエージャーの女性ファンを中心にファンが急増し
7割程度だった大会場の客の入りが超満員になった
紙テープも数本しか舞わなかった
それが数十本、数百本と増えていき
最終的には何千本という数字になった
年間最高310試合
年間8試合だった長与は
クラッシュギャルズ後は年間最高310試合をこなし
他に芸能の仕事などもした
【連載】長与千種「レジェンドの告白」
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