父は救急病院に向かった
肋骨が折れていた
その翌年
24時間テレビの中継で
長与は長崎からのリポーター役をしていた
募金のコーナーでは、何百人もの人が並んで
長与に募金を渡していた
そこに父と母が親戚を連れて並んでいた
郵便ポストの貯金箱持って
収録が終わり
待っていた父に
長与はようやく「ごめんね」といえた
父は「うん」というだけだった
【連載】長与千種「レジェンドの告白」
ある日
長与は
長崎の病院からの電話で
父が膵臓ガンで緊急入院したことを知らされた
余命3か月
長与は告知役を願い出た
「ごめん、親父、ガンだって」
「あとどれぐらい生きられる」
「3か月だって」
父は病院を出て家に戻るといいだした
通帳や実印を長与に預けると
「坊主はいらん
お前が喪主をやれ」
と命じた
再度入院し
全身麻酔をかける前
父は長与にいった
「もう1回(お前のプロレスを)見せてくれ」
これが遺言になった
母、スエ子さんは
大村市の介護施設で暮らしている
心臓とぼうこうに重い病を患い進行性のリウマチとも闘っている
身体障害者1級で要介護のレベルは5
長与が「東京で一緒に暮らそう」と誘っても決して首を縦に振らない
父のお墓が大村にあるからだ
1億円を超える保証倒れを背負ったときも
父とは決して別れようとしなかった
むしろ運命共同体のように働きしっかり横に寄り添っていた
30年ほど前には
子宮がんを患い手術した
このとき全日本女子プロレスの選手は輸血に協力した
スエ子さんは
お父さんが亡くなられてからめっきり元気がなくなった
【連載】長与千種「レジェンドの告白」
長与は
父と母が住んでいた家を引き払い
新しく家を借りた
母がいつ入院先から「家に帰りたい」といってもいいように
真新しいクローゼットには
父のお気に入りのスーツと
長与の私の全日本女子プロレス時代の赤白のジャージーが
仲良く並んで母の帰りを待っている
【連載】長与千種「レジェンドの告白」