やがて進路を決める季節が訪れた
長与に高校進学はあり得なかった
空手で推薦入学の話もあったが
お金の面倒はかけられない
働くしかなかった
「私、プロレスラーになるしかない」
そんな時、
月刊「平凡」に
「女子プロレスラー募集・月収10万円」という広告をあった
進学の3者面談で父が一時帰ってきた時
「プロレスラーになる」と告げた
父は「だったらボートレーサーにならないか?」と言った
しかし心は決まっていた
長与の通っていた玖島中学校で
就職の道を選んだのは彼女が初めてだった
それでも担任の先生は
「15歳の女の子が自立して何かをやろうとしているんです
お願いします」
と校長先生に掛け合って応援した
プロレスラーになると決めたからには体をつくるしかない
ソフトボールと空手は続けていたから
あとは食べるだけ
弁当のほかに購買部で残ったパンを取っておいてもらったりして
必死に体重を増やした
身長160cmで体重は70kgになった
しかし間が悪いことに
その年の公式オーディションはもう終わっていた
長与は熊本のプロモーターに履歴書を送った
すると別枠でテストを受けることができるようにしてもらい
それまでは「自宅待機」となった
学校は受験勉強のシーズン
長与はお小遣いをためて
クラスの人数分=40本の鉛筆を買って皆に贈った
やがて長与にも
全日本女子プロレスから合格の通知が来て上京することになった
長崎空港には40人以上の友人が見送りにきた
全日本女子プロレス
全日本女子プロレス道場跡地
目黒区にあった全日本女子プロレスは
4階建てのビルで
1階に道場と事務所
屋上に合宿所があった
長与は布団を担いで階段を上っていった
両親も来ていたが規則で入れなかった