一枚もののカレンダー
信念と理想と軋轢と確執
諸刃の剣
しかし佐山の参戦はUWFにとって諸刃の剣だった
まず佐山は参戦の条件として
一部のフロントの追放を挙げていた
新間寿追放
これにより新間は正式にUWFから身を引き
その後、新日本の裏方に戻った
タイガージム
また佐山はすでに自分の道場
(タイガージム(二子玉川)、後に移転しスーパータイガージム(三軒茶屋))
を立ち上げ
(金銭的に他のメンバーに比べ有利な状態だった)
「理想の新格闘技」を模索していた
会員証
それはしっかりしたルールに則った格闘技で
佐山はその格闘技を「シューティング」、
その格闘技の選手を「シューター」と呼んだ
ルールづくり
理想に燃える佐山はUWFのルールに口を出した
そして実際に
「ノーフォールマッチ」
「Aリーグ、Bリーグの2リーグ制」
リーグ戦の戦績から「ランキング導入」
「反則をより明確にする」
「フォールは体固めとブリッジフォールしか認めない」
「減点ポイント制を導入しロープエスケープを繰り返しポイントがなくなった時点で負けとなる」
「UWF認定のキック専用シューズ以外を付けてファイトする時はキック攻撃を行ってはならない」
など新ルールマッチが実験的に実行されていった
佐山聡と前田日明
しかし、
これは佐山以外の選手にとってはフラストレーションだった
彼らにしてみれば旗揚げから苦労を重ね、
やっとUWFが認知され始めてファンを獲得し
そこに後からポッと来た佐山が偉そうに次々と新しいことをやれと言ってくる
決して面白くはないはずである
UWFは佐山が加入したことで格闘技色が濃くなっていった
「UWFはプロレスではなくシューティングで自分達はシューター」
「自分はカールゴッチより強い」
佐山のこうした発言も
その他の選手の一部との確執が高めていった