前田日明が仕掛けた
1985年9月2日、
大阪府立臨海スポーツセンターで
前田日明が佐山聡に一方的に喧嘩マッチを仕掛けた
前田は
ラフな張り手、膝蹴り、グラウンド状態の佐山にローキックなど
尋常ならざる精神状態で尋常じゃないファイトを仕掛けた
攻防の中で佐山は前田の蹴りが自分の金的に当たったとアピールし
レフェリーは試合を止め
18分57秒、スーパー・タイガーの反則(金的蹴り)勝ちとなった
前田の蹴りは実際には佐山の下腹部には当たっておらず
佐山が喧嘩を回避するため一方的に試合を終わらせたものと見られている
UWFの不協和音が表に噴出した瞬間だった
(この後佐山聡はUWFへの参戦をキャンセルした)
UWF崩壊 新しい道へ
UWF崩壊
1985年9月11日、
UWFは崩壊した
新日本に復帰
前田日明、藤原喜明、木戸修、高田伸彦、山崎一夫らは業務提携という形で新日本に復帰し
シューティング(後の修斗)
佐山は理想の格闘技「シューティング」(後の修斗)の創設に力を注ぐことになる
「全日本プロレスに来ないか」
前田日明は
ジャイアント馬場に「全日本プロレスに来ないか」と誘われたが、
全日本が雇うのは前田と高田延彦の2人だけということだったので
他のレスラーの事も考え断ったという
佐山は
『ケーフェイ』を出版
プロレス界の実情を暴露
「ケーフェイ」は
聞かれるとまずい会話をしている時に他人が入ってきた際、
話題を変えるための合図に用いる隠語であり、
かつ詐欺師、インチキ、捏造などの意味があるという
「Fake」のkeとfaを入れ替えたともいわれる