売れっ子になり、1日に数番組を収録し、1週間に10回以上新幹線に乗り、タクシー移動も増えたブラックマヨネーズ。
ある日、タクシーの中で吉田敬が
「ちょっと話あんねん」
といった。
「聞きたいんやけど、タクシーの後ろにこんもりなってるところあるやん
お前、あのこんもりに足置いてるときあるやん。
アレ、なんのつもり」
「エッなにが?」
「いやっ、あのこんもりって誰のこんもり?」
「ハッ?」
「俺も置きたいけど、俺のでもお前のでもないからこんもりに置いてへんのに、なんでお前はこんもりに足置くの」
「こんもり戦争」をしたくない小杉竜一は、以後、運転手の横の席に乗るようにし、前後に座った状態で会話。
吉田敬は、小杉竜一が助手席に座るようになっても
「こんもりは利用していない」
また運転手の後ろではなく、必ず小杉竜一の後ろに座る。
「運転席の後ろは安全といわれているから、小杉を前に行かせておいて自分だけそこに座るわけにはいかない」
といいつつ、小杉竜一の携帯電話の画面をチェック。
ある日、テレビ局の直前で吉田敬が
「ちょっと買い物していくわ」
といって降車し、コンビニへ。
小杉竜一は、前に乗ったまま、運転手と2人で移動し、
「タクシーの見習いみたいやった」
240連勤し1日休んで80連勤など、M-1優勝後、忙しくなりすぎて、しんどくなってきた吉田敬は
「俺より精神的に参ってるヤツ」
をリサーチ。
そして賞レースで結果が出ず、コンビ仲もギクシャクし、舞台の漫才もウケず、心を病み、心療内科に通うノンスタイルの石田明を発見。
石田明を飲みに誘い、
「番組中もストレスで手がしびれてくるんや」
というと
「それは気づいていないうちに過呼吸です」
「夜寝てると呼吸の仕方がわからなくなるんや」
というと
「自分の呼吸リズムをメトロノームに登録して、それを聞きながら呼吸するんです」
などと石田明から的確なアドバイスを受けながら、
「自分よりしんどいやつもおるんや」
「自分はマシや」
と癒された。
石田明は
・毎回行くのは同じ「魚民」
・頼むメニューも同じ
・会計も同じ
・最初のビール1杯は飲ませてもらえるが、後はボトルキープしている焼酎のみ
という吉田敬の金に対するシビアさに驚愕。
吉田敬は石田明によって楽になったが、石田明も
「これだけ面白い吉田さんでも悩むんや」
「こんなガサツな人でもしんどくなるんやから、自分がしんどくなるなんて当たり前や」
と気持ちが解放され、ノンスタイルは、関西の賞レースを総ナメ。
ある賞を獲ったとき、吉田敬にお祝いとしてすき焼きをオゴってもらったが、18000円のレシートをみせられ、
「これだけの金あったら、俺が他に何ができたか、100個考えてこい」
といわれた。
吉田敬は、30歳のとき、難波から車で数分、上本町3階建の3階の角部屋、12畳のリビング、8畳の寝室、46平米の1LDK、家賃7万円のマンションを借り、32歳でM-1で優勝し、全国区へ進出すると同じ上本町の8階建ての8階、4LDK、100平米以上、家賃15万円のマンションに、洗濯や掃除をしてくれる売れていない後輩と一緒に住んだ。
そして34歳のとき、1年のうち、東京のホテルで100泊以上するようになると東京で1人暮らしすることを考え、
「知り合いの知り合いの不動産屋」
に
・東京の各テレビ局にタクシーで30分以内
・駐車場つき
・壁が薄くないこと
・1DK以上
という条件をリクエストして物件を探してもらった
やがて六本木から車で10分くらい、東京都港区三田の物件を紹介された。
30歳のときに住んでいた上本町の7万円のマンションとそっくりの間取りなのに、
「駐車場代別で20万円です」
といわれ、
(騙されてる‼)
と思った吉田敬は、知り合いの知り合いの不動産屋のアゴを殴りそうになりながら
「あり得んやろ‼」
しかし知り合いの知り合いの不動産屋は
「僕、ブラマヨさん大好きなんで一生懸命、ここ数日、ずっと吉田さんの条件に合う物件探したんです」
そして目に涙を浮かべて
「それが東京なんです」
といった。
その言葉を聞いて吉田敬も号泣。
東京、三田で大の男が2人で泣いた。
番組で東野幸治に
「ブラマヨが優勝したときのM-1って何組エントリーしてたんでしたっけ?」
と聞かれると間髪をいれず
「3378組です」
とドヤ顔。
「これをいえなくなったときは、俺を老人ホームに入れてください」
と王者のプライドをみせる吉田敬は、M-1優勝後、数年間、ほぼ毎日、M-1Tシャツを着用。
それは胸に
「M-1 GRANDPRIX」
背中に
「We Are The Champion」
と書かれたTシャツで、後輩に、
「色が剥げてる」
「濡れた犬のような匂いがする」
といわれても無視。
先輩に
「過去の栄光にしがみついてる」
といわれると
「いやあのね、獲ってみてくださいよ。
チャンピオンになってみてくださいよ。
まだ我慢してるほうですよ」
と訴えた。
ブラックマヨネーズは、
「ポジティブな小杉、ネガティブな吉田」
というイメージが定着していたが、吉田敬が
「シャレならん」
と思ったのは、小杉竜一が1人だけで大阪府枚方市にある遊園地「ひらかたパーク」のCMキャラクター「ひらパー兄さん」に選ばれたときだった。
大阪府枚方市枚方公園町1-1にある「ひらかたパーク」、通称「ひらパー」は、広さ約16ヘクタール、甲子園球場の約4個分。
最高速度70km/hのローラーコースター「レッドファルコン」、イタリア製のメリーゴーランド、ドイツ製のウェーブスインガーなどのアトラクション。
夏はひらかたファミリープール、冬はイルミネーションや屋外アイススケートリンク。
ミニ動物園やバラ園もあり、年齢を問わず楽しめ、園内はゆったりとした時間が流れ、近隣住民の憩いの場にもなっている。
そんな「ひらパー」だが、吉田敬にとっては、父親が働いている京阪電車がつくった遊園地。
小杉竜一に、
「収入的な問題もある」
「裏があって表がある。
俺がいてお前の明るさがあるのに」
「(CMの最後に)俺が是非、来てねっていわせてくれ」
と訴えたが、
「お前は楽しいところのキャラクターにはなれない」
といわれ、CM撮影で小杉竜一だけ仕事、自分は連休という屈辱を味わった。
小杉竜一が独特のスマイルと親しみやすさ、
「ひらパーで、○○っちゃえよ」
でブレイクする中、吉田敬は様々な番組で、小杉竜一はユニバーサルスタジオジャパンが大好きでひらパーには1度しか行ったことがないと曝露。
これで小杉竜一の「2股疑惑」が発覚。
ひらパーが不信任案を出し、「ひらパー兄さん選挙」が行われることになり、吉田敬は
「父親がひらパーを経営する京阪電鉄の社員」
「幼い頃から何度もひらパーに来園した」
「自分のほうがひらパー兄さんにふさわしい」
と立候補。
「2代目ひらパー兄さん」の賭け、初代ひらパー兄さんである小杉竜一と対決することになった。
2010年4月、本格的な選挙ポスターをつくられ、大阪・天満橋で行った街頭演説では、女性問題の暴露合戦。
吉田敬のに激しい「2股疑惑」追求に、小杉竜一は
「記憶にございません」
吉田敬が
「いまだに「ヒ~ハ~」とかいってる奴はどうかしてるぜっ!」
と怒りを露わと小杉竜一は、
「ひらパーで、投票っちゃえよ」
と互いの足を引っぱり合った。
2010年7月10日~11月23日(いい兄さんの日)の来場者投票によって、どちらがひらパー兄さんにふさわしいかを決定。
有権者は、すべての人で年齢・国籍も問わない。
投票方法は、ひらかたパーク園内で配られる規定の用紙に支持者の名前を記入する。
オフィシャルサイトでは、「ひらパー兄さん選挙」特別ページを設けられ、政見放送やCM動画を配信。
2人は、以下のようなアニフェストを作成した。
----------------------------
小杉竜一
・子供のボケつっこみ教育
相手の気持ちが読める、場の空気が読める子どもの感性を遊園地の遊びを通じて育める環境を整備します。
・肉食系子供の育成
告白したくなる演出を整備し、恋に臆病になることなく、好きな子にはちゃんと気持を伝えられる子を育成します。
・小杉竜一体型の子供の推進
売店・レストランメニューに高カロリー商品を導入し、ポッチャリかわいい子どもを養成します。
・子供の毛根育成
子どもの将来を見据え、園内で毛に効く商品を展開します。
・子供になる
好きなものは好き。
どっちも好きなものは好き。
自分に正直に子ども目線のキャラクターを目指します。
吉田敬
・ひらパー一筋
対立候補のように、某テーマパークに浮気することなく、ひらパーへの愛を貫きます。
・美顔の徹底
遊園地のキャラクターに相応しい爽やかさを身につけるために、寝る前の美顔ケアを欠かしません。
・笑いより、笑顔
笑いをとることは一旦忘れ、お客様が笑顔になれるような吉田スマイルを磨いていきます。
・ 親子の絆の強化
現代社会で希薄になりつつある親子の関係を再認識してもらうために、元京阪社員の父と2人3脚で取り組みます。
・後輩芸人のフル活用
私に賛同してくれる芸人仲間を大切にし、兄さん交代を実現するため、すべての手を尽くします。
----------------------------
敗者には
・小杉竜一 モヒカン
吉田敬 「鼻にシリコンいれてハッサクみたいにする」
・
という罰ゲームが与えられる。
投票数は公表され、負けている吉田敬は、「がんばれ吉田!」キャンペーンを開催。
「吉田新聞」なるPR紙とあらかじめ吉田の名前に○をつけた投票用紙を配布し、会場内の特設ステージに小杉竜一と登場し、
「私、今まで小杉竜一の恋愛も全部みてます。
25歳の女性とつき合って30歳になったらポイ。
26歳の女性とつき合って30歳になったらポイ。
こんな人間に"ひらパー兄さん"やらせても、あと4年も経てばポイですよ」
「お前の安っぽい笑顔に騙されてるだけや!」
最後は2人で
「みなさん、こうやって出会えたわけですから、用紙も握っているし、投票しないとどうかしてるぜっ!」
「俺だってまだ票を伸ばす気ありますから!
ヒーハー!」
と投票を呼びかけた。
最終的な来園者投票の結果は
小杉竜一(現職) 117567票
吉田敬(新人) 70076票
と小杉竜一が4万票以上の大差をつけて圧勝。
吉田敬は
「鼻にシリコンいれてハッサクみたいにする」
といっていたが
「半日スタッフを2回」
という罰ゲームを受け、売店でアイスクリームを売ったり、園内の掃除、スケート靴の整理などを行った。
ひらパー兄さん(小杉竜一)が2期4年の任期を終え引退することが発表され、4年間の歴史を振り返る展覧会を開催。
直後、ひらパーがある枚方市出身の岡田准一が「超ひらパー兄さん」に就任。
小杉竜一は番組で岡田准一と共演したとき、
「今、岡田さん、超ひらパー兄さんですよね。
僕もひらパー兄さんやった時期があるんですよ」
と話しかけ
「そうですよね。
元ですよね」
「ひとつ僕が聞いた話で僕がひらパー兄さんやってるとき、V6のライブのMCで「枚方生まれ、枚方育ちの僕のほうが『ひらパー兄さん』にふさわしい」みたいな話をした瞬間、ひらかたパークの人間が即飛びついたって聞いたんですが、その噂はホンマですか?」
と確認すると
「手紙を頂きましたね。
丁寧な」
といわれ、
「丁寧な!?」
と驚き、
「熱い手紙貰ってないですか?」
と聞かれると、
「ない!」
と叫んだ。
2014年、ひらかたパークは、「年間来園者100万人達成できなかったらさようなら」キャンペーンを実施。
それは「年間来園者数が100万人に達しなければ、超ひらパー兄さん(岡田准一)が園長解任」というもの。
園長解任になればタレント活動にも悪影響が及ぶことが危惧される中、
「図書館戦争」 ⇒ 「図書館便乗」
「永遠の0」 ⇒ 「たいくつな時間0」
「蜩ノ記」 ⇒ 「枚方ノ記」
「エヴェレスト 神々の山領」 ⇒ 「ええベスト 中々の温もり」
「海賊とよばれた男」 ⇒ 「結局やらされた男」
「関ヶ原」 ⇒ 「関ヶ原から徒歩23時間」
「散り椿」 ⇒ 「散り企画」
「来る」 ⇒ 「盛る」
「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」 ⇒ 「ザ・イレカワル 苦肉の策や」
「燃えよ剣」⇒「燃えよ剣先イカ」
など岡田准一が主演した映画や大河ドラマをパロディ化したポスターを制作。
岡田准一の目をプリントしたアイマスクをしてコースターに乗り、恐怖感を倍増させる「目隠しライド」や、清涼剤を首に塗ることで体感速度とスリルが少しだけアップした気になる「スースーライド」など企画を実施。
見事に来園者数100万人を突破(116万人)
一方、吉田敬は、サッカー日本代表のエース、本田圭佑がイタリア北部の都市、ミラノを本拠地とする名門、ACミランに入団。
その記者会見で外国人記者からの質問に通訳を使わず、自分で英語を話して答えるのをみて
「サッカーすごいのに英語まで話せるんかい!」
と感動。
翌日の夜、後輩と飲みに行って泥酔。
最後に行ったラーメン屋で中国人の店員に
「ウォーター、ツー」
「ヘイ、チェックアウト、プリーズ」
メジャーリーグで活躍するダルビッシュ有に感化され、普段からベースボールキャップをかぶっていたが、
「ダルビッシュっぽく」
と後ろ髪と襟足を伸ばしたが強烈なクセ毛のため、襟足の毛が下ではなく真横に伸びたため、
「ロビンマスクのようになって終わった」
また吉田山田というアーティストの「日々」という曲を聴いて、
「何気ない日常の日々が幸せだったよね」
と感動。
1人で酒を飲みながら「日々」を聴いて涙を流したり、温かい気持ちになり、その後、激しいAVを鑑賞した。