ミッツ・マングローブ  修平くんだった時代  徳光家の呪い  宿命の慶應義塾 覚醒と解放

ミッツ・マングローブ 修平くんだった時代 徳光家の呪い 宿命の慶應義塾 覚醒と解放

高身長、高学歴、アサーティブネス、オネエ、「これでハーフだったら完璧だったのにね」という超レアハイブリッド。「男は男らしく、女は女らしく」から「自分らしく」に変わっていった時代の先駆け。その幼少期から学生時代にズームイン!


なんとか夏を乗り切り、その後も勉強に励んだ結果、なんとか400点をとれるようになった。
この頃には
「学校なんてどうでもよくなっちゃった。
学校の授業より塾の方が先に進んでいるし、学校でトップ争いしたり、権力闘争を繰り広げていてもしょうがないやと思うようになったんだよね」
塾が中心となり、学校で
「当時は最も苦手とするタイプの熱血教師、今思い出すと若くてかわいい顔をしていた」
という担任の先生に
「徳光!
学校と塾とどっちが大事なんだ!」
といわれると
「塾です」
と答えた。
「運動会が終わった秋くらいだったかな。
ハミ出し者が嫌われ者になっていくのをヒシヒシと感じた」

「450点とれないと全国で20位以内に入れないみたいなことをいわれたけど、私は450点は1回しか出したことがない。
そのときの順位は全国11~12位くらい」
というミッツ・マングローブだが、それでも慶応義塾中等部に入るのは
「ちょっと難しいんじゃないかな」
と思っていた。
ところが小4の2月から日能研に通い始めて約1年経った小5の1月、突然、父親にロンドンに転勤になったことを告げられた。
受験、進学を含め、
「一緒にロンドンに行くか、よく考えてほしい」
という父親に
(受験しなくていいんだ!)
(400点とか、もうどうでもいいんだ!)
とうれしさいっぱい。
(ダイアナ妃、ビートルズ、大きな帽子をかぶった兵隊、黒いタクシー、2階建てバス・・・)
次々にイギリスのイメージが浮かんできて、聖闘士星矢の超合金で遊んでいた弟に
「ねえ漢字も覚えなくていいし、ファミコンもやり放題のところに行きたくない?」
「何それ。
行きたい!」
「行くんだよ。
ロンドンだよ」
「何、ロンドンて?
駅ビル?」
「それはロンロン。
隣駅のの駅ビル」
兄弟はノリノリで盛り上がった。
こうして家族でイギリスへ引っ越しすることが決定。
慶応受験を回避できたことは、とてつもない解放感だった。

成田、アラスカ、アンカレッジ経由して到着した初めてのロンドンは、どんよりと雨が降っていた。
100坪くらいの庭がある家に引っ越すと、すぐに学校へ。
ロンドン日本学校は、小、中合わせて1000人近くの在英日本人児童が通っていた。
小学6年生の新学期に転校生になったミッツ・マングローブは、密かに
「転校生ならではの神秘性を漂わせた目立ち方」
「好奇と期待の目で注がれる特等感」
を期待していたが、同じような転校生が各クラスに10人近くいたために叶わなかった。
しかも同級生の多くの親が、国家公務員や一流企業の「栄転組」
親の職種、肩書は、無意識に格付けされ、トップは大使館、金融、商社、航空会社がそれに続き、これが子供の立場にも影響し、母親同士の争いなども起こった。

また
「ここ進学塾?」
と思うほど学校全体の偏差値が高く、小学生にして英語を話せる「エリート子女」、「帰国子女予備軍」がわんさかいた。
「バブル真っ只中ですよ、87年っつったら。
1番日本がイケイケドンドンで、しかもイギリスに赴任される社員っていったら出世コースなわけですよ。
そうすると出世コースのエリートサラリーマンの息子、娘たちってムチャクチャ頭がいいのよ。
クラスが40人くらいいたんだけど、そのうちの15人が東大いってんのよ。
日能研に入ったときよりも挫折感がすごくて・・・」
授業も教科書も日本語だったが、クラスの会話や校内のいろいろな場所で知らない英語に遭遇。
週3回ある英会話の授業は、レベルに応じて6クラスに分かれていたが1番下のクラスに入れられ、
密かに描いていた
「謎の転校生、ブッチギリで成績トップ」
というシナリオもなくなってしまった。
年下の日本人の子供が英語をペラペラしゃべっていたり、同学年の女の子と一緒に初めてマクドナルドに入ったとき、
「ハンバーガー」
「フライドポテト」
とオーダーしたがカタカナ言葉がまったく通じず、見かねた女の子が横から注文するのを目の当たりにして強烈な悔しさを感じた。
「自分のできないことをサラリとやってのける子供がたくさんいるという事実。
それが私の闘争心に火をつけた」

「よく『10歳の壁』っていって、語学習得能力は10歳を超えると遅くなるといわれている。
12歳で、しかもほぼ日本語のみの環境にいた私なんか、よほど勉強するなり環境を変えるなりしない限り、いわゆるペラペラの域には達するのは無理だといわれていた。
だからといって、はい、そうですかと引き下がるわけにはいかない。
学校の勉強に関しては生まれてこの方ずっとトップクラスにいた私が、ここまでの追う立場になったのは初めてだった」
どうやったら英語を習得できるのか、わからなかったが、まずは
「私は英語を話せる人間だ」
「私はアイ・キャン・ノット・スピーク・イングリッシュの人ではない」
と自己暗示をかけ続けた。
そして週2回、家庭教師に来てもらい、その日あった出来事からに日本のアイドルのことまで、2、3時間、とにかく英語で話し、フレーズや単語を教わった。
近所の人にも積極的に話しかけ、隣家のドイツ人家族と塀越しに仲良くなることに成功。
学校から帰ってくると毎日、ゲローという名の男の子と遊んだ。
そんな努力や出会いのお陰で、英語力はかなりの速度で上達。
学校の英会話のクラスも、中2の終わりにはトップクラスまで上り詰めた。
「やるだけのことはやった。
それでも現地学校に通ったことのある生徒との差は歴然で、英語が母語になってしまうようなレベルではなかったし、ラジオやテレビを完璧に理解することも難しかった。
やはり日本人として基質が確立されていたということが大きかった。
それこそが10際の壁なんだろうね。
それをブチ破って、いわゆる「人としてのノリ」までネイティブになることは不可能だったし、自分でも望んでいなかった」

イギリスの学校でどんなに偏差値や言葉の壁に打ちのめされても、日本同様、
「権力志向」
「仕切り魂」
は健在。
大きな体と口達者で存在感を示し
「自分なりの価値観や判断基準を育むことができた」
しかし思春期の学校社会で地位を築くために
「下ネタへの適応能力の無さ」
は大きな足かせとなった。
「SOAP」という英単語、工藤静香の「恋一夜」という曲タイトル、日常を取り巻くすべての事象をシモに結びつけ、無限のエロを想像して興奮して喜ぶ周囲の男子、日に日にエスカレートしていくエロ社会についていけなかった。

小さな頃から男の裸に興奮し
「普通ではない」
と自覚していたミッツ・マングローブは、エロに目覚めてから誰にもいえず、ずっと1人で育ててきたため、非常に無知でウブ。
「みんながエロやセックスに興味があるわけではない」
「世の中の7割くらいは誰かを好きになったり恋愛や結婚はしてもセックスなんて一生しない」
「他人の裸に興奮する人間は、普通の人ではなく、男なのに男に興奮する人間は普通ではない人の中でも、さらに普通ではない」
と本気で信じていた。
だから中1になってセックスがどういうものなのか知ると
「私の求めるセックスは、種の保存、子孫繁栄という自然の法則にも、人間の本能にも結びついていない」
「こんなことを周囲に知られていいはずない」
と改めて自分が性においてマイノリティーであることを確認したが、それよりもショックだったのは、
「人間の全員がエロい」
ということだった。

エロを解禁したのは中2。
様々なエロの悩みから救ってくれたのは、父親の本棚にあったマンガと母親が聴いてたカセットテープだった。
マンガの名前は「コージ苑」
相原コージ作、ギャグマンガでありながら哲学、大マジメありで世の中の事象を斬りまくる4コママンガ。
そして母親が聴いていたのは「スネークマンショー」
本来はラジオ音楽番組の名前だったが、先鋭的な選曲と曲間のコメント、コントトークが話題となってアルバム化したもの。
これらを夜通し勉強した結果、
「エロを下ネタとして面白がる」
という感覚をつかみ、一晩で
「下ネタ大王」
が降臨。
周りが驚くほどのエロトークを繰り広げ始めた。
「女のオッパイや女性器の話をしたところで、所詮、他人事。
私自身が興奮しないわけだし、むしろ目の前にいる男子のシャツやパンツの中に興味があるんだからね。
そんな冷静さと客観性がエロ法師として適していたのかもしれない。
ほとばしる欲求をみんなと共有することはできなかったけど」
男好きという自分自身のエロは悟られないようにしたが、誰かが
「森高千里の足がイイ」
「田中美奈子の方がエロい」
というのを聞いて
「イヤッ、1番足がキレイなのはユーミンでしょ」
と通常ではあり得ない正論を披露してしまい、
(痛恨のミス)
と反省することもあった。

同時期、幼馴染の女の子がいる家族が伊勢丹パリ支社に赴任。
週末や連休にロンドンから343㎞離れたパリに行くことがあった。
ある夜、両母親に連れられ、夜のパリをドライブ。
ブローニュの森という大きな公園に通ったとき、公園内の道の両脇におびただしい人が立っていた。
そこはパリ随一の売春地区で、裸に金髪で、毛布1枚羽織っただけの娼婦や女装した男娼もいた。
「サファリパークみたいでしょ?」
「あなたたちもそろそろ、セックスってものが何なのか考えなきゃいけない歳だからね。
よくみておきなさい」
そんな大人たちの声をよそに、ミッツ・マングローブは、とてつもない衝撃を受けていた。
「森の中に立っている人たちをみながら、どこか自分の中にあって、でも開いたことがなかった扉の向こう側をみた気がしたの。
それと同時に突出した性やエロは武器になるんじゃないかって」

同じく中2のとき、高校受験のために「ひのきインターナショナル」という塾に入った。
それはロンドン、香港、台北、シドニー、ニューヨーク、パリ、アムステルダムなど海外に拠点を持つ日本の塾で、イギリスで中学を卒業後、東京に帰ってからも勉強を続け、慶応を受験する体制を整えたのである。
日本はバブル景気真っ只中で、ロンドンに伊勢丹と高島屋が出店し、日本航空に加え、全日空も就航。
ピカデリーサーカス(ロンドン中心の大通りが合流する場所にある円形の公園)の電光掲示板に日本の電機メーカーのロゴが映し出されるのをみて、ミッツ・マングローブは
「今、日本は怖いものなしなんだ」
と思った。
長年、司会を務めた芳村真理の勇退記念として「夜のヒットスタジオ」がパリから生中継されることになったとき、芳村真理の夫と先輩後輩の関係という父親に中森明菜のサインをせがんだ。
芳村真理は
「アキちゃんのね。
任せて。
すぐにもらってきてあげる」
といって八代亜紀のサインを父親に渡し、日本に帰っていった。

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