ミッツ・マングローブ  修平くんだった時代  徳光家の呪い  宿命の慶應義塾 覚醒と解放

ミッツ・マングローブ 修平くんだった時代 徳光家の呪い 宿命の慶應義塾 覚醒と解放

高身長、高学歴、アサーティブネス、オネエ、「これでハーフだったら完璧だったのにね」という超レアハイブリッド。「男は男らしく、女は女らしく」から「自分らしく」に変わっていった時代の先駆け。その幼少期から学生時代にズームイン!


その後、日本では「バンドブーム」が到来。
結果、アイドルは衰退していった。
イギリスでもピアノのレッスンを続け、行き帰りのスクールバスで流れるFMで流行りの曲をチェックしながら、中森明菜や工藤静香ではしゃいでいたミッツ・マングローブは、中2のときにプリンセスプリンセスの「Diamond」という曲に遭遇。
「♪好きな服を着てるだけ。
悪いことしてないよ♬」
という歌詞に一気に魅了され、
「この先、これをずっと心に刻みながら生きていくんだろうな」
と思った。
そして以後、何か大事なことがあったり、気合を入れたいときは、必ずこの曲は聴いた。

数ヵ月後の秋、同級生男子5人でバンドを結成。
担当は、キーボード。
ボーカルは、学年一、顔がよく、学年一の悪ガキ。
ギターは、後の生徒会長。
目標は
「3年生の秋の文化祭でライブをする」
で一致していたが、問題は
「何を演るか?」
もっと正確にいうとコピーバンドだったので
「誰のコピーをするか?」
ということだったが、他の4人が
「BOOWY」
をやりたいというので、
「プリプリ」
といい出すことができないまま、決定。
しかしBOOWYにはキーボードがおらず
「徳ちゃんは必要ない」
といわれかねない状況になったので、「さして思い入れもない」BOOWYを聞き込んで、シンセサイザーの音を拾って譜面に起こし、
「この音色がないと雰囲気出ないよ」
と説明。
音楽の知識はバンドで1番あった。
中3の夏休みが終わってもバンド活動にうつつをぬかし、母親に
「いつまでそうやって神輿の上に立ってるつもり?
アンタみたいなのをお人好しのおめでたいヤツっていうんだよ。
いい加減に目を覚ましてちょうだい」
と怒られたが、秋の文化祭のライブまで継続した。
「BOOWYのコピーバンドをやっていたなんて貴重な経験値だよね
やはり男子がいきなりプリプリなんて贅沢したらダメだと思うの。
あそこでBOOWYを経たからこそ、オカマとしての奥ゆかしさが身につけられたんだと思ってる」

文化祭が終わると受験一色の日々が始まった。
中学受験を免れてから4年、2度目の慶応チャレンジ。
3度目、大学受験という手もあるが、
「どうしてもここで決めてしまいたかった。
慶応生にさえなってしまえば、後はどうなろうと私の自由」
そしてその選択肢は3つあった。

・横浜、日吉にある慶応義塾高校
・埼玉県志木市にあるにある志木高校
・アメリカ、ニューヨーク州ウェストチェスター郡にある慶応義塾ニューヨーク学院

慶応義塾高校と志木高校は、共に偏差値76という難関校で
「合格するには、それなりの奇跡が必要な状況」
だった。
一方、慶応義塾ニューヨーク学院は、1年前に開校したばかり。
入試はアメリカの高校と同じシステムで、テストも論文も面接も、すべて英語。
それでいて日本の慶応大学への進学率は9割という打ってつけの学校で合格する自信もあった。
「日本の受験をせずに慶応生になれて、しかも親元を離れてニューヨークで暮らせる。
英語もさらに上達できる上に、3年後には日本に帰れて大学へ行ける。
シナリオとしてはほぼ完璧。
偶然にもギターの生徒会長とドラムの子も受験するのを知り、すでに頭の中は、
『ニューヨークでもバンドができる。
ただしBOOWYはもうやんないよ』
しかなかった」

1990年12月、飛行機でアメリカに飛び、慶応義塾ニューヨーク学院の入試を受け、3人とも合格。
慶応生になるという徳光家の務めを果たし、後は日本に帰って残りの2校を
「記念に」
受けるだけで
「ニューヨークに住んでもブリティッシュな英語を貫こう」
などと意識はすでにアメリカに飛んでいた。
しかし両親に
「ニューヨークは学費が高すぎて行かせられない。
日本の慶応のどちらかに行けるよう、あと2ヵ月頑張れ」
といわれると思い描いていた未来は音を立てて崩れ、
「人でなし!」
と呪った。
イギリスの中学は1月卒業なので、その後は日本に戻って「ひのきインターナショナル」で本気の受験勉強を続けることになった。

1991年1月17日午前0時、多国籍軍がイランに空爆を開始。
(5ヵ月前にイランがクウェートに侵攻して以来、国際社会は徹底の要求と経済制裁を続けていた)
その日はロンドン日本人学校の卒業式、そして日本に帰国する日だった。
母親と弟は、中学受験のためにすでに日本に帰っていたので、ミッツ・マングローブは朝起きて父親とテレビをみて
「アッ・・・」
と言葉を失った。
空港は封鎖されたという情報もある中、中学を卒業。
日本大使館の人に、
「JALが一便だけ飛びます。
ただし空港に入れるのは搭乗する人だけです」
といわれ、父親と別れ、ひのきインターナショナルの先生に引率されて、灯りがほとんど消えた厳戒態勢のヒースロー空港へ。
飛行機に乗り込み、見送りもないまま追い立てられるように4年間過ごしたロンドンを後にした。

帰国すると、そのまま世田谷の塾の寮へ。
ロンドン、香港、台北、シドニー、ニューヨーク、パリ、アムステルダム、各都市の帰国子女が一堂に会し、ほぼ缶詰め状態での勉強が始まった。
期間は、約1ヵ月間。
しかし
「いろんな誘惑に、ほぼ負けた」
というミッツ・マングローブは、成績が上がらず
「このままじゃ本当にヤバい」
と思っていた。
志木高校のテストが1週間後に迫った夜、寮の外で1人の男に話しかけられた。
「君、どこ受験するの?」
「慶応ですけど・・・」
男はNHKのディレクターでドキュメンタリー番組の取材に来ているという。
「どこで放送されるんですか?」
「夕方6時のニュースの「帰国子女たちの受験戦線」という特集コーナーで全国に15分くらい流れます」
ミッツ・マングローブは流れで出演することになり、翌日から密着された。
そして試験日を迎え、テストが終わった直後、それなりの手応えがあったので、カメラに向かって
「奇跡が起きるかもしれませんよ。
フフフッ」
とコメント。
しかし結果は不合格。
やりきれない気持ちで、ディレクターに逆ギレした。

しかしこれでいよいよ後がなくなった。
滑り止めに早稲田高を受ける予定だったが、たとえそれに受かっても慶応大学に入るために、また一から受験勉強しなければいけない。
「それだけは絶対にイヤだ」
そこで考えついたのは、
「慶応以外の可能性を自ら葬ってしまえばいい」
そうすることで仮に慶応義塾高校に落ちて、慶応義塾ニューヨーク学院しか行けるところがなくなっても
「大学受験したり浪人したりするよりも安いか、そんなに変わらないんじゃないか」
そう企むと、すぐに公衆電話から実家に電話。
「滑り止めは受けないから」
母親にそう告げるとすぐに切り、その場で早稲田高の受験票を破り捨てた。
「これで落ちたらニューヨーク」
開き直ると思った以上にスッキリ。
受験の前夜には、さらにスッキリしてしまう。
「前の晩にね、
初体験を、その合宿所でしたのね。
夜中の1~2時くらいまでぐちゅグチュグチュグチュやってね」

そうやって解放したのがよかったのか、慶応義塾高校に合格。
親的にもNHK的も、そして自分的にも最高の終わり方となった。
「いまだ、なぜ受かったのかわからない。
試験問題は、ヤマが外れて全然できなかったし、実は前の日、受験前夜だというのに夜中まで友達とチチクリ合ってたんだよね。
だから寝不足の上、昨夜の初体験のことで頭がいっぱいだった。
そんな男が慶応生になってしまった」
受験が終わってまず真っ先にやったのは、横浜アリーナで行われたプリンセスプリンセスのコンサート。
念願の生Diamondを体験し、高校に入学する日の朝も、この曲を聴いて気合を入れた。
「そうでなきゃ、詰襟の学ランなんか着て電車に乗れない」

慶応義塾高校は、1学年900人近く、18~19クラスもあり、900人×3学年の全員が男というマンモス男子校で、校風は、運動部が幅を利かす縦社会だった。
そんな男の世界の中、偶然、クラスで隣の席になったのが、やたら明るいKだった。
すぐに意気投合し、授業中も休み時間も2人で、クラスメイトや浅野温子のモノマネ、ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の再現、Winkの振り付けなどを周りにお構いなしでやり続け
た。
しばらくすると教室だけだった2人の活動の場は、カラオケボックスに拡大。
「そこでハッキリ目覚めてしまったんだよね。
歌手だ!って」
ミッツ・マングローブは、歌うことに覚醒。
寝ても覚めても歌がうまくなることばかり考えるようになった。
「DREAMS COME TRUEの吉田美和の声に心をワシ掴みにされ、ホイットニー・ヒューストンの「ボディガード」に打ちのめされた。
美空ひばり、和田アキ子、都はるみ、欧陽菲菲 ・・・日々いろいろな歌手の強い声を勉強しながら、マライア・キャリー、ジャネット・ジャクソンなど来日コンサートに行きまくって、1日中、ベッド・ミドラーごっこをしていることもあった」

「私にとって歌を通して最初に夢をみさせてくれたが中森明菜だとしたら、音楽を演る楽しみを教えてくれたのはプリプリだった。
そして唄うことへの欲求に火をつけてくれたのが吉田美和で、音楽や歌の世界をつくり上げる衝動へ導いてくれたのはユーミンだった。
もう1人、数年ぶりに日本のテレビをつけたらとんでもない衝撃を放つ人がいた。
美川憲一さん。
それまでコロッケさんと一緒に出ている姿なんかはみたことがあったものの、私がいない間に日本のブラウン管は美川さんに席巻されていたの。
親へのお務めも果たし、『ここから先はあらゆるものを解き放っていく毎日だわ!』と心に決めた私を、まるで待っていてくれたかのようだった。
美川さんに魅了され、美川さんに心躍ることこそが、私にとって勇気や希望そのものだったのかもしれない。
学食でラーメンを頼むときも『ちょとアンタ、モヤシ多めに入れてちょうだい』なんれ、あの声と口調をマネしてた。
今も気がつくとやってるし、美川さんから留守番電話なんか入っていようものなら、その場で10回くらい聞いちゃう。
それまで人に悟られないようにしていた自分の普通でない部分に対する、明快な見せ方や切り口みたいなものを美川さんには教えてもらった」

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