なぜ日本は不参加?1980年のモスクワオリンピックに出場したら活躍した日本代表は?

なぜ日本は不参加?1980年のモスクワオリンピックに出場したら活躍した日本代表は?

ソビエト連邦がなくなって早くも、30年以上が経過してしまいました。東西冷戦時代は、ソビエト連邦を始めとする東ヨーロッパはとても遠い国のように感じていましたよね。そんな真っ二つの国際社会ではアスリートたちも犠牲にななっていました。ソビエト連邦で行われたモスクワオリンピックを、日本はボイコットして出場しなかったのです。幻のモスクワオリンピックに出場していたら、活躍が予想された選手って誰でしょうか。


モスクワオリンピックをなぜボイコットしたのか?

なぜモスクワオリンピックをボイコットしなければならなかったのか?
当時の国際情勢からご紹介します。
実は近代オリンピックが開催されるようになって以来、1980年のモスクワオリンピックは初の共産圏で開催されるオリンピックでした。
ソビエト連邦を親玉として東側と呼ばれる共産国家のヨーロッパ諸国と、アメリカを親玉とする西側と呼ばれる資本主義のヨーロッパ諸国(日本含む)は、本物の戦争はしないけれど、お互いにらみ合い、付き合いをしないため冷戦と呼ばれていたのです。
東西冷戦の中、記念すべき大会になるはずでしたが、1979年12月になんと開催国のソビエト連邦はアフガニスタンに侵攻したのです。

平和の祭典であるオリンピックの開催国が、他国に軍事侵攻したのですから、反発を食らうのは当然ですよね。
2022年の冬の北京オリンピックでも、さすがのロシアも大会期間中はウクライナに侵攻していないのですから、いかに無謀なことかわかると思います。
そしてアメリカのカーター大統領(当時)は、モスクワオリンピックへの不参加を表明し、西側諸国にも「不参加」を呼びかけました。
そして日本もアメリカに倣い、モスクワオリンピックをボイコットしたのです。

政治とスポーツは別と言いますが、オリンピックは平和の祭典のはずですから、開催国が他国に侵攻してしまったら、国として出場を断念しなければいけなかった理由もわかります。
でも4年に1度のオリンピックに向けて準備してきた選手の気持ちを考えるとやりきれないですよね…。

幻のモスクワオリンピック日本代表

体操元日本代表の具志堅幸司

日本のお家芸と呼ばれた、体操の元日本代表の具志堅幸司さんもモスクワオリンピックの代表に選出されていました。
生年月日:1956年11月12日
モスクワオリンピック当時24歳
1981年のモスクワで行われていた世界選手権ではなんと4つのメダルを獲得しています。
平行棒・金メダル
団体総合・銀メダル
個人総合・銅メダル
床運動・銅メダル
そして1984年のロサンゼルスオリンピック(東側諸国不参加)では、個人総合で金メダルを獲得した他、合計5個のメダルを獲得しています!
見事モスクワオリンピック不参加のくやしさを存分に晴らしました。
モスクワオリンピックに出場していたら、有力なメダル候補だったことは間違いなさそうです。

柔道元日本代表の山下泰裕

柔道創始国である日本は、負けられないプレッシャーを抱えて頑張る柔道日本代表です。
その中でも有力なメダル候補だったのは、山下泰裕さんです。
生年月日:1957年6月1日
モスクワオリンピック当時23歳
1979年の世界選手権で優勝した山下康裕さんは、全日本選手権も4連覇中でモスクワオリンピック代表に選ばれています。
でも不参加が決まってしまい、やけ酒をあおってもやりきれず、枕に顔を押し付けむせび泣いたそうです…。
その悔しさを晴らすように、1984年のロサンゼルスオリンピックでは見事金メダルを獲得しました。
タラればになってしまいますが、モスクワオリンピックに出場していたらオリンピック2連覇を成し遂げたのかもしれません。

陸上元日本代表の瀬古利彦

マラソン界のレジェンドとも言うべき、瀬古利彦さんもモスクワオリンピックの代表でした。
生年月日:1956年7月15日
モスクワオリンピック当時24歳
元々は中距離選手だった瀬古利彦さんは、早稲田大学入学後マラソンを勧められ長距離に転向しています。
海外初挑戦となる1979年のボストンマラソンで2位に入り、一躍脚光を浴びました。
同年12月の福岡国際マラソンで、宗兄弟との接戦を制し同大会を2連覇した瀬古利彦さんはモスクワオリンピックのマラソン日本代表に選出されたのです。
残念ながら1980年のモスクワオリンピックは日本の不参加で、出場することが出来ませんでした。
でも同年12月の福岡国際マラソンで、モスクワオリンピック金メダリストのワルデマール・チェルピンスキー(当時東ドイツ)を破り3連覇を飾っています。
こちらもタラればですが、モスクワオリンピックに出場していれば大活躍したのではないかと思いますよね。
1984年のロサンゼルスオリンピックに出場し金メダルが期待されましたが、体調不良や夏の大会の難しさで14位に終わっています。
ちなみに日本勢最高位は、ライバルである宗猛さんの4位でした。

まとめ

今回は「なぜ日本は不参加?1980年のモスクワオリンピックに出場したら活躍した日本代表は?」についてご紹介しました。
4年に1度のオリンピックに照準を合わせた選手たちにとって、オリンピック不参加は本当に辛いですよね。
2020年代となった現在も国際情勢はいまもあまり変わっていないように思いますが、悲劇が繰り返さないよう祈らずにいられません。

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