イベンダー・ホリフィールド  圧倒的!!  無敵のクルーザー級時代。

イベンダー・ホリフィールド 圧倒的!! 無敵のクルーザー級時代。

悲劇のロスアンゼルスオリンピックの後、プロに転向。超タフなドワイト・ムハマド・カウィとの死闘を制しWBA世界クルーザー級チャンピオンとなり、WBA、WBC、IBF、3団体のタイトルの統一にも成功。すぐに「最強」の称号を得るため、マイク・タイソンが君臨するヘビー級への殴りこみを宣言した。


1984年、ロサンゼルスオリンピックのボクシング競技は、男子のみで(女子ボクシングは 2012年ロンドン大会から)

ライトフライ級(– 48 kg)
フライ級(– 51 kg)
バンタム級(– 54 kg)
フェザー級(– 57 kg)
ライト級(– 60 kg)
ライトウェルター級(– 63.5 kg)
ウェルター級(– 67 kg)
ライトミドル級(– 71 kg)
ミドル級(– 75 kg)
ライトヘビー級(– 81 kg)
ヘビー級(– 91 kg)
スーパーヘビー級(+ 91 kg)

の12階級で行われた。
24ヵ国、24名が参加したライトヘビー級で、アメリカ代表のイベンダー・ホリフィールドは、初戦でアフリカ代表を3RでKO。
2戦目もイラクの選手をKO。
3戦目のケニア代表、シラヴァナ・スオケロは優勝股補だったので、コーチから
「気をつけろ。
KOばかり考えるな」
とアドバイスされたが
「全部KOで片づけたいんだ
そしたらどちらが勝ちかハッキリするからな」
といって1RでKO。
大会前、イベンダー・ホリフィールドは無名だったが、3連続KOでベスト4となり、一気に世界の注目を集めた。
「僕はアメリカのボクシング選手の中で最後に選考され、誰も僕がメダルをとれるとは思っていなかった。
ところが最初の3試合を全てノックアウトしてメダル候補になった」
(イベンダー・ホリフィールド)

準決勝の相手は、ニュージーランド代表のケビン・バリー。
これに勝てば決勝の相手は、ユーゴスラビア代表のアントン・ヨシポビッチであることが、すでに決まっていたが、どちらもイベンダー・ホリフィールドよりも格下に思われた。
実際、準決勝でイベンダー・ホリフィールドは、ケビン・バリーを技術とパワーで圧倒。
完全に試合を支配しつつ、KOの機会をうかがった。
2R残り20秒、粘るケビン・バリーは打ち合った後、イベンダー・ホリフィールドの頭を抱えてクリンチにいこうとした。
しかしイベンダー・ホリフィールドは、頭を抱えられたまま、ボディをパンチ。
イベンダー・ホリフィールドの頭を両手で抱えたまま腹を叩かれ、体を左右に揺らすケビン・バリーをみて、フィニッシュを予感した観客の興奮はピークに。
そしてたまらずクリンチを外したケビン・バリーの顔面を、すかさずイベンダー・ホリフィールドのパンチが打ち抜いた。
ケビン・バリーは、糸が切れた操り人形のようにダウン。
この時点で残り時間は13秒。
レフリーは、イベンダー・ホリフィールドにニュートラルコーナーに行くよう指示し、カウントを始めたがバリーは立ち上がれず、カウントアウト。
するとレフリーはイベンダー・ホリフィールドに向き直って、
「ストップを命じたのにパンチを出した」
といって
「失格」
を宣言した。

イベンダー・ホリフィールドは信じられなかった。
頭を抱えられていたし、歓声が大きかったせいでレフリーの声は聞こえなかった。
レフリーのグリゴリエ・ノヴィチッチは、
「ストップを命じたが2人は打ち合い、イベンダーがバリーをノックアウトしたときも打ち合いをやめさせようとしていた」
というが、2人の間に割って入ったり、体を触ったりせず、口頭のみで分けようとしたレフリングにも問題があると思われた。
とにかく失格はおかしく、納得のいかない判定に観衆は怒り、会場は収拾のつかない大混乱となった。
リング上で勝者のコールを受けたケビン・バリーは、イベンダー・ホリフィールドと握手し、その手を高く挙げ、
「君は正々堂々と試合に勝った」
といった。
グリゴリエ・ノヴィチッチは、警備員にガードされながら退場。
それでも罵声を浴び、モノを投げつけられ、伸びてきた手に着衣を裂かれた。

イベンダー・ホリフィールドは文句1ついわずに試合場を出た。
アメリカのテレビは
「ホリフィールドは冷静に耐えています」
と伝えたが、本人いわく、
「何とか怒りを抑え、口から出そうになる言葉を飲み込んだ」
という。
後日、アメリカアマチュアボクシング連盟会長、ロリング・ベーカーは抗議文を提出。
レフリーのグリゴリエ・ノヴィチッチが、決勝進出を決めているアントン・ヨシポビッチと同じユーゴスラビア人だったことで大きな疑惑が起こった。
アマチュアボクシング規定でノックアウトされたボクサーは28日間試合をすることができない。
そのためケビン・バリーは決勝戦を戦うことができず、アントン・ヨシポビッチは戦わずして金メダルが決定したのである。
そのため
「ユーゴスラビアのレフリーによってユーゴスラビアの選手が金メダルをとった」
「ホリフィールドはハメられた」
といわれた。

リングの上に表彰台を置いて行われた表彰式で、首に銅メダルをかけてもらったイベンダー・ホリフィールドは、笑顔で持っていた小さなアメリカ国旗を振って歓声に応えた。
金メダルを首にかけ、1番高い場所に立っていたアントン・ヨシポビッチは、イベンダー・ホリフィールドに手を差し出した。
イベンダー・ホリフィールドが握手に応じると、その手を握ったまま、自分の立っている場所にイベンダー・ホリフィールドを引き上げ、2人は肩を組んで手を挙げた。
最終的にボクシング競技は、12階級中、9階級でアメリカが金メダルを獲得。
しかし1番人気者になったのは、1番無名だった21歳の銅メダリスト、イベンダー・ホリフィールドだった。
自己主張の国に生まれ、人種差別のつらさを経験して育ち、オリンピックという人生の大舞台で金メダル間違いなしの圧倒的な実力をみせながら不公平なジャッジを受けても全体の調和のために甘受するイベンダー・ホリフィールドを人々は
「真の金メダリスト」
と称えた。
などとと声をかけた。
生まれて初めて人々に称えられ、イベンダー・ホリフィールドの失望は癒された。
そしてオリンピックの後、プロに転向。
アマチュアの成績は、160勝75KO(RSC)14敗だった。

アメリカは日本のように厳しいテストはなく、書類を提出すれば誰でもプロボクサーになれる。
プロになるとプロモーターと契約して、試合をしてファイトマネーをもらうことができるが、問題は、お金を払ったお客さんの前で試合をさせてもらえるかどうか。
プロモーターは実績、実力に応じてファイトマネーを決めてボクサーを雇って試合を組むため、プロボクサーになったからといって稼げる保証はまったくない。
しかし「悲劇のヒーロー」として一躍有名人となったイベンダー・ホリフィールドは、プロモーターにとって実績、実力だけでなく、ストーリーを兼ね備えた有望な新人だった。
中には
「おとなしい奴は成功しない」
というプロモーターもいたが、アメリカ中からスカウトが殺到し、イベンダー・ホリフィールドは、数ある申し入れの中から「メイン・イベンツ・プロモーションズ」と契約した。


契約金は25万ドルで、まだ仕事をしていないのに約3000万円の小切手を受け取って驚き、その後、たくさんの友人、親せき、知り合いが
「融通してくれないか?」
といってきたので、さらに驚いた。
「数十万ドルでは一生何もしないで暮らしていけない」
堅実なイベンダー・ホリフィールドは、それらをキッパリ断り、アトランタに分譲マンションを2つ購入。
1つは
「ママに会いたくなったら、いつでも会える」
と母親用。
もう1つは自分用で、恋人のポーレット・ガーデンと息子のイベンダー・ホリフィールド・ジュニアと3人で暮らした。
かつてアトランタのエップス空港で給油係として働きながら、アルバイトでプールの監視員をしていたイベンダー・ホリフィールドは、プールサイドでポーレット・ガーデンと出会った。
ポーレット・ガーデンは初めての彼女で、孤独な鍛錬の日々に現れたオアシスにように心が満たされ、イベンダー・ホリフィールドは愛の戦士となった。
こうしてイベンダー・ホリフィールドは、3000万円でマンションの頭金を払って、残りは貯金。
2軒分の住宅ローンを抱えながら、できるだけ節約生活に努めた。
そして税金が5万ドルかかるとわかると両手をあげて
「そうだろうと思った。
金をしばらく持たせておいて、それから取り戻しに来るなんて。
こんなのペテンだな」

アメリカは先進国だが、多くの貧困が存在し、5人に1人が貧困家庭で育つという富の分配が不公平な国で、人種差別も存在していた。
そんな中、何も持たざる者が拳1つで偉業を成し遂げることができるボクシングは、まさにアメリカンドリームだった。
「ボクシングは、自分との戦い」
「ボクシングは、不安や恐怖に打ち克ち、本当の自分を探し、自分自身を証明するための戦い」
「ボクサーはあえてボクシングを選び、リングで危険を冒す」
「ボクシングは、生き残ること、戦いという人間の本能に訴えかけてくる」
「ボクシングにはドラマがある。
なければ本物じゃない」
「金持ちは戦わない。
現状を抜け出したい者だけが戦う」
「リングサイドにいると圧倒される。
ボクサーは命をかけて何かのために戦っている
そこに惹かれる」
「1発のパンチですべてが決まる
ノックアウトすればスター。
だが食らえばダークサイドに転落する」
「ボクシングは、自分自身の努力によって成功するスポーツ。
勝ち続ければ最後にはチャンスが手に入る」
ファンはボクシングに様々な魅力を感じ、頂点を目指し、戦い、這い上がるボクサーの姿に感動した。

ボクシングはスポーツとしては純粋だが、ビジネス的には荒っぽい金持ちが荒っぽく大金を動かして稼ぎながら、夢を追うボクサーにチャンスを与えている。
そんな富裕層と貧困層の2極化した社会の現実を映し出すボクシングで、テレビで放映されるような大きな試合に出ることができるボクサーは一握りだが、例えばそれが実現し、ファイトマネー15000ドルを得たとする。
そこから

用具やジム利用代 、2000ドル
トレーナー(ファイトマネーの10%)、 1500ドル
マネージャー(上記差引額の1/3)

を支払い、残った6955ドル(85万円)で、6~8週間後の試合に向け準備を行う。
年間4試合出場すれば最低限の生活ができるが、普通に仕事をする方が楽で稼げる。

MLB(野球) 49万ドル(6000万円)
NFL(アメリカンフットボール) 40万5000ドル(4900万円)
NBA(バスケットボール) 49万180ドル(6000万円)
NHL(アイスホッケー) 52万5000ドル(6400万円)

アメリカの4大メジャープロスポーツは最低保証年俸が定められているが、プロボクシングは一部のトップ選手が報酬のほとんどを独占する。

生計を立てるのが難しい上、ボクシングは、とても危険なスポーツである。
多くのプロスポーツは、国レベル、世界レベルで1つの連盟で統一され、ルールや規制を共有しているが、プロボクシングは、大小の団体がいくつも存在し、それぞれが運営している。
MLBは選手と審判に年1回の心理テストを義務づけたり、NFLは脳損傷に苦しむ選手に7億6500ドルを支払うなど、他のプロスポーツでは連盟が必要な資金を与え、選手を支える専門家チームや体制が存在するが、ボクシングには、そういった規制も体制も労働組合もなく、MRIを受ければ試合が許可される。
1対1で長時間殴り合うボクシングはとても危険で、例えば強いパンチを頭に受けると、脳が頭蓋骨の激突し、さらに反動で逆側にもぶつかる。
脳のダメージによって脳震盪の状態に陥ったり、記憶を喪失したり、最悪、死に至ることもあり、現役引退後、脳損傷による様々な後遺症に苦しむボクサーも多い。
勝つためには激しい練習が必要で、肉体的にも精神的も苦しい思いをしなければならない上、厳しい体重制限があるため、禁欲的な生活を強いられる。
そして試合では命がけで戦う。
何の保証もないため、将来の生活に不安を抱え、その上、健康を損なう危険性も高い。
だから底辺から頂点に這い上がるボクサーのストーリーには、サクセスと共に必ず悲劇的な話もつきまとった。

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