失投
「失投」が刊行されたのは1975年です。3作目。ロバート・B・パーカーにとっても自信作のようですね。いよいよ本領発揮といった感のある作品ですよ、これは。スペンサー・シリーズのスタイルが整ったといって良いかと思います。
では、スペンサー・シリーズのスタイルとはどのようなものなのか?あるインタビューでロバート・B・パーカーは「スペンサーは探偵だがシャーロックホームズやエラリー・クイーンのような探偵ではない。複雑な謎を解かないんだからね」と言っています。重ねて「男、心情、名誉の行動についての本なんだ」とも。つまり、スペンサー・シリーズは、事件や謎解きではなく、人間の心の機微に焦点を当てるというスタイルなんですね。それがロバート・B・パーカー自身が満足できる形で作品となったのが「失投」ということでしょう。
失投
「失投」はそれまでの2作とは随分違う印象を受けます。オーソドックスな探偵小説からヒーロー小説に移行するターニング・ポイントとなった作品。「失投」の解説で井上次郎と言う方がそのように書かれていますが、まさに言いえて妙です。ロバート・B・パーカー自身は「どちらかというと、冒険小説と呼んでほしい」と言っとりますけどね。
約束の地
1976年刊行の4作目「約束の地」は、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞を受賞しています。しかかし、それより何より、この作品からホークが登場しているということの方が読者としては大事です。
ホークというのは、フリー・ランスの取り立て屋で、スペンサーの相棒となる男です。
腕っぷしが強く、男気あふれ、精神的にもタフな主人公、スペンサー。ホークというのがまた、腕っぷしが強く、男気あふれ、精神的にもタフなんですね。で、そのホーク曰く「スペンサーやおれのような人間は、もうあまり残っていない。彼がいなくなったら、さらに一人減ることになる。おれは寂しくなる」とまぁ、こんなセリフを吐くわけです。
「約束の地」でのスペンサーとホークは仲間ではなく、仕事上敵対してるんです。しかし、心情的には上記のセリフというわけで、ここから長い長い付き合いが始まることになります。
約束の地
ホーク初登場ではありますが、設定としてはスペンサーとは長年の付き合いで、一緒にボクシングをやっていた間柄となっています。二人は似ているとは言っても、違う点も当然あって、スペンサー曰く「おれは金のために人を殴ったりしない。金のために人を殺したりしない。彼はやる!」です。う~ん、前作から暴力的になってきてるんですよね。で、それが爆発するのはシリーズ屈指のアクション巨編となる、人を殺しまくる第5作「ユダの山羊」になります。
ユダの山羊
1作目の「ゴッドウルフの行方」で、スペンサーはパブリックガーデンから2ブロック上がったマールバラ通りに住んでいると言っています。パブリックガーデンと言うのはアメリカ初の公立植物園でボストンにあります。そう、このシリーズはボストンを中心として物語が展開されることが多いのです。が、「ユダの山羊」ではスペンサーは先ずロンドンに飛びます。そこからコペンハーゲン、アムステルダム、更にはモントリオールと世界を飛び回ります。緊張感あふれる張り込みや銃撃戦。スペンサーはバンバン人を殺しますし、まさに「ユダの山羊」は冒険小説なんですよ。
ユダの山羊
毎回楽しみなのが料理。スペンサーは自分でも作りますが外食も大好き。本作にも世界各地での料理の描写があり食欲をそそられます。それとは別に、このシリーズにはもうひとつ楽しみがあるんですよ。それはファッションです。
「イギリス人ごときに色彩感覚を欠いていると思われるのは癪だ」ということで、スペンサーのロンドンでの服装はジーンズに白いデニムのシャツ。その上にダークブルーのコーデュロイでできた丈の短いリーバイスのジャケットを襟を立てて着こなし、青い筋の入ったアディダスのロムズで決めています。まぁ、いつもこんなカジュアルな格好をしているわけではなくって、グレイ・スラックスに紺と白のストライプのボタンダウンシャツ。ブルーのニットタイを合わせ、黒い飾り付きのローファーという描写も出てきます。
相棒のホークはというと、ラベンダー色のバンドの付いたストローハットを前にずらしてかぶり、薄灰色のピンストライプの入ったダーク・ブルーのスリーピース・スーツ。白いシャツにラベンダーのシルクタイ。小さな結び目の下にはカラー・ピンを付けていて、胸のポケットからはラベンダー色のハンカチの先が覗いているというオシャレぶり。因みにホークは背が高くスタイルの良い黒人ですので、さぞかし見栄えがするんでしょうねぇ。
レイチェル・ウォレスを捜せ
そしてシリーズ6作目「レイチェル・ウォレスを捜せ」です。1980年に刊行されています。今回の任務は作家レイチェル・ウォレスの護衛。このレイチェル・ウォレスが気の強い女性で、気の強い事では引けを取らないスペンサーと当然衝突します。これが見どころですね。つまりレイチェル・ウォレスとスペンサーの生き方の衝突。
結果、スペンサーは護衛を解任されてしまうのですが、レイチェル・ウォレスが誘拐されたと知ると無償で事件解決にあたることに、、、男にはグッとくるんですよねぇ。こういう設定。
レイチェル・ウォレスを捜せ
レイチェル・ウォレスを捜せ (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ) | ロバート・B. パーカー, Robert B. Parker, 菊池 光 |本 | 通販 | Amazon
立ちはだかる障害を拳とジョークでなぎ倒し、自分のスタイルで仕事をする男、スペンサー。この男、改めて説明しますと「自分の名前はSpencerではなく、Spenser。16世紀の英国の詩人と同じく“c”ではなくて“s”なのだ」ということに拘りを見せる主人公です。
身長、6フィート1インチちょっと。体重は201.5ポンドと言ってます。なので、身長185.5センチの体重91.4キロくらいですかね。1日5マイルほど走っているそうです。5マイル。約8キロですね。多い時には体に無理をさせるために10マイル走るそうなので、かなり鍛えています。
職業は私立探偵ですが、ボクサーだったことがあり、警官だったこともある。誰が見ても分かるような鼻の骨折跡があって、それは最盛期を過ぎたジョウ・ウォルコットと試合をした時のものだそうです。「彼の最盛期だったら殺されていただろう」と言ってます。なんかもうタフガイそのものですよ。
で、オシャレで料理好き、かなりの読書家でもあり文学の引用も出てきますし、何でもよう知ってますよ。
さぁ、そんなスペンサーが15歳の少年を自立した男に鍛えていくという、スペンサー流の教育指導書ともいえる内容が次の作品、読後感最高の「初秋」です。「レイチェル・ウォレスを捜せ」と同じく1980年に刊行されています。