スペンサー・コンフィデンシャル
2020年3月6日からマーク・ウォールバーグ主演で米国小説家ロバート・B・パーカーの人気ハードボイルドシリーズ「スペンサー」が映画化されました。
ロバート・B・パーカー、スペンサー。。。小説、それもハードボイルドに興味がない方にとっては何の事やらでしょうね。
スペンサーとはロバート・B・パーカーが生み出した私立探偵です。で、ロバート・B・パーカーとは泣く子も黙り、村上春樹も愛読者というほどの巨匠です。
とはいえ、パーカー作品は人気の割には余り映像化されていないんですよね。なので、その巨匠の作品の映像化ということで盛り上がるところでは盛り上がったわけです。
パーカー作品の映像化というと1980年代に「私立探偵スペンサー」として3シーズンにわたって放送され、1993年に「私立探偵スペンサー 儀式」と言う映画があるくらいではないでしょうか。

私立探偵スペンサー
ロバート・B・パーカーを、スペンサーを少しでも多くの方に知ってもらいたい!ということで、70年代に刊行されたスペンサー・シリーズを紹介します!!
ロバート・B・パーカー
私立探偵スペンサーを主人公にしたスペンサー・シリーズは、全部で40作品あります。
生み出したロバート・B・パーカーは、1932年アメリカ生まれでスペンサーさながらのナイスガイです。おそらく、今後誰にもまねのできない、金字塔を打ち立てた作家といえるでしょう。
ただ、残念なことに2010年1月18日、心臓発作を起こし急死しています。
実はこのスペンサー・シリーズ、ロバート・B・パーカーの死後はエース・アトキンスという作家が引き継いでいるんです。映画「スペンサー・コンフィデンシャル」は、かなりポップでコミカルなのですが、それはパーカーではなくエース・アトキンスの作風を基にしているためと言われています。
ポップでコミカル。う~ん、まぁ、それはそれで良い。しかし、オリジナルの素晴らしさを知るには小説を読んでもらうしかないということになります。
ゴッドウルフの行方
小説を読まない方に小説を勧めるというのは、なかなか難しいですねぇ。それもハードボイルド。難しいなぁ。読書好き、ハードボイルドは特に!という方はとっくに読んでいるに違いないスペンサー・シリーズですが、読書は嫌いという方にこそ是非とも読んでもらいたいんですよね。特に70年代に刊行された7作品、これがもう絶品なんですから。
ということで、1973年に刊行されたシリーズ第1作「ゴッドウルフの行方」から行ってみましょう。
ハードボイルドを確立した作家といえば、それはもう泣く子も黙るレイモンド・チャンドラー。多くの同業者、作家志望者たちに多大なる影響を与えました。若き日のロバート・B・パーカーも例外ではなく、パーカー曰く「第1作目と第2作目の半分」はレイモンド・チャンドラーの影響下にあったと語っています。
なので、この作品はシリーズの中でも感じがちょっと違うんですよね。

ゴッドウルフの行方
ゴッドウルフの行方 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ) | ロバート・B. パーカー, Robert B. Parker, 菊池 光 |本 | 通販 | Amazon
このシリーズの大きな魅力は、スペンサーを中心とした登場人物たちの会話にあります。しゃれているというか、ユーモアがあるというか、面白いんですよ。なので読みやすいということでもあります。て言うか、スペンサーがようしゃべるんです。
そして料理。自分でも作りますし、外食もバンバンしていて描写が細かいので思わず食べてみたくなります。例えばノース・ショアというところまでわざわざ買い行った自家製のドイツ・ソーセージから出る油で緑のリンゴを一緒に炒め、フランスパンにソーセージを6本もはさんで食べたりしています。この作品では貝柱を利用したフランス料理のスカラップ・ジャック、サブマリン・サンドウィッチ、スパニッシュ・オムレットなどなど色々と出てきて楽しませてくれます。
スペンサーが大食漢なのか、アメリカ人は皆そうなのかは分かりませんが、スペンサー、よく食べます。マックのハンバーガーを6個買ってきて一人で食べてますしね。
誘拐
1974年刊行の「誘拐」。まだ半分ほどはレイモンド・チャンドラーの影がちらつくという2作目ですね。残りの半分にはロバート・B・パーカーのオリジナリティが顔を出しているということになるわけですが、それは登場人物にも表れているかと思います。何と言っても「誘拐」は、シリーズのヒロイン、スーザン・シルヴァマンの初登場作として知られています。

誘拐
誘拐 (ハヤカワミテリ文庫―スペンサー・シリーズ) | ロバート・B. パーカー, Robert B. Parker, 菊池 光 |本 | 通販 | Amazon
スーザンをはじめとして登場人物がレギュラー化していくのですが、それもまたスペンサーシリーズの面白さのひとつですね。
因みに、まだスーザンとは深い関係には至っておらず、スペンサーはブレンダ・ローリングとスーザン・シルヴァマンに二股を掛けている感じです。
ロバート・B・パーカーもまだ構想が固まっていなかったのでしょうね。40年近くも続くシリーズになるなんて、この時点では作者も読者も想像できなかった筈ですよ。
失投
「失投」が刊行されたのは1975年です。3作目。ロバート・B・パーカーにとっても自信作のようですね。いよいよ本領発揮といった感のある作品ですよ、これは。スペンサー・シリーズのスタイルが整ったといって良いかと思います。
では、スペンサー・シリーズのスタイルとはどのようなものなのか?あるインタビューでロバート・B・パーカーは「スペンサーは探偵だがシャーロックホームズやエラリー・クイーンのような探偵ではない。複雑な謎を解かないんだからね」と言っています。重ねて「男、心情、名誉の行動についての本なんだ」とも。つまり、スペンサー・シリーズは、事件や謎解きではなく、人間の心の機微に焦点を当てるというスタイルなんですね。それがロバート・B・パーカー自身が満足できる形で作品となったのが「失投」ということでしょう。

失投
「失投」はそれまでの2作とは随分違う印象を受けます。オーソドックスな探偵小説からヒーロー小説に移行するターニング・ポイントとなった作品。「失投」の解説で井上次郎と言う方がそのように書かれていますが、まさに言いえて妙です。ロバート・B・パーカー自身は「どちらかというと、冒険小説と呼んでほしい」と言っとりますけどね。
約束の地
1976年刊行の4作目「約束の地」は、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞を受賞しています。しかかし、それより何より、この作品からホークが登場しているということの方が読者としては大事です。
ホークというのは、フリー・ランスの取り立て屋で、スペンサーの相棒となる男です。
腕っぷしが強く、男気あふれ、精神的にもタフな主人公、スペンサー。ホークというのがまた、腕っぷしが強く、男気あふれ、精神的にもタフなんですね。で、そのホーク曰く「スペンサーやおれのような人間は、もうあまり残っていない。彼がいなくなったら、さらに一人減ることになる。おれは寂しくなる」とまぁ、こんなセリフを吐くわけです。
「約束の地」でのスペンサーとホークは仲間ではなく、仕事上敵対してるんです。しかし、心情的には上記のセリフというわけで、ここから長い長い付き合いが始まることになります。

約束の地
ホーク初登場ではありますが、設定としてはスペンサーとは長年の付き合いで、一緒にボクシングをやっていた間柄となっています。二人は似ているとは言っても、違う点も当然あって、スペンサー曰く「おれは金のために人を殴ったりしない。金のために人を殺したりしない。彼はやる!」です。う~ん、前作から暴力的になってきてるんですよね。で、それが爆発するのはシリーズ屈指のアクション巨編となる、人を殺しまくる第5作「ユダの山羊」になります。
ユダの山羊
1作目の「ゴッドウルフの行方」で、スペンサーはパブリックガーデンから2ブロック上がったマールバラ通りに住んでいると言っています。パブリックガーデンと言うのはアメリカ初の公立植物園でボストンにあります。そう、このシリーズはボストンを中心として物語が展開されることが多いのです。が、「ユダの山羊」ではスペンサーは先ずロンドンに飛びます。そこからコペンハーゲン、アムステルダム、更にはモントリオールと世界を飛び回ります。緊張感あふれる張り込みや銃撃戦。スペンサーはバンバン人を殺しますし、まさに「ユダの山羊」は冒険小説なんですよ。

ユダの山羊
毎回楽しみなのが料理。スペンサーは自分でも作りますが外食も大好き。本作にも世界各地での料理の描写があり食欲をそそられます。それとは別に、このシリーズにはもうひとつ楽しみがあるんですよ。それはファッションです。
「イギリス人ごときに色彩感覚を欠いていると思われるのは癪だ」ということで、スペンサーのロンドンでの服装はジーンズに白いデニムのシャツ。その上にダークブルーのコーデュロイでできた丈の短いリーバイスのジャケットを襟を立てて着こなし、青い筋の入ったアディダスのロムズで決めています。まぁ、いつもこんなカジュアルな格好をしているわけではなくって、グレイ・スラックスに紺と白のストライプのボタンダウンシャツ。ブルーのニットタイを合わせ、黒い飾り付きのローファーという描写も出てきます。
相棒のホークはというと、ラベンダー色のバンドの付いたストローハットを前にずらしてかぶり、薄灰色のピンストライプの入ったダーク・ブルーのスリーピース・スーツ。白いシャツにラベンダーのシルクタイ。小さな結び目の下にはカラー・ピンを付けていて、胸のポケットからはラベンダー色のハンカチの先が覗いているというオシャレぶり。因みにホークは背が高くスタイルの良い黒人ですので、さぞかし見栄えがするんでしょうねぇ。
レイチェル・ウォレスを捜せ
そしてシリーズ6作目「レイチェル・ウォレスを捜せ」です。1980年に刊行されています。今回の任務は作家レイチェル・ウォレスの護衛。このレイチェル・ウォレスが気の強い女性で、気の強い事では引けを取らないスペンサーと当然衝突します。これが見どころですね。つまりレイチェル・ウォレスとスペンサーの生き方の衝突。
結果、スペンサーは護衛を解任されてしまうのですが、レイチェル・ウォレスが誘拐されたと知ると無償で事件解決にあたることに、、、男にはグッとくるんですよねぇ。こういう設定。

レイチェル・ウォレスを捜せ
レイチェル・ウォレスを捜せ (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ) | ロバート・B. パーカー, Robert B. Parker, 菊池 光 |本 | 通販 | Amazon
立ちはだかる障害を拳とジョークでなぎ倒し、自分のスタイルで仕事をする男、スペンサー。この男、改めて説明しますと「自分の名前はSpencerではなく、Spenser。16世紀の英国の詩人と同じく“c”ではなくて“s”なのだ」ということに拘りを見せる主人公です。
身長、6フィート1インチちょっと。体重は201.5ポンドと言ってます。なので、身長185.5センチの体重91.4キロくらいですかね。1日5マイルほど走っているそうです。5マイル。約8キロですね。多い時には体に無理をさせるために10マイル走るそうなので、かなり鍛えています。
職業は私立探偵ですが、ボクサーだったことがあり、警官だったこともある。誰が見ても分かるような鼻の骨折跡があって、それは最盛期を過ぎたジョウ・ウォルコットと試合をした時のものだそうです。「彼の最盛期だったら殺されていただろう」と言ってます。なんかもうタフガイそのものですよ。
で、オシャレで料理好き、かなりの読書家でもあり文学の引用も出てきますし、何でもよう知ってますよ。
さぁ、そんなスペンサーが15歳の少年を自立した男に鍛えていくという、スペンサー流の教育指導書ともいえる内容が次の作品、読後感最高の「初秋」です。「レイチェル・ウォレスを捜せ」と同じく1980年に刊行されています。

初秋
実はこの作品を読んでほしくて、ここまで長々と書いてきたようなものなんです。名作も名作、面白い事間違いなしです。ハードボイルドに興味がない方、読書がキライな方にこそ是非とも読んでいただきたいのですよ。
スペンサー・シリーズは沢山あるので、どれから読んでいいのかと迷っているそこの貴方。貴方には「初秋」から読むことをお勧めします。