極真分裂.01  後継者の資格

極真分裂.01 後継者の資格

1994年に大山倍達が亡くなられる前年(1993年)までを、その後に起こる分裂騒動のキーマンを中心にまとめ。


高木薫(北海道支部長、東京本部総裁秘書室室長)が、第5回世界大会を東京ドームで開くことを提案。
大山倍達は許可したが、会場を抑えるのが遅すぎて実現しなかった。
同時期、大山倍達は「空手百科」を出版を進めていて、高木薫に出版社:学習研究社との仲介を任せれていた。
第5回世界大会の協賛を買って出た学習研究社に対し、高木薫は自分の北海道支部の口座に協賛金を振り込むように指示。
学習研究社が大山倍達に確認したところ、高木薫が許可なく行っていたことが発覚。
このトラブルによって出版が決まっていた「空手百科」は販売されずに終わった。
1991年11月に行われた第5回世界大会では、大山倍達は型の演武を、松井章圭は試割りを行った。
優勝は、緑健児。
2位、増田章。
3位、黒澤浩樹。
そしてこの大会では衝撃的な事件が起こった。
アンディ・フグは、第3回大会では緒戦で、第4回大会では決勝戦で松井章圭に敗れた。
第5回大会で27歳のアンディ・フグの肉体はさらにビルドアップされ、「アルプス最強の男」から「ヨーロッパ最強の男」とニックネームは格上げされ、優勝候補の1人だった。
しかし3度目の世界挑戦は非常に険しい山(トーナメント)登りだった。
1回戦:ビガーゼ・タリエル、194㎝112㎏。
2回戦:ヨハン・ブプセライネン、201㎝115㎏。
3回戦:ウラジミール・クレメンテフ、196㎝105㎏。
「アンディ包囲網」と呼ばれた超大型選手が囲む作為的にも思えるトーナメントを勝ち進んでいった。
事件は4回戦で起こった。
前回の世界大会準決勝でアンディ・フグは、ブラジル支部のアデミール・ダ・コスタを踵落としからローキックというコンビネーションで破った。
そして今回ではアデミール・ダ・コスタの弟弟子であるフランシスコ・フィリョと対戦することになった。
20歳のフランシスコ・フィリョは世界大会初出場だったが、圧倒的な強さをみせて勝ち上がっていた。
それに比べ今大会のアンディ・フグは少しオーラがなかった。
3回戦終了後に行われた試割り審査で隣で失敗したフランシスコ・フィリョをみてガッツポーズをとったのもアンディ・フグらしくなかった。
試合は、アンディ・フグの踵落としをフランシスコ・フィリョが左の回し蹴りでブロックするなど、華麗な蹴りが飛び交うスリリングな展開となった。
しかし明らかにアンディ・フグのディフェンスには問題があった。
しっかり肘を曲げ脇をしめて顔面をガードすべき腕を伸ばし手でフランシスコ・フィリョの蹴りを抑えにいってしまい体をのけぞらせてしまっていた。
「ヤメッ」
主審が試合を止めた。
瞬間、ガードを下したアンディ・フグの顔面をフランシスコ・フィリョの左ハイキックが蹴り抜いた。
アンディ・フグは糸が切れた操り人形のようにマットに崩れ落ちた。
故意ではないが、「ヤメッ」の後の攻撃であったため、フランシスコ・フィリョの反則かとも思われたが、審判委員長である大山倍達は
「たしかに試合はスポーツだが、それ以前に極真空手は実戦を想定した武道である。
武道である以上、たとえ第3者が「止め」を宣告してもスキをみせてはならない。
これは倒されているアンディの明らかな負けである」
と裁定。
アンディ・フグは悲劇の主人公となった。

29歳で自分の道場を持った松井章圭は、8年間の交際の末、幸吟にプロポーズした。
幸吟に婚約を破棄させ、1人前の男になろうと極真を飛び出し、許永中や福本邦雄のもとで悪戦苦闘して社会勉強した松井章圭だったが、この間、幸吟にはたまにしか会えていなかった。
松井章圭は母親の任福順の前で両手をついた。
「幸吟を私のお嫁さんにください」
そして幸吟に求婚した。
「ずいぶん時間がたってしまったけど僕と結婚してください」
「あなたとは結婚しない」
驚いた松井章圭は、経緯を説明したが、幸吟は
「結婚するといっていながらしなかった」
といった。
松井章圭は歯の浮くような言葉を連発。
幸吟をうなずかせるまで3時間かかった。
「一生かけて幸せにするよ」
といいながら
(恋愛と試合は似ている。
あきらめず連続攻撃だ。
そして相手の意思を最大限に尊重して技をかけないといけない)
と悟る空手バカだった。

1992年、高木薫(北海道支部長、東京本部総裁秘書室室長)が
「都内の4支部(城東、城西、城南、城北支部)を総本部直轄道場にすべき」
と提案。
総本部の収入を増やすことがその目的だったが、当然、4支部長は反対。
外部の後援者を中心に構成される総本部委員会に同じ支部長である高木薫のスタンドプレーを訴えた。
大山倍達は高木薫から東京本部総裁秘書室室長の肩書をはく奪した
1992年7月、突如、アンディ・フグが正道会館の試合に出場。
第5回極真空手世界大会(1991年)終了後、28歳のアンディ・フグは、同棲中のイロナとの結婚や、友人と共同経営していたスポーツショップ「Sports Freaks」の業績悪化など、いろいろな問題を抱えながらプロのファイターの道を模索した。
アンディ・フグがプロのファイターになりたがっているのを知った石井和義(正道会館館長)は、何度も極真をやめたのか確認。
そして「格闘技オリンピックⅡ」で柳澤恥行と対戦させた。
アンディ・フグは踵落としで圧倒。
プロデビュー戦を勝利で飾った。
顔面パンチなしのフルコンタクト空手ルールで、お金を払った観客を魅了するのは難しいが、アンディ・フグだけは特別で、強い上に華があった。

アンディ・フグが正道会館に参戦したことに大山倍達は激怒。
正道会館に対して絶縁状を通達。
このことを記事にして、正道会館のエースである佐竹雅昭と松井章圭を並べて表紙にした雑誌「格闘技通信」に対しても取材拒否。
格闘技通信の取材拒否は1年間で解かれたが、極真会館と正道会館の絶縁関係は続いた。
1992年12月、松井章圭と幸吟は結婚披露宴が行ったが、めでたい式で大山倍達の祝辞には怒気が含まれていた。
「君は私のいうことを絶対に聞こうとしない。
君は引退してはいけなかったんだ。
私のいうように4連覇を目指すべきだったんだ。
そして不滅の王者として我が極真に君臨すべきだったのだ。
道場なんか開くべきではなかった。
総本部にいて指導を続けることが将来の君のためであったのだ。
君は私のいうことを聞かない。
君の欠点は頭が良すぎることだ。
ときにはガムシャラになってやらなくてはいけないときもある
何かを犠牲にしてでも突き進まなければならないときもあるんだ」
松井章圭は直立不動で聞いた。
(もう2度と総裁に逆らうようなことはしない)
傍らには生まれたばかりの長女を抱いた幸吟がいた。
松井章圭は、昼は五反田の金融会社に勤め、夜は道場で指導を行った。
会社勤めで得た給料で家族を養い、道場収入はその維持と設備投資に回した。

1993年3月、松井章圭は5段への昇段試験で、50人組手を達成。
この年に行われた支部長会議で大山倍達は54人の支部長に向かっていった。
大山倍達に向かって最前列の右端に郷田雄三、左端に三瓶啓二(福島県支部長、全日本大会3連覇)。
2列目に中村誠(兵庫県支部長、世界大会2連覇)、山田雅捻(城西支部長、大西靖人、黒澤浩樹、増田章などの師)、浜井識安(石川県支部長、増田章の最初の師)。
松井章圭は最後列に座っていた。
「昔は極真不毛の地に城を築いてやろうという覇気があった。
他流歯を潰してでもやってやるという人間ばかりだった。
でももうみんな金持ちになって闘争しようとしない。
金持ちはケンカしないものだよ。
腹の減ったやつが闘争するんだよ。
みんなちょっと太りすぎた気がする。
私の亡き後は大山倍達の栄光に君たちは生きることはできないんだよ。
私が亡きものになるとみんなはきっとバラバラになる気がしています」
さらに大山倍達は後継者についてこう述べた。
「後継者については軽々しくいえないけれど、海外、国内を通じて誰もがこの人が後継ぎならいいよと認める形で指名したい。
だがこれは10年後、20年後のことだからまだ心配はいらない。
それより今日の格闘技ブームで君たちがやることは、極真は地上最強であることを誇示してもらいたい。
これは私が亡き後でも永遠にやり続けなければならない君たちの宿命だよ。
私は100歳まで生きるよ。
今の極真は大改革が必要だからね。
だから後継者の心配はまだする必要などない。
ただね、極真の2代目はまず強くなければダメだ。
全日本大会連覇と世界大会制覇、そして100人組手の完遂者で、しかも若い人。
できれば30代前半の人に継がせたい。
甥は人を醜く保守的にさせるものだからね」
世界大会2連覇の中村誠は100人組手完遂が、全日本大会3連覇の三瓶啓二は世界大会制覇と100人組手完遂ができていなかった。
大山倍達には後継者について3つのプランがあった。

1 郷田勇三か盧山初雄、大山道場時代からの高弟に2代目を継がせてから、3代目を中村誠か松井章圭にする。
2 中村誠を2代目にする。
3 松井章圭を2代目にする。

そして実際に郷田勇三、盧山初雄、中村誠を呼び寄せて見定めようとした。
郷田勇三と盧山初雄は
「歳を取りすぎている。
もっと若くないと波乱の格闘技界を新しい発想で乗り切れない」
中村誠には
「世界2連覇という大偉業を達成した君の極真への貢献度は抜群である。
しかし2代目は松井に決める。
君か松井かで最後まで悩んだが酒の上での失敗が君にはある。
それに松井の若さが今の極真には必要なんだ」
と告げた。
中村誠は応えた。
「押忍。
わかりました」
酒の上での失敗とは、居酒屋でケンカを売ってきた数名のヤクザを血祭りにあげ全国ニュースで報道されたことである。

1993年4月、松井章圭は大山倍達に呼ばれた。
「実は君に重要な仕事をやってもらいたい。
やれるか」
「押忍」
「新会館建設のための第2次建設委員会を組織したい。
ついては君が委員長をやってくれ。
君が中心になって、増田、黒澤、緑といった若い人たちの協力を得ながら強力に推進してほしいんだ
古い支部長たちにはもう任せておけない」
手狭になった極真会館総本部に隣接する土地を買い上げ新会館を建設するという計画だった。
以前に第1次委員会が発足されたが、多くの支部長は再三の建設資金の拠出要請にも難色を示し、事実上休眠状態になっていた。
「この仕事は全国の支部長たちを敵に回す仕事なんだ。
君が泥をかぶることになる。
どうだ、できるかね」
「総裁がいわれるのならなんでもやります」
松井章圭は、即座に答えハラを決めた。
(極真あっての、大山総裁あっての自分だ。
支部長たちにどう思われようとかまわない)
1993年8月、大山倍達は臨時の全国支部長会議を招集し、第2次新会館建設委員会の委員長に末端の支部長に過ぎない松井章圭を指名した。

「極真分裂.02 松井派、支部長協議会派、遺族派」に続きます。

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