日本人重量級ボクサーとしてファンに夢を魅せた西島洋介山
西島洋介山(にしじまようすけざん)
西島洋介山 ボクシング時代の経歴
西島洋介 - Wikipedia
ボクサー時代の西島洋介山
WBF世界クルーザー級王座を獲得した西島洋介山
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メジャー団体でのタイトルは獲得できなかったものの、メジャータイトルでもあるWBCで最高クルーザー級6位にランクインされた。
日本ではライトヘビー級・クルーザー級・ヘビー級は競技人口がほとんどいない中、長きに渡り日本クルーザー級のパイオニアとして活躍していた。
もしバックアップ体制が万全であったなら、もっと活躍できたはずだと言う声も多い。
【プロボクシング戦績】
27戦 24勝(15KO) 2敗 1引き分け
ボクシングを引退後、総合格闘技へ転身
西島洋介 - Wikipedia
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【総合格闘技戦績】
5戦 0勝 5敗
総合格闘技から立ち技のK-1へ
西島洋介 - Wikipedia
2013年11月17日、ボブ・サップとの引退試合を開催。
2009年のレイ・セフォー戦後はボクシング教室やアルバイトで生計を立てていた。
23歳で結婚。2人の子供に恵まれていたが2013年7月に離婚した。
離婚理由について西島は「元妻はボブ・サップ戦に猛反対で、少し離れてボクの様子を見たいという気持ちがあったみたいです。」と語っている。
2013年11月17日「LEGEND4」
引退試合発表後、かつての対戦相手や友人、そして今回対戦するボブ・サップから続々とメッセージが到着。
「ボクシングはボクが心から愛したスポーツ。最後はボクサーで終わりたいんです」と西島の希望によって、変則ルールでの開催。
3分3Rのキック特別ルールだが西島だけは蹴りを使わないことが決定。体重もボクシング時代のベストウエートの83・5キロで、160キロのサップとは実に倍ほども差があった。
引退試合はケガを負わないことを前提にエキシビション戦などで終わらせるケースが多い中、西島はこだわり続けたボクシングの強さを見せつけるため、あえて過酷な花道を選択した。
試合後、西島は「サップと対戦できたのは皆さんのおかげです。ありがとうございました。つい最近家族と離れて練習する環境を作れたので、家族には感謝します。出来れば、家族の元に帰りたいと思います。ここまで支えてくださった皆様のおかげで無事にここまで来ることが出来ました。最後の相手になってくれたサップ選手にも感謝します」とコメントを残した。
【キックボクシング戦績】
3戦 1勝(1KO) 2敗
ボクシング時代は事務所や団体との軋轢で十分な活動ができず、『悲運のボクシング王者』とも呼ばれた西島洋介(西島洋介山)。
日本人でも世界のヘビー級で活躍できるかも?と夢を与えてくれました。
心からお疲れ様と言いたい。
引退試合の際には、別れた妻と再婚したいと語ってましたがその後どうなったのでしょう…。
最近の活動はオフィシャルブログに掲載されています。
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