【柔道】階級差を超えた伝説の戦い。古賀稔彦vs小川直也、吉田秀彦vs小川直也

【柔道】階級差を超えた伝説の戦い。古賀稔彦vs小川直也、吉田秀彦vs小川直也

古賀稔彦と吉田秀彦。二人のオリンピック金メダリストが重量級の世界チャンピオン小川直也と対戦した1990年・1994年全日本柔道選手権大会での活躍を振り返る。 世界を取った柔道家三人の関係値・因縁についても紹介。


柔道の基本理念、『柔よく剛を制す』

『柔よく剛を制す』
これは太公望が書き、神仙の黄石公が選録したとされる中国の兵法書『三略』上略篇に記載されている「柔能制剛、弱能制強」の句から来ている。

相手の力を巧みに利用すれば、小さい人でも大きい人を投げ飛ばすことができるとして、柔道の基本理念になっている。

だが、一流同士の戦いで軽量級・中量級の柔道家が、体格に勝る重量級の柔道家に勝つことは非常に難しく、近代柔道においてその事例は殆どない。

その『柔よく剛を制す』の実現に挑んだ古賀稔彦・吉田秀彦。
二人のオリンピック金メダリストが出場した体重無差別の全日本柔道選手権大会での活躍について紹介。

全日本柔道選手権大会は、体重や体格は関係なく真の強さだけを競い合い、たったひとりだけの“日本で一番強い”柔道家を決める大会である。

1990年『全日本柔道選手権大会』古賀稔彦vs小川直也

1990年、当時22歳の古賀稔彦は体重無差別の全日本柔道選手権大会に出場。

100キロ超の重量級選手が多く出場する大会に、75kg前後という軽量にもかかわらず挑戦し、マスコミからも大きな注目を浴びた。

「無謀だ」、「ケガをしたらどうする」という声も多かったが、古賀にとって柔道人生のなかで一度挑戦してみたい舞台だったという。
中学・高校時代は団体戦で自分より大きな選手を相手にするのは得意であり、逆に闘志が湧いたとも語っている。

試合には二回戦から出場し、その二回戦で体重135Kg、三回戦では体重120Kg、準々決勝では体重155Kg、準決勝では体重108Kgの重量級選手を相手に、すべて判定の優勢勝ちでまさかの決勝進出。

決勝で当時最重量級(95kg超)の世界チャンピオンで前年覇者である小川直也(当時の体重130Kg)と対戦した。

【決勝】古賀稔彦vs小川直也 試合内容と結末

準決勝までの試合時間は6分間だが、決勝戦は10分間。
決勝まで重量級の選手と戦い続けた古賀は疲労困憊であった。

体重差50Kg以上のハンデを乗り越え善戦するも、開始から4分を過ぎたころ小川に奥襟と左袖をつかまれ足車で一本負けを喫した。

敗れた古賀は畳の上で大の字になり涙した。

連覇を果たした小川よりも、軽量ながら善戦した古賀を各紙は大きく取り扱った。

当時の新聞記事(サンケイスポーツ)

古賀稔彦が流した涙の理由とは

決勝で敗れたとはいえ、重量級相手に奮闘した古賀の活躍に会場は拍手喝采の大盛り上がりであった。
だが、古賀は自分自身の甘さを痛感し、許せなかったのだという。

小川に足車で投げられる直前、古賀は小川にとって有利な組み手を持たれた。
つかまれた左袖を切らなければならない場面だったが、肉体的・精神的な疲労から「これは切らなくても大丈夫かな。まあいいか」という考えが頭をよぎった。
その瞬間に古賀の身体が思いっ切り宙を舞った。
古賀の回顧によれば「柔道の試合で自分の体が宙に飛んだのはあれが生まれて初めて」だったという。

涙の理由は、一瞬でも「大丈夫かな」と自分に甘くなったために負けたことへの悔しさだったと古賀は後に明かしている。

また、「小川選手には『絶対に勝つ、負けられない』という恐ろしいほどの気迫があった。だが私は「挑戦してみるか」という安易な気持ちだった。既に勝負する前から心の部分で大きな差があったのだ。」と敗因を分析している。

小川直也にとっての古賀稔彦戦

小川は体重の軽い古賀が決勝まで上がってくると思わっていなかった。
だが、所属するJRAの監督である関勝治に「小さい相手ともよく練習しておけ」と言われ、古賀と同じくらいの体格の選手とよく練習していたことで、決勝ではスムーズに勝つことが出来たという。

決勝までの古賀の試合を見て、「古賀は大きい相手に対して、無理に投げようとせず、判定で勝つ作戦。だから自分も判定に持ち込まれたらマズイ。」と感じた。

「当時の重量級は技はあっても戦術がなかった。それが古賀を決勝まで行かせた一因でしょう。ならば僕は理詰めで古賀を倒そうと考えたんです。僕は準決勝までポンポンと勝ち上がってきて、古賀はいっぱいいっぱいで疲れている。だから、時間をうまく使いながら、相手を消耗させる作戦でしたね。体だけでなく、精神的にもきつい状態に追い込めば勝てると考えました。」と明かしている。

結果として、肉体的・精神的な疲労から古賀が「まあいいか」と組み手を許した一瞬のゆるみを逃さず足車で一本とった小川の作戦は見事に成功している。

この古賀との対戦は、負けられないプレッシャーは大きかったが日本武道館が超満員になって盛り上がり、柔道人生で忘れられない試合だと小川は述べている。

古賀稔彦と小川直也の関係性

古賀稔彦と小川直也は同級生。
国体では同じ東京代表に選ばれ、東京都の優勝に貢献した。
その後はともに日本代表となり励ましあってきた仲である。

小川は「古賀は世田谷学園で当時からスーパースターでした。『どんなヤツだろう』と実際に会ってみると、そんなに大きくない。『どこがすごいんだ?』と実際に試合を見ていると、先輩たちがいとも簡単に投げられてしまう。あんな小柄な人間に負けるわけにはいかない。柔道に本腰を入れたのは彼がいたからこそなんです。」と古賀の存在を語っている。


2008年8月10日放送のフジテレビ『ボクらの時代』では柔道経験者のロンドンブーツ1号・2号の田村亮を交えて仲良く対談している。

ボクらの時代「小川直也×古賀稔彦」対談

ともに出場した1987年柔道世界選手権。
古賀は優勝の大本命あったが重度のプレシャーもあり、残念ながら優勝を逃した。
一方の小川は、もともと補欠選手だったが正選手の怪我により急遽出場し19歳の最年少で優勝を果たした。
この時、古賀と小川はホテルで同室だった。
減量との闘いを続ける古賀をよそ目に、減量を気にしなくてよい最重量級の小川は外食から戻ってからもおにぎりを部屋に持ち帰り食べていた。
古賀は隣で寝たふりをして我慢していたと明かした。

小川が柔道からプロレスに転向したとき、各方面から様々なバッシングを浴びたが、古賀は『がんばれよ!』と励ましの手紙をくれたという。(古賀は手紙を出してことを覚えていなかった。)
古賀は「柔道やってるヤツが『あっち(プロレス)行ってなんだよ』って言うヤツがいるけれども。オレなんかは全然そんな事思わないで、仕事として行ったんだとしか思ってなかった。」と当時の気持ちを語っている。

小川と古賀の息子は共に柔道をやっており、全国高等学校柔道選手権の団体戦であたっている。
団体戦では小川の息子・雄勢が大将、古賀の男・颯人が先鋒だった為、直接対決は見られなかった。
小川「もっと演出考えて欲しかったな。(大将で)だせよ自分の子供をって。盛り上がったのに」
古賀「絶対、こっち(小川の息子)が勝つからイヤなの(笑)」
と息子同士の対戦について楽しそうに語った。

1994年『全日本柔道選手権大会』吉田秀彦vs小川直也

1994年の全日本柔道選手権、バルセロナ五輪78キロ級金メダルの吉田秀彦が参加。
吉田は1991年にも出場したがこの時は3位に終わっており、雪辱を果たす意気込みで臨んだ。

切れ味抜群の投げ技を武器に重量級相手に勝ち続け、1989年から5連覇中の小川直也と準決勝で対戦することになった。
吉田はバルセロナ五輪の頃より増量し、体重は86Kgであったがそれでも130Kg近い小川とは大きな体重差が存在していた。

バルセロナ五輪で先輩・古賀稔彦と共に金メダルを獲得し日本中から称賛された吉田秀彦と、優勝候補と言われながらも銀メダルに終わりマスコミや世間から激しいバッシングを受けた小川。
必然的に場内は吉田を応援するムードで染まっていた。

【準決勝】吉田秀彦vs小川直也 試合内容と結末。「マジかよ!」発言

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