見る人すべてに感動を与えた、柔道のつわものたち

見る人すべてに感動を与えた、柔道のつわものたち

柔道を語るとき頭に浮かんでくる言葉が「柔よく剛を制す」。この言葉は、講道館柔道の創始者でもある嘉納治五郎(かのう じごろう)の教えの一つです。嘉納治五郎は、明治~昭和にかけて日本にスポーツの道を開いた人物。講道館柔道を開いた他にも、柔道・スポーツ・教育分野の発展だけでなく、日本のオリンピック初参加にも尽力しています。その嘉納治五郎の遺志を継いだ若き柔道家たちが続々と誕生し、日本のみならず世界の人々に感動を与えています。


山下泰裕(やましたやすひろ)

日本の柔道界で、燦然と輝くのが山下泰裕です。1984年ロサンゼルスオリンピックの金メダリストですが、ボイコットで出場できなかったモスクワオリンピックでは、金メダル間違いなしと言われていました。

更には、全日本柔道選手権で9連覇を果たし、世界選手権での優勝は4回。そして、外国人選手との対戦成績では生涯無敗を誇っているのです。なんと、公式戦は203連勝なんですよ。まさに生ける伝説と言うに相応しい柔道家の1人ですね。

子供の頃から「天才」とか「木村政彦の生まれ変わり」と言われ、マスメディアからも注目を集めていました。最強柔道家の最右翼とされる山下泰裕の試合の勝率は、驚きの9割7分2厘。97%以上の確率で勝利する無敵の柔道家ですね。

木村政彦(きむらまさひこ)

全日本選手権13年連続保持という、未踏の大記録を誇る柔道家が木村政彦です。「鬼の木村」と呼ばれる、講道館柔道七段の偉大な柔道家でした。天覧試合での優勝を含めて、15年間一度も負けることのないまま引退をした人物なんです。「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」という言葉は、柔道を知る人たちの中では余りにも有名ですね。

その恐るべき練習量に加え、試合に負けた時は腹を切ると宣言し、切腹の練習をしてまで試合に臨んでいました。普通では考えられない集中力で試合に臨み、当時では無敵の強さを誇った柔道家、まさに侍です。投げ技に加え寝技においても相当なスペシャリストでした。特に強烈な大外刈りは、練習中に失神者が続出し禁じ手に。そして、寝技の腕緘(うでがらみ)でも、脱臼する人が多くなり禁じ手となりました。

その後にブラジルに渡り、グレイシー柔術の創始者エリオグレイシーと戦います。当時のエリオ・グレイシーは、様々な格闘家と戦い連戦連勝中のブラジル格闘技界の英雄でした。その試合で木村政彦は、なんとエリオの腕をへし折って勝利するのです。米国カリフォルニア州のグレイシー博物館には、エリオが木村政彦に敗れた時の柔術着が一番目立つ場所に飾ってあります。遥か昔のこの試合、グレイシー一族にとっては敗北でなく誇りとして語り伝えられているのです。エリオだけでなく。現在のMMA(総合格闘技)の選手たちにも伝説の試合と畏敬をもって語られているのです。

柔道を引退後に力道山とのプロレスの試合を行い、力道山のブック破りによってノックアウトされてしまいます。この試合の結果、著しく評価を落とすことになりましたが、間違いなく山下泰裕と並ぶ柔道史上最強候補の1人ですね。

古賀稔彦(こがとしひこ)

常に一本を取りに行く柔道を貫き、平成の三四郎と異名をとった古賀稔彦。小柄な体でありながら、切れ味鋭い技の数々を操る柔道家です。豪快な一本背負投を得意技で、1992年のバルセロナオリンピックでは、柔道男子71kg級で金メダルを獲得しています。 

1990年の全日本柔道選手権大会において、当時75kg前後という軽量なのにもかかわらず、体重無差別のこの大会に参加します。ここで、重量級の選手を次々と撃破する古賀稔彦は、まさに「柔よく剛を制す」。そして決勝にまで駒を進めるます。決勝の相手は、当時95kg超級という最重量の世界チャンピオン小川直也。この対戦で破れ惜しくも準優勝、しかし古賀の健闘に会場は拍手で溢れたそうです。その後古賀は、柔道の試合で自分の体が宙に飛んだのはあれだけだったと語っています。

1992年のバルセロナオリンピック選手団では主将を務めた古賀。しかし、直前に吉田秀彦と行った乱取り中に、左膝を負傷してしまいます。実はこの怪我、かなりの重症だったそうで、激しいひざの痛みに加えて運動できないことからの減量も困難を極めます。しかし、何とか乗り越え痛み止めを打ちながらの連戦の末、見事に金メダルを獲得。直前の大ケガの困難に打ち勝ち、執念でつかんだ金メダル。見ている人々に感動を与える試合として、記憶に深く残ることになりました。

岡野功(おかのいさお)

柔道家岡野功は、1964年東京オリンピックの柔道中量級で金メダル、1965年世界柔道選手権の80キロ級で金メダル、1967年・69年全日本柔道選手権においては、全日本史上最軽量の選手でありながら2度も優勝をしているんです。

後に、古賀稔彦が平成の三四郎と呼ばれるようになりますが、三四郎という異名をとったのは、岡野功の方が元祖になりますね。その後の全日本柔道選手権において、80㎏台の古賀稔彦と吉田秀彦が決勝まで進みましたが、いずれも最後は敗れて優勝する事はできていません。それを見ても、岡野功の偉大さがわかりますね。

引退後の岡野功は、たくさんの優秀な選手を育てあげています。指導者としても評価さる柔道家の一人ですね。ミュンヘン・オリンピック、柔道無差別級で金メダリストになったウィレム・ルスカや、東京オリンピックの無差別級金メダルのアントン・ヘーシンクも、岡野の道場で練習していたそうです。

斉藤仁(さいとう ひとし)

山下泰裕と何度となく死闘を行い、一度も勝てなかったために山下の影に隠れることになってしまっていた柔道家が斉藤仁です。それでも、1984年ロサンゼルスオリンピックでは金メダルを獲得、続く1988年のソウルオリンピックでも金メダル、
1983年世界選手権においても金メダリストになり、1988年に行われた全日本柔道選手権では優勝と、輝かしい記録を誇っています。

山下泰裕自身が「斎藤は私を超えた」と語っていることからも、斎藤仁も天才柔道家であることは間違いがないところですね。ロサンゼルスオリンピックでは、圧倒的な強さで金メダルを獲得。しかし、続くソウルオリンピックでは、右膝を故障しながらの試合となりました。それも斎藤の試合までは、日本の金メダルは未だ0、大きなプレッシャーの中のでしたが、見事に重圧を払いのけ金メダルを勝ち取るのです。その後、指導者としても手腕を発揮し、鈴木桂治や石井慧などの金メダリストを送りだしています。ただ、両選手からは「鬼」と呼ばれていたそうですが。

小川直也(おがわ なおや)

柔道家小川直也は、1992年バルセロナオリンピックの銀メダリストです。世界選手権では4度の優勝、そして全日本柔道選手権では5連覇を含む7度の優勝を果たしています。

オリンピックにおいての金メダルが無いということもあって、最強柔道家のイメージは持たれていないようですが、公式戦の成績を見ると、山下泰裕に次ぐすごい成績なんです。実力は、最強柔道家と言っても過言ではないでしょう。柔道を引退した後は、プロレスラーや格闘家としても活躍しています。一流の格闘家と対戦しても、一歩も引かない正々堂々の試合を見せてくれました。古賀稔彦悲願の全日本柔道選手権大会の決勝で、古賀を打ち破ったのが小川直也だったのです。

関連する投稿


吉田沙保里  強すぎてモテない霊長類最強の肉食系女子の霊長類最強のタックル その奥義は「勇気」

吉田沙保里 強すぎてモテない霊長類最強の肉食系女子の霊長類最強のタックル その奥義は「勇気」

公式戦333勝15敗。その中には206連勝を含み、勝率95%。 世界選手権13回優勝、オリンピック金メダル3コ(3連覇)+銀メダル1コ、ギネス世界記録認定、国民栄誉賞、強すぎてモテない霊長類最強の肉食系女子。


室伏広治の学生時代「アジアの鉄人」と呼ばれた父親とやり投げの「幻の世界記録保持者」によって覚醒。

室伏広治の学生時代「アジアの鉄人」と呼ばれた父親とやり投げの「幻の世界記録保持者」によって覚醒。

ハンマー投げは、パワー×技×精神力、そして人間の本能を呼び覚ませ!!!


石井慧! オリンピック金メダル獲得後、石井節炸裂!!「屁のツッパリにもなりません」「ウツでも金」福田康夫首相は「すごい純粋さが伝わってきました。そして腹黒くないからこそ政治家として人気が出ない」

石井慧! オリンピック金メダル獲得後、石井節炸裂!!「屁のツッパリにもなりません」「ウツでも金」福田康夫首相は「すごい純粋さが伝わってきました。そして腹黒くないからこそ政治家として人気が出ない」

山下泰裕が持っていた全日本選手権最年少優勝記録を破り、井上康生、鈴木桂治、棟田康幸とのライバルに競り勝って北京オリンピックに出場し、金メダル獲得。「屁のツッパリにもなりません」「すごい純粋さが伝わってきました。そして腹黒くないからこそ、政治家として人気が出ない」


「キン肉マン」超人オリンピックに出場したスイス出身の『ウォッチマン』のフィギュアが登場!!

「キン肉マン」超人オリンピックに出場したスイス出身の『ウォッチマン』のフィギュアが登場!!

ハイクオリティフィギュアの製造・販売で好評を博しているSpiceSeed フィギュア事業部より、キン肉マンシリーズのフィギュア『ウォッチマン』が発売されます。


イベンダー・ホリフィールド  圧倒的!!  無敵のクルーザー級時代。

イベンダー・ホリフィールド 圧倒的!! 無敵のクルーザー級時代。

悲劇のロスアンゼルスオリンピックの後、プロに転向。超タフなドワイト・ムハマド・カウィとの死闘を制しWBA世界クルーザー級チャンピオンとなり、WBA、WBC、IBF、3団体のタイトルの統一にも成功。すぐに「最強」の称号を得るため、マイク・タイソンが君臨するヘビー級への殴りこみを宣言した。


最新の投稿


昭和100年を祝う夜!グランドプリンスホテル広島でTEPPANの歌謡ライブ&打ち上げ花火が開催決定

昭和100年を祝う夜!グランドプリンスホテル広島でTEPPANの歌謡ライブ&打ち上げ花火が開催決定

2026年5月5日、グランドプリンスホテル広島にて「昭和100年」を記念したスペシャルイベントが開催される。広島発の4人組ボーカルグループ「TEPPAN」による昭和歌謡ライブに加え、夜空を彩る打ち上げ花火も予定。ライブ観覧は無料。さらにホテル上層階のレストランではCD付きの特別ディナープランも登場する。


樋屋奇応丸の倉庫から幻の音源発見!デューク・エイセスが歌う昭和のCMソングが高音質で蘇る

樋屋奇応丸の倉庫から幻の音源発見!デューク・エイセスが歌う昭和のCMソングが高音質で蘇る

「ひや・きおーがん」のフレーズで親しまれる樋屋製薬の社内倉庫から、長らく歌唱者不明だった過去のCMソング音源が発見された。調査の結果、昭和を代表するコーラスグループ「デューク・エイセス」による歌唱と判明。当時のクリアな歌声を再現した「高音質版」が公開され、昭和歌謡ファンを中心に大きな話題を呼んでいる。


福岡の食のテーマパーク「直方がんだ びっくり市」が50周年!大盛況で幕を閉じた「半世紀祭」をレポ

福岡の食のテーマパーク「直方がんだ びっくり市」が50周年!大盛況で幕を閉じた「半世紀祭」をレポ

1976年の創業から50周年を迎えた福岡県直方市の「直方がんだ びっくり市」にて、2026年4月17日から19日までアニバーサリーイベント「半世紀祭」が開催された。銘柄牛が50%OFFになる「肉袋」や名物セールの復活、地元ヒーローの参戦など、半世紀の感謝を込めた熱気あふれる3日間の模様を振り返る。


『メタルスラッグ』シリーズ30周年記念プロジェクト始動!新作開発や特設サイト、記念映像が一挙公開

『メタルスラッグ』シリーズ30周年記念プロジェクト始動!新作開発や特設サイト、記念映像が一挙公開

アクションゲームの金字塔『メタルスラッグ』が2026年4月19日に誕生30周年を迎えた。株式会社SNKはこれを記念し、シリーズの再燃・リブートを掲げた記念プロジェクトを始動。新作ゲームの開発を含む多彩な企画の推進や、歴史を振り返る記念映像の公開、特設サイトの開設など、世界中のファンへ向けた展開が始まる。


山下達郎ソロ・デビュー50周年記念!JOURNAL STANDARDとコラボした限定Tシャツが発売

山下達郎ソロ・デビュー50周年記念!JOURNAL STANDARDとコラボした限定Tシャツが発売

ソロ・デビュー50周年を迎えた音楽界のレジェンド・山下達郎とJOURNAL STANDARDが特別なコラボレーションを実現。1stアルバム『CIRCUS TOWN』収録の名曲「WINDY LADY」をテーマにしたTEEがリリースされる。音楽史に刻まれた名盤の空気感を纏える、ファン垂涎の記念アイテムが登場だ。