タイガーマスクは
新日本プロレス伝統のストロングスタイルをベースに
全米プロ空手流の打撃技
ルチャリブレ(メキシカンプロレス)の空中殺法
を織り交ぜ
そのスタイルは「4次元プロレス」、「4次元殺法」と表現された
そして空前のタイガーマスクブームを巻き起こった
『ワールドプロレスリング』の視聴率は、ほぼ毎週25%を超え
地方興行は大入り満員が続いた
猪木の影
もう一つの闘い―血糖値596からの糖尿病克服記-アントニオ猪木
1982年、
猪木は
血糖値596の糖尿病にかかり、
インシュリン注射の力で治すのは自分の哲学に反すると言って
自然治癒で血糖値180まで下げ44日後にはカムバック戦を行った
生キャベツ丼
その方法は
どんぶり千切りキャベツを主食にし
「糖尿病で血糖値が上がった際、
氷風呂に入り全身の筋肉をガチガチと痙攣させ血糖を消費させるため」
と大量の氷を入れた水風呂に入った
(医師は「とんでもないことだ」と驚愕し「普通の人間は真似してはいけない」と語っている)
第1回IWGP優勝戦
アントニオ猪木
ハルク・ホーガン
1983年6月2日、
第1回IWGP優勝決定戦:アントニオ猪木vsハルク・ホーガン
IWGPベルト
IWGP(InternationalWrestlingGrandPrix)は
「プロレス界における世界最強の男を決める」と猪木が提唱したものだった
当初の計画は
開幕戦は日本で行い
韓国-中近東-ヨーロッパ-メキシコとサーキットし
決勝戦はニューヨークで行うという計画だった
が、プランが壮大すぎることや
「プロレス最強の男を決める」
ということに対し
(当然、負けたほうが損だから)
各地区のチャンピオンやプロモーターは難色を示し協力を渋るなど
紆余曲折あり
ここまで新日本プロレスは
2年という時間と莫大な費用を使用して準備してきたものだった
アックス・ホンバー!
猪木はリング下へ落ちていった
アントニオ猪木とハルク・ホーガンの戦いは一進一退だったが
途中、劣勢の猪木がエプロン際でホーガンのアックス・ホンバーを受け
リング下に転げ落ち上がってこなくなってしまった
レフリーのMr.高橘はカウントを数えだした
「高橋、バカ野郎、待てよ」
坂口征二がそう叫びながら
リングサイドから飛び出し猪木を抱えてリングに入れようとした
猪木さん?
猪木を気遣う坂口