イベンダー・ホリフィールド  戦慄の忍耐力 オリンピック の悲劇  そしてヒーローに

イベンダー・ホリフィールド 戦慄の忍耐力 オリンピック の悲劇 そしてヒーローに

幼き日の聖書的体験。アメリカンフットボールとボクシングに熱中した少年時代。マイク・タイソンとの出会い。そしてオリンピックでの悲劇。


第2戦、第1R、イベンダー・ホリフィールドは突進し、明らかに打ち勝った。
第2ラウンドは、リッキー・ウォマックスに主導権を取り戻され、疲労困憊で自コーナーに戻り、イスに座ると、ひどい疲労を感じ、もう戦う気がしなかった。
第3ラウンド開始早々、気のないパンチを出すイベンダー・ホリフィールドを、リッキー・ウォマックスがコーナーに追い詰め、連打から強烈なパンチを頭部にヒットさせた。
疲れ切っていたイベンダー・ホリフィールドが、
(チャンスだ。
これで倒れれば試合が終わる)
と思ったが、前のめりになった瞬間、鼻にリッキー・ウォマックスの頭突きをもらった。
おそらく故意の頭突き(反則)で、イベンダー・ホリフィールドの疲労は激しい怒りによって消え失せ、猛烈なパンチを打ち返した。
リッキー・ウォマックスは、怒りのパンチを受けて、後退。
イベンダー・ホリフィールドは追い、数秒前には自分が追い詰められた場所にリッキー・ウォマックスを追い詰め、すさまじいパンチで圧倒。
一気に形勢は逆転し、そのままゴングが鳴り、イベンダー・ホリフィールドは、勝者となり、初めて全米ナンバーワンの称号を手に入れた。
「まずボクシングをやめることを許さなかった神に感謝した。
これ以上ないところまで落ち込んで不安と疲労を正面から見つめ、それからどれほどそれを克服したかを発見する。
ボクシングとは何かを示す瞬間だった」
リッキー・ウォマックスが繰り出した頭突きさえ、
「神が最善を尽くせと励ましてくれた手段」
といった。

パン・アメリカン大会出場の選考試合に勝利したイベンダー・ホリフィールドは、1度、ジョージア州へ戻り、ゴールデングローブ大会に出場するためにコロラド州、オリンピックトレーニングセンターへ。
ここで初めてマイク・タイソンに会った。
マイク・タイソンは、イベンダー・ホリフィールドより4歳下だが、歩んできた人生は対照的だが、ボクシングに対する姿勢は非常に似ていた。
イベンダー・ホリフィールドが田舎で生まれ育ったが、マイク・タイソンは、ニューヨーク生まれ。
黒人男性の平均寿命が25歳というアメリカ最悪のゲットー(Ghetto)、ブルックリン地区ブロンズビルのアンヴォイ通りにある集合住宅の2階で育った。

イベンダー・ホリフィールドは、アメリカンフットボールとボクシングをしながら小中と通い、高校からはボクシング1本に絞って、毎朝、走って、学校に行き、ボクシングの練習をするという生活が続けた。
マイク・タイソンは、小学校から学校にいかず、9~12歳の間に51回も逮捕され、13歳でニューヨーク州でも最悪の少年が収容されるトライオン少年院に収監された。
そこで75㎏くらいの白人教官がボクシングを教えていて、マイク・タイソンは
「ボクサーになりたいんだ」
と頼み、1ヵ月後、許可が出て練習場にいくと
(やっと叩きのめせる)
と思いながら白人警官にスパーリングを申し込んだ。
そして打って、打って、打ちまくったがパンチはかすりもせず、わきをすり抜けられてボディにパンチをめり込ませられて呼吸困難になり、倒れ、吐いた。
「このまま息ができず、死んでしまうんじゃないかと本気で思った」
白人教官、ボビー・スチュワートは、アメリカゴールデン・グローブ大会ライトヘビー級で優勝した事のある元アマチュアボクサーだった。
その後、マイク・タイソンは、ボクシングを教わり、部屋に戻ってもずっと1人でシャドーボクシング。
ある週末、
「お前を伝説のボクシング・トレーナーのところに連れていってやる」
といわれ、ボビー・スチュワートの車に乗って少年院から南へ80kmのニューヨーク、キャッツキルへ。
そして町の警察署の上にあったジムで71歳のカス・ダマトに引き合わされた。
カス・ダマトはニューヨークでイタリア系移民の子として生まれ、幼少の頃にボクシングと出会い、街ではストリートファイトを繰り返し、12歳のとき、24歳の男とケンカをして凶器で殴られ片目の視力を失った。
22歳でマンハッタン14丁目のユニオン・スクウェアの近くにあったグラマシー・ジムでコーチを始めたとき、すでに白髪で、残った片目も色盲だった。
ボビー・スチュワートとマイク・タイソンのスパーリングをみて、カス・ダマトは
「未来の世界ヘビー級チャンピオンだな」
といった。

マイク・タイソンは、その後、毎週末、カス・ダマトのところで練習。
「つまるところ、ボクシングの究極の科学というのは、相手が打ち返せない位置からパンチを打つことだ。
打たれなければ試合に勝つからだ」
というカス・ダマトが教えるスタイルはオーソドックスではなかった。
通常、右利きならば左の腰と肩を前に出して、相手に対して斜めに構えるが、両脇をしめて両腕でボディと顔面をガードして、相手とほぼ正面に向き合って、頭を振って相手のパンチをかわして、飛び込んでパンチを叩き込むというピーカブー(Peekaboo、いないいないばあ)スタイルだった。
14歳になり仮退院になると、マイク・タイソンはカス・ダマトの家に住み、週7日、トレーニング。
腹筋は50回もできず、腕立て伏せも13回しか出来なかったが、カス・ダマトに
「Never Say Can't(できないっていうな)!!」
といわれ続けた結果、腹筋2000回、腕立て伏せ500回を毎日こなすようになった。

イベンダー・ホリフィールドは、高校卒業後、アトランタのエップス空港に就職。
朝4時に起きてジョギングし、実家から空港に通勤し、自家用飛行機の給油の仕事を行い、夜はボクシングとトレーニング、休むのは日曜日だけという生活を続けていたが、さらに日曜日もプール監視員のアルバイトを行い、ポーレット・ガーデンと出会って同棲を始めた。
一方、マイク・タイソンは、スポンサーがいてボクシングに専念。
あまりにパンチが強いためスパーリングパートナーに苦労したが、マイク・タイソンは20オンスという大きなグローブ、スパーリングパートナーは14オンスを着用し、週給1000ドル(約10万円)という賃金は、ビル・ケイトンやジム・ジェイコブスが負担した。
ボクシング界きっての篤志家であるビル・ケイトンは、マイク・タイソンのビジネスやマネージメントを担当。
ジム・ジェイコブスは、26000本ものボクシングフィルムを所有し、古今東西のボクサーを研究するマニアで、カス・ダマトとは古くから知り合いで協力者でマイク・タイソンを様々な面でサポートした。
「自分がそのファイターをAといい、ダマトがBといえば、そのファイターはBになってしまう。
ダマトは『マイク・タイソンこそ世界ヘビー級チャンピオンになる男だ』といった。
私はその考えに従うだけだ」
2人ともボクシング界とマイク・タイソンの未来に期待していた。

イベンダー・ホリフィールドのトレーナー、カーター・モーガンは、
「明日はない」
といいながら、毎日、激しい練習メニューを課し、 ボクシングの技術を教えつつ、
「戦いは10%の肉体と90%の精神だ」
と精神力の重要性を強調したが、カス・ダマトも同様で、マイク・タイソンに戦う技術だけでなく心を教えた。、
「高い次元においてリング上の勝敗を決するのは肉体のメカニズムではなく精神力である」
「ボクシングでは人間性と創意が問われる。
勝者となるのは、常により多くの意志力と決断力、野望、知力を持ったボクサーなのだ」
「勇者と臆病者には、大きな違いはない。
両者とも同じように倒されるのを恐れている。
英雄だって、皆と同じように怯えているのだ。
ただその恐怖に打ち勝つのが勇者、恐怖に負け逃げ出してしまうのが臆病者だ」
「自分の心は友達じゃないぞ、マイク。
それを知ってほしい。
自分の心と戦い、心を支配するんだ。
感情を制御しなくてはならない。
リングで感じる疲れは肉体的なものじゃない。
実は90%は精神的なものなんだ。
試合の前の夜は眠れなくなる。
心配するな、対戦相手も眠れてやしない。
計量に行くと、相手が自分よりずっと大きく、氷のように落ち着いて見えるだろうが、相手も心の中は恐怖に焼き焦がされている。
想像力があるせいで、強くもない相手が強く見えてしまうんだ。
覚えておけよ。
動けば緊張は和らぐ。
ゴングが鳴って、相手と接触した瞬間、急に相手が別人に見えてくる。
想像力が消えてなくなったからだ。
現実の戦い以外のことは問題でなくなる。
その現実に自分の意志を定め、制御することを学ばなければならない」

さて話をコロラド州、オリンピックトレーニングセンターに戻すと、イベンダー・ホリフィールドは、初めて会ったマイク・タイソンの練習をみて驚いた。
「俺も努力家だと自負している。
だがヤツがジムで練習するのを横目でみて驚いたよ。
コイツはやられたと思った。
まだ17歳の若造なのに・・・
俺以上に練習していたのはヤツだけだった。
タイソンほど一生懸命やるヤツはいない。
誰もかなわないと思ったよ。
それになんでも誰より速いんだ。
バッグを叩くときも誰よりも速く叩いたし、ロープを跳ぶときも誰よりも速く跳ぶ。
ヤツのやることは、なんでも人より速かった」
21歳、ライトヘビー級(-81kg)のイベンダー・ホリフィールド。
17歳、ヘビー級(-91kg)のマイク・タイソン。
2人は共にゴールデングローブ大会を勝ち進んだ。
1戦目、イベンダー・ホリフィールドがKO勝ちすると、それをみていたマイク・タイソンは同じように相手を片づけた。
2戦目、3戦目、2人は共にKO勝ち。
イベンダー・ホリフィールドは、絶対に負けない気持ちで4戦目もKO。
マイク・タイソンは、4戦目の相手が失格になったので勝つには勝ったがKO数で1つ後れを取った。
イベンダー・ホリフィールドは、第5戦もKO勝ちして、ゴールデングローブのライトヘビー級のチャンピオンに。
マイク・タイソンも、5戦目をKO勝ちし、ヘビー級のチャンピオンになった。
イベンダー・ホリフィールドは5勝5KOだったが、「最優秀ボクサー」に選ばれたのは5勝4KOのマイク・タイソンだった。

「この2人が戦ったらどうなるんだろう?」
周りが思うのは当然だった。、
ある日
「お前らがやるのをみたいもんだな」
といわれたイベンダー・ホリフィールドは、
「やってもいいよ」
と答え、隣に座っていたマイク・タイソンに
「やるか?」
と聞いた。
「イヤッ、お前は小さすぎる」
「じゃスパーリングしよう」
「俺と?
スパーリングを?」
「そうだ。
金はいらんぜ」
「ヨシッ!
でもお前が好きだから、片手だけ使おう」
「両手でやったほうがいいぜ。
それともノシてやろうか」
こうして2人のKOキングはリングに上がり、周囲には人が集まった。
ゴングが鳴り、2人はグローブを合わせると、すぐに戦いを開始。
188cm、オーソドックススタイルのイベンダー・ホリフィールドが小さな速い2、3発を打ち込むと、178㎝、ピーカーブースタイルマイク・タイソンは大きなのを狙って、数発出してたが、当たったのは腕をかすめた1発だけだった。
2人は、もう止まらない。
それはライトなものではなく、フルの試合のようなスパーリングだった。
そのときオリンピックコーチがやってきて、
「お前らのはスパーリングじゃない。
真剣勝負だ。
激しすぎる。
どちらかがケガをするぞ。
2度とやるんじゃない。」
と怒鳴り、スパーリングを止めた。
イベンダー・ホリフィールドは
(勝った)
と思ったが同時にマイク・タイソンを尊敬した。
乱暴者という世間の評判と違い、思いやりのある温かい人柄にも心を打たれた。

スポーツフェスティバル、ゴールデングラブと2大会連続で、全米ナンバーワンになったイベンダー・ホリフィールドの次なる目標は、オリンピック。
国の代表になり、金メダルを持ち帰りたいと思っていた。
それは実力的には十分可能に思えたが、金銭的なことが問題だった。
収入はエップス空港の給料だけで大会で休暇をとれば減ってしまうという状況で、ポーレット・ガーデンが3700gの赤ちゃんを産んだのである。
初めての子供は、イベンダー・ホリフィールド・ジュニアと名づけられたが、これで経済的な問題が決定的となった。
以前、イベンダー・ホリフィールドに数学を教えていた教師、ジョン・スミスは、全米ナンバーワンになった元教え子を連れて、オリンピック出場のためのスポンサーを探して、アトランタ中を回った。
実業家、建設業者、銀行など、さまざまな人に話を持ち掛けたが、乗ってくれる人はいなかった。
「なんでみんな、俺を信じようとしないんだ?」
イベンダー・ホリフィールドは失望した。

請求書が溜まっていく中、愛車、1968年型ダッジスタークが故障。
ポーレット・ガーデンに
「この車では子供を連れて病院に行けない」
といわれ、2000ドルを借りて、ビュイック (BUICK、ゼネラルモーターズ(GM)が製造・販売する乗用車のブランドの1つ) の代理店へ。
そこで1982年型、ビュイック・センチュリーが気に入った。
「今、2000ドル払います。
後は2ヵ月以内に全部」
「連帯保証人はいますか?」
「連帯保証人?
あの、なんとかならないでしょうか。
私は地元のアマチュアボクサーです。
今年のオリンピックチームに入れそうなんです」
「オリンピック?
それは大したもんだ」
イベンダー・ホリフィールドは、エップス空港の仕事のこと、オリンピックのこと、子供が生まれたことなど自分が置かれた状況を詳しく説明。
オーナーのケン・サンダースは、好奇心をそそられて熱心に話を聞いた。
そして連帯保証人なしで車を売り、その上、スポンサーを買って出た。
イベンダー・ホリフィールドは、新しい車に乗って家に帰り、スポンサーがついたことを話した。

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